238.Is the pain of him or her ?

 転移し、自室に戻ったリディアのもとへ魔法執行調査委員会が押し入ってきたのは直後だった。

 魔法の使用や任務の遂行が適切であったか、その他師団の魔法独占、禁断魔法の使用などを調査する独自の機関。そこには各団長の権限さえ及ばない。


 無言で押し入り、直後に手を捕られ壁に押さえつけられる。首だけ振り向いたリディアは声をあげる。


「やめて、逆らわないから!」


 押入れが開けられ、ベッドマットが剥がされて、引き出しはすべてがひっくり返される。

 

 覚悟はしていた。

 無許可での任務の介入、独断での第三師団への協力要請、更に魔法増強薬の無許可での持ち出し、および使用。


 もともと逆らう気はない。おとなしくすると意思表示をしているのに、それさえも許されない。


 壁に容赦なく押し付けられて、両手首に魔法使用を封じる錠が掛けられそうになる。

 錠には、魔法封じの石が使われている。自らの魔力の流れを遮断される感覚は、不快と不安を呼び起こす。

 

 リディアは緊張で肩をこわばらせる。

 

 机上においてあった、握りこぶしほどのリディアの雑魚石スクラップを手にした調査員が怪訝そうにして、手の中で転がすように観察する様子に叫んでしまった。


「――やめて、触らないで」


 それ聞き、迷わず押収物としてダンボールに入れられそうになる。

 リディアは押さえつける男たちの腕を振り切り、その手から石を取り戻す。


「こいつ!」

「押さえつけろ」


 頭と背、手足と、すべてが床に押さえつけられる。それでも胸に当てた手中に石を握りしめて渡すまいとこらえていると、一人の魔法師の指の間で電流のような光が走る。


 ショックを与えて意識を奪う気だ、そう気づきリディアは歯を食いしばる。


「――止めろ!!」


 ドアは開いたままだった。

 入口の壁を、放射線状に陥没させ場を沈黙させたのはディアンだった。


「マクウェル団長。調査委員会からの命令で彼女を連行します」

「師団第一条四項、各師団における団長の発言および行為は絶対とする。ここは第一師団だ、たとえお前たちでも好きにはさせない」


 彼らの動きが止まる。


 それは彼の発言内容よりも、彼の放つ怒気に誰もが押されていたからだ。戦闘服の一部は袖がもげ、いびつにシワがよっている。おそらく凝固した血液により布地が凝り固まったのだろう。


 満身創痍。

 それなのに彼の放つ気は誰よりも勝っていて、そして空気中に伝わる魔力の波動はその場全員の肌に、痛みを与えるほどだった。


「コイツは俺が処分を下す。うちのケリはウチでつける――いいな」


 立っていた男の一人が、何かを言いかける。

 が、最初に発言をした男が腕で制する。


「いいでしょう。ただし、査問会逃れはできませんよ」

「構わない――出てけ」


 彼らにも思うところがあるだろうが、それ以上は言わずに男たちはリディアから素直に離れていく。リディアは胸に抱え込んだスクラップを右手で握りしめたまま、立ち上がる。


 クラリ、と視界が揺れた。魔力増強薬の大量摂取のせいだ。副反応がひどい、でもそれは気にならない。


 ディアンがここに居る。生きて戻ってきた。


 その喜びは胸にわかない。当たり前だと思っていた。彼が死体で戻るわけがない。

 そして、怒気もあらわに戻ってくるというのも、わかっていた。

 二人の間に、甘い空気は微塵もない。


「――なぜ来た」


 リディアが何かを言う前に、ディアンが先制する。

 すぐに治療を受けたほうがいい、その発言さえ阻まれる。本当は立っていることさえ怪しい状態なのに。


「必要だと思ったから」

「――俺は、お前を今回の作戦に加えてない!!」


 理由を聞いたくせに、被せる声。今までにないくらいに険しい顔。そしてリディアの顔も強張ったままだ。


「理解しています」

「なぜだ」


 理由を聞きたいのか。

 だがディアンの瞳には苛立ち、それから僅かな痛みが見えた。ただ単に傷が痛いだけの気もしたが。


「なんで、お前は――無茶をする」

「有効な手だと判断しました。ハイディー作戦司令官にも成功率を出してもらいました」

「三十パーセント未満だ! 陽動用仮想魔法師も試作品、自動限定転移も未完成、なによりもお前の魔力がもつ可能性は数パーだった。お前が帰還できる見込みはどこにもなかった!」

「――それでも!!」


 全部否定されて、リディアも声を張り上げる。彼の顔を真正面から見上げる。


「あなたが、団長が、死ぬよりよほどいい!」

「っ」

「私の命なんてどうでもいい、私よりも、先輩のほうが大事だよっ」


 彼の顔が歪んだ。


 頬がパンっと高く鳴る。遅れてくる痛み。リディアははたかれた頬を押さえなかった。


 彼の手がリディアの手を壁に押し付ける。その手から雑魚石スクラップがこぼれ落ちる。彼はそれを手にし、壁に叩きつけた。


 リディアはただ、ディアンの顔だけを見つめ返す。


「団長は皆の希望。あなたの命は私よりも重い、そんなの当たり前の事実でしょ」

「そんなこと、誰が言った!」

「誰が言わなくても、わかりきってる。自覚してよ。ううん、自覚あるでしょ」


 頬が熱いのは叩かれたからか。なのに、彼のほうが痛そうな顔をしている。


「私は何度でもそうする。あなたの命の方を優先する、何を――言われても」

「なんでだ。なんで……お前は」


 彼は声を絞り出すように、手をだらりと落としてつぶやいた。本当にわからないという困惑がにじみ出ていた。


「なんでいつも、そうする……」


 そしてリディアもわからなかった。いつも、とはなにか。


 なぜ彼が困惑するのか。


 リディアは拘束が外れた身体をかがんで、壁と床に破片を落とす雑魚石を拾う。黒と赤が混じり僅かなきらめきを見せる。


魔石化できなかった、僅かな結晶。


「なんで、こんなクズ石を、お前は――いつまでも持っている」


 その手をディアンが掴むからリディアは、その石の欠片を握りしめる。取られまいとする頑なな動作に見えたのか、リディアの手首を掴むその手に力がこもる。


 リディアも、思わず更に強く握りしめる。


 溶岩と同じ成分のそれは、ガラスと同じで鋭利な破片で、わずかに手の中で痛みをもたらす。


「先輩から貰ったからだよ」

「俺はこんなもの、やってない!!」

「知ってる」


 リディアが呟くとディアンは、ハッと何かに気付かされたかのようにたじろいで黙る。


「先輩がくれたわけじゃないって知ってる、私が勝手に持っていただけ。持っていたかっただけ」

「なんで……」

「私にとっては何もよりも大事だから」


 リディアは手のひらを開いた。

 皮膚が赤いのは、石の色素が皮膚に沈着したのか、それともガラス片でわずかに傷ついたのか。


 夜明けはまだ遠く、明かりのない部屋の中ではわからない。廊下に配置された非常灯が互いの表情を、わずかに認識させるだけだった。


 目を閉じる。胸に痛みが灯る。


「先輩が、好きだからだよ」


 一度こぼれた声は、もう戻せなかった。なんでこんなに胸が痛いのか。


 それはたぶん、――彼の顔が後悔をにじませていたからだ。考えてもいなかった、という顔から苦い顔。聞かなければよかったという顔。聞いてしまったという顔。


 ああそうだ、と思った。声がこぼれて、初めて意識した。


 私は、彼が好きだったのだと。


「私情で……動いたのか」


 リディアの視界は、涙でにじむ。それでもこらえる。手で拭くことさえも堪える。

 泣いているなんて思われたくない。涙ですがりつくような弱さも見せたくない。


 そうかもしれないと思いながらも、そう思われたこと、それが胸を抉る。


「団長が倒れたら、ウチは立て直せない。それはわかってるでしょ」


 彼は何も言わない。どこを見ているかもわからなかった。ただリディアはしゃがんで、彼がクズと呼ぶ石を手の中に拾い続ける。


「ごめん。――好きになって」


 言うほどに、胸に何かがこみ上げてくるのはどうしてだろう。

 もう足元しか見えない。


「だから忘れて。なかったことにはできないけど」


 彼の重荷になる。それだけは耐えられない。


「私もこんな感情忘れるから」


 そして、リディアはその場から走り去った。




*Is the pain of him or her ?

(その痛みは、だれのもの?)

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