235.It's only my precious

 ――四年前。


 あの日は激しい雨が夜の帳を叩き壊すかの如く音を立て、師団の石造りの砦を重く湿らせていた。


 もたらされた報告を耳にする前に、既に団員たちの胸に、嫌な予兆として不安と恐れを呼び起こしていた。


 ――ディアンをリーダーとした精鋭部隊の一部が、壊滅状態で帰還したのだ。


 彼らがAI搭載の無人戦闘ロボットが跋扈する激戦地に侵入したのは五日前。開発した某国の無能な政府が、システムの不具合からそれら戦闘ロボットが制御不能となり暴走していると、助力依頼が師団にもたらされた。


 それらのエネルギー供給源となる施設に侵入し、システムと共に壊滅してほしいとの依頼に対して師団が出した交換条件は、殺人用無人AIのシステムの開発中止及び放棄。


 それほど難しい案件ではない。

 ただ基本、魔法師の戦力は人力である以上、対機械ではかなり分が悪い。圧倒的な攻撃系魔法の使い手を投入し、早期解決を目的に、施設侵入は果たしたとの報告が最後の連絡だった。


 罠ではなかった。ただ、内部分裂を見抜けていなかった。師団は、依頼者の裏を十分にとったはずだった。

 だがその政府の一部は、無人破壊兵器の開発を諦めたわけではなかった。

 

 施設に侵入し、残されていた技術者と、高官の一部を保護したと同時に、自爆システムが作動、団員たちは直近で爆撃を受け多数の重傷者を出し、窮地に陥った。

 殺戮AIシステムのデーターの提供を取引材料にし、国外へ逃亡していた開発推進派の仕業だった。


 瀕死の状態で第一師団本部の転移陣から帰還したのは、チームの数名。リディアは治癒魔法師として、すぐに彼らを治癒させるために全力を尽くした。


「エネルギー供給システムと共に施設も破壊した。だが、残存エネルギーのある暴走ロボット、それから情報のなかったAI搭載の無人戦闘機によって、空からの攻撃を受けている。深手を負った俺達は防戦一方で、残る僅かな力で帰還させられた。団長は俺らを転移させるために奴らを引き付けて――」

「――残ってるのは何名で、誰だ」


 状況報告を遮り、団員が問う。 


 副団長のガロを含むチームは、裏切った逃亡中の某国政府の高官を追っている。こいつらを逃がすわけにはいかない。だが、まだ戦地に残る団員を救助することも必要だった。


 特に、現地に団長のディアンが残っているということは、希望と共に絶望でもあった。


 ――リディアは治療を続けながら、話を耳に入れる。


 帰還した団員が、現地に残っていると告げたのは、ディアンとディック、シリルの名前、その他第一師団の戦力の要となるものたちだった。


 普段であれば、それだけの魔法師がいれば、本部に残されているリディアたちが気を揉むような事はない。だが彼らは仲間であり、第一師団の骨子だ。

 

 副団長は、代理指揮権を特級魔法師グランマスターのジョアンに任せて出て行った。彼は青ざめながらも、落ち着いて情報を集めている。


 けれど、じりじりとリディアの胸に焦燥が高まっていく。


「――自力で帰還する見込みは?」

「無理だ。団長はすでに腕と足をやられている。他の奴らも似たようなもんだ。大きな魔法を使える余力はない、俺らを戻すために転移陣を開くのがやっとだった」

「追加で団員の補充をしたらどうだ?」

「多人数転移の陣を展開するスペースがない。わずか三、四メートル四方の空間に追い込まれている。周りは暴走したロボが溢れて、エネルギー弾を込めた自動小銃を永遠に打ち続けている」


「――治癒魔法師を転移させ、団長を回復させたらどう?」


 リディアは口を挟む。一応リディアも特級魔法師グランマスターとして、発言権はある。なによりもこの場で意見を言えるほどには認められていた。


「その間、誰が防衛を持ちこたえられる? 治癒を受けてる最中は魔法が使えなくなる。今は団長の攻撃で唯一、しのいでるんだ。……そもそも、団長が生きているかどうかさえ怪しい」


 その言葉にさすがに皆がぎょっとする。

 あの、ディアンがだ。


「腕が酷い、脇腹もかなりふっとんだ。生きているのが不思議だ」

「だったら、――なおさら治癒を」

「その間の全攻撃を防ぐ防御幕を展開できるやつがいない。四獣結界は団長がいないと張れねーんだよ」

「四獣結界じゃなくてもいい」

「あんな狭くて攻撃が絶え間ないところで、最高レベルの防御幕を保持できる奴なんて、今ここにはいない!!」

「じゃあ、どうする?」


 いつまでもやまない議論。

 決断を下す者がいないのだ。何を優先して、何を犠牲にするか。


 何を大事にするかなんて――決まってる。


 リディアが立ち上がり、部屋を抜け出しても誰も気が付かなかった。



 自室に戻り、リディアは法衣を纏い、引き出しを開いた。


 そこにあるのは、名もなき石。


 いびつな形の黒い岩石には赤い帯状の魔力素が微量ながら混じっていた。魔獣が魔石を求めて掘り返した欠片、雑魚石スクラップとも言われている。


 それは何だ、とリディアに聞いてくる者がいた。

 からかいの種にもなり、場合によっては『お前これが好きなんだろ』と道端に落ちている石を、団員に投げつけられたこともあった。


 リディアは、それを握り締める。

 ごつごつとした感触は安らぎを与えない。それどころか不快感さえ与えるもの。


 それでも、それはリディアの初めての石。

 たった一つ、彼からもらったもの。


 物心ついてから初めてもらった――贈り物だった。


 リディアはそれを握り締めて、駆けだした。



*It's only my precious

(それは唯一の宝物)

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