290.show me your immortal love
――仄暗い地下牢。
地に敷かれた魔法陣は、六属性を逆回転させるもの。つまり、六属性を源泉とするグレイスランドの魔法を無効にするもの。
そして、壁から伸びた魔力吸収の鉄鎖は四肢を拘束するもの。
更に、この建物全てに魔力封じの陣が敷かれている。
ここまで厳重な拘束に囚われたことはなかったが、想定していなかったわけじゃない。
だが、体内に
これまで、自白剤等は使われたこともあり、その耐性はつけていたが、魔力抑制剤は初めてだった。
脳に働き、魔力素のもとになる伝達物質の放出を妨げる薬剤。
シルビスは、いや、アレクシスの準備は周到だった。
グレイスランドの魔法を無効にする術だけではなく、リュミエール人の魔法部隊の育成、そして囚われた魔法師に対しての魔力抑制剤の開発。
リディアは、以前魔力吸収作用のある魔石を使われたと言っていたが、本来の開発は、こちらが目的だったのだ。
(あいつも、使われてんのか……)
それは、キツイだろう、と思う。
魔法師にとっては魔力の欠乏は生死に関わる。それだけじゃなく、身体症状にも現れる。ディアンは、あらゆる身体・精神的拷問に耐性がある。
だがリディアは、その訓練を受けていない。
(……ち、っきしょう……)
血液混じりの唾液を吐き捨てた。
「――まだそれほどに動けるなんて。さすが魔法師団の長、と言うべきでしょうか」
声は唐突だった。
気配は察していたが、まさか声をかけてくるとは思わなかった。物珍しさに、または怖いもの見たさで忍んで来ただけだと思っていたが。
――暗がりから姿を見せたのは、シルビスの王女――フランチェスカだった。
「……」
ディアンは暗闇に慣れきった目を細めた。リディアほど探索は得意ではないが、彼女は軽度の魔力を保持しているようだ。
そして、あんたのようなものが来る場所ではない、などとは言わなかった。
ゆったりとした所作だが、足先のローブは揺れていない。足音は消していないが力んでもいない。身体の前で合わせた手は長手袋に包まれて、震えの微塵も見せない。
緊張も恐れも抱いていない。こんな醜悪な場所、場面に自ら来て、平然としているなどただの女性のわけがない。
「ディアン・マクウェル、ですね。一度目にしてみたいと思っていました」
ディアンはただ黙ってそちらに目を向けていた。話せば体力が消耗する。それにあちらから話したいと来たのだ、必要な情報はあちらから届けられる。
背後には、左右二名の兵。先程までディアンに拷問を与えていた獄士でもなく、この地下牢を守る監視兵でもない。
リディアの兄の仲間でもなさそうだ。
(――王女本人の私兵か)
幼少期の頃からの馴染みの護衛兵。
そうであれば、アレクシスの目をすり抜けて王女の行動を優先させるのもわかる。アレクシスの命で来たわけではない、ディアンはそう感じていた。
「あなたの強さは私の耳にも届いております。此処を抜けるのは簡単でしょうに、一人で逃げ出さないほど、あの娘に執着するのは
ディアンは微動せずに、ただ眼光を鋭く尖らせただけだった。
なぜここでリディアの名が出てくるのか。
――囚われてから、ディアンに対して加えられた詰問は予想通りのものだった。
グレイスランドに張り巡らせた防衛網、他国に忍ばせてある師団のネットワーク、そして師団の魔法の構成をなすもの。
だが、どんなに拷問を加えられても口を割らない魔法を、
すべての手足の指は折られていた。膝裏も足首も手首の健も切られていた。
だがディアンは何も語らず、そしてまだ余力を残していた。
そしてそれは、アレクシスも予想しているのだろう。情報源としてディアンを捉えたわけではなさそうだ。
いうなれば私怨、もしくは人質。
だがディアンとしても、大人しく体力を削られるに任せていたわけではない。リディアの居場所をひそかに探らせ、無力化する魔力抑制剤への耐性をつけ始めていた。床に敷かれた魔法陣の無効化も済ませていた。
リディアと共に、捕えられてよかった。
出ていく時は一緒か、もしくはアイツを優先させると、本気で思っていた。
「私は問うたのですが」
「アンタに答える義務はない」
ふっと唇が僅かに笑みの形を作る。シルビスの王女の名は聞いていた。が、シルビスでは女性の権限がなく、たとえ王女であっても国際的な活動は行わない。
だが抱いてきたイメージは払拭された。得体のしれない、もしかしたら化け物かもしれない。
「私は普通の女性です。戦いさえ見たこともありません、そのように警戒なさらなくても」
「普通の女はここにはこない」
暴力とは無縁だったかもしれない。だが王族だ。
なんの闘争もなく生きてきたなんて今は信じられない。あのアレクシスと婚約という強力な契約を結んだのだ、まともな精神じゃないか、無知なのか、どちらかだ。
そして、この女が何も考えていないようには見えない。
「あなたは、なぜあの
さらり、と言われた。
わずかに内心で動揺したのは、あまりにも声に抑揚がなかったからだ。一体何を聞きたい。
「もし、あなたがあの娘を愛しているのであれば、十年後――いいえ、二十年後に返してあげましょう」
「……どう、いう……」
声が掠れた。相手は笑んでいるが、全く笑っていない。
「私は、『愛』というものを知りません。母も、身近な女性も知りません。私達は愛を与えられたことなどない。ですが、もしあなたが愛とやらを持っているのならば、それを私に見せてください」
「何をする気だ……何をアイツにさせる気だ!」
ディアンは叫んだ。
鉄鎖がきしみ揺れる。ディアンの魔力のせいで、わずかにヒビがはいる。すでに魔力は回復し始めていた。
背後の護衛騎士が柄に手をかける。
王女が一歩下がる。だが、彼女は怯えた様子もなく続けるだけ。
「私には今、子種が宿っております。それでも、あなたは私に危害を加えますか?」
ディアンは口内でかろうじて舌打ちを堪えた。
「あなたの非道さは聞き及んでおります。ですが、無抵抗の女、子どもに手をかけたこともないと」
「――アイツに手を出せば、アンタでも容赦しない」
「自国の王女。自分の義理の姉、それに手をかけられたとあれば、あの
痛烈な皮肉だがディアンには堪えない。
リディアは悩むだろう、だがそれぐらいは覚悟してきただろう。
「私は私の義務を果たすだけです。そして、あの娘にも果たしてもらうだけ。それがなぜいけなのです」
「あいつは、幸せになる権利がある。自分で自分の人生を選ぶ自由がある」
「あの娘の幸せとは? あなた達はなぜ私達が不幸だと思うのです」
「幸福論を議論するつもりはない」
消耗する。そんなのは教室でやってくれ。それともまさか、本当にその話をするつもりできたのか。
ディアンは、出入口に目をやる。十平方メートルはないだろう、だが魔法陣を描くには充分な広さ。
そして護衛を倒し、そこまでたどり着くにはわずかに時間を要する。
「あなたは我が国の女性を見て、不幸と思いましたか? 衣食住を男性から充分に与えられて、何も困ることのない生活をしているというのに」
「……」
まだ議論をするというのか。
「リディア・ハーネストはシルビスに生まれました。我が国の女性として、子を産み義務を果たす。それがなぜ不幸と思うのです」
「アイツは! 少なくともまともに扱われていなかった」
「それはあの娘が義務を果たしていないからです」
「……」
平行線だ。議論ができるわけがない。
「そうです。あなた達の国では、女性に選択の自由が与えられないことが遅れていると、権利の損害だと主張します。ですが、我が国の女性たちは皆戸惑うでしょう。他国からの押しつけ、情報だけが来ても困惑するだけです」
「だからこそ教育があるんだろ」
「女性活躍のムーブメント。それは自国の歴史の中から自発的に起こるべきもの。他国に触発され、理由もわからず成熟していない精神で行えばただの一時的な活動で終わり、傷を負うだけです」
「何の話だ」
「我々の国には我々の歴史があります。私には、この血と遺伝子を受け継ぐ存在を産み出すこと、それだけが大義です。シルビスの女性にも、あのリディア・ハーネストにもシルビスの血を残すこと、それが義務です。自己の存在理由など、私達が生物である以上――種の存続、それ以上の目的がありますか?」
「その演説は俺にしたいのか、それとも自分を納得させたいだけなのか?」
王女はふふっと笑った。初めて本気の笑みを浮かべたようだ。
「そうです。私も、私の祖先たちも。そうやって受け入れてきたのでしょう」
兵の一人が動き、ディアンは緊張する。だが、やつが動いたのは出入り口に向かってだ。
王女が背を向ける。
帰るのか、そう思ったが、数歩歩き、扉の前で彼女はディアンに向き直った。
「あの娘が大義を済ませ、用済みとなり、ただの中身のない器となっても、あなたが受け入れられるのか。――二十年後、その時に見せてください。そうすれば私も、『愛』とやらを知ることができるかもしれません」
「な……に?」
そして扉が開く。現れたのは、リディアだった。
*show me your immortal love
(永遠の愛をみせて)
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