220.炎の王

 ディアンがウィルを見下ろす。

 悔しいけど、相手のほうが背は高かった、くっそ。


「魔力の源泉へ潜ることはできるか?」

「うーん。自分の魔力を見るところだろ?」


 ウィルはリディアとの魔力計測を思いだす。


「やってみろ」


 リディアとふたりだと、ちょっかい出したり、無駄口を叩いてリディアの表情とか反応を楽しむところだけど、流石にここで無駄な時間を過ごすほどウィルは馬鹿じゃなかった。

 まあ楽しくもないし。


 ***


 ウィルは目を閉じて、リディアとの訓練を思いだす。自分の魔力を見る。あの時は波だった、けれど今はただの凪いだ水面。そこに入り込んで行くのは、容易かった。


 あの時、自分の奥底には――得体の知れない存在がいた。

 強大な存在、そして魔力は測りしれない。けれどもうひとつ、こいつが抱く怒りの感情は、このところウィルが魔法を使うたびに感じていたものだ。


 そう、最後に感じたのは――魔法師団に潜り込んだ時。

 第一師団の堅牢な砦が楔となり、地中に封じられていることに対し怒りを発していた。



 気がつけば、ウィルは仄暗い空間にいた。青いような灰色のような足元に少しだけ色があり、他は闇だ。そして真横にディアンがいた。


「アンタも来たんだ」

「俺は、見届けるだけだ」

「ふーん」


 まあいいや、とウィルはその見届けがなんなのかは深く考えなかった。リディアに頼まれたからだろう、それぐらいしか思わなかった。


 それよりも、だ、ディアンが流ちょうに目の前に向かい言葉を紡ぐ。


“――Ke'sthe quiůi”


(リュミナス古語かよ。しかも古めかしくてわかんねー)


 自分たちが使うものより、たぶん文法も抑揚も古典的すぎて全然聞き取れない。


「あー。共通語で話してくんね?」


 奴は、口先だけで何かを呟いた。


 ウィルには、それがはっきりわかった。



「今、バカって言ったな。そう言うのはわかるんだよ」


“Peauerquava theů uieen”


 ディアンはこちらを振り向きもしない。

 訳してくれといいかけたが、やめた。向こうもふざけんなという顔をしていたし。


 ウィルは口を開く。


「Deoenee emoi peoer theoen peoůůeer (アンタの力をくれ)」


 ウィルも負けじとリュミナス古語で直入に言うと、相手は暗闇の中で光をまたたかせた。


 いや違う、光に見えたのは、白い牙。やつが大口を開け何かを紡ぐ。しかも明らかに嘲笑の気配。

 けなされたようだ。なんとなくわかる。


「いい加減にしろ、時間の無駄だ」


 ディアンが眼光鋭く忌々しげに言い放つ。そしてウィルに冷たい目を向ける。


「お前の中だ。お前が理解できないわけがない」

「あ、そう」


 ウィルはふんと頷く。そういうものならそうなのだろう。あっさりと呑み込んでしまう。

 普通は考え込んでしまうものが、ウィルにはなかった。だから簡単にそれを受けれて、こなしてしまう。


(じゃあ、ふつうでいいか)

 

 無理してリュミナス古語を使うのはやめた。

 

 だがウィルが改めて口を開く前に、ソイツはディアンを睨みあげる。まだ全容は見えない、ただ視線が向けられたと感じるだけ。



“――お前に用はない。――あのむすめを連れてこい”


「――アイツは来ない。お前に会わせることはない」


 不思議なことに開き直った途端に会話がわかった。だがウィルは顔をしかめて黙る。

 会話においてかれたからじゃない。あの娘――それが誰をさしているのか、わかってしまう。


「なあ、本題はいってもいい? 俺急いでるんだ」


 ソイツはウィルにようやく意識を向けた、めっちゃ意識してたくせに今気づきましたよという体裁をま

とっていて。


 めんどくせーなコイツ。


“――なんだ? こいつは”


「アンタ、俺のことめっちゃ意識してんだろ。だから来たんだ」


“――なんだと”


「いいから。アンタの力をくれ。ていうか、契約しろよ」


“――道化が”


「なんでもいいし、早く」


“――お前は、それがわかっているのか”


「わかるよ」


 ウィルは、両手腰に当てて、考え込むように一言一言言葉を探す。


「アンタは封印されて怒りが溜まっている。そして俺の力が使いたいんだ。開放したい」


 ソイツもディアンも黙る。


「アンタも限界だろ、だから」


“――限界なのはお前だ”


「どっちもってことじゃん」


“――ならば聞こう――お前は我の力を手にし、何をする? 我に何をもたらす?”


 相変わらず闇の中だ。ただソイツがいる、ということしかわからない。ディアンもだんまりだ。


「さあ、別にしたいことはないし。けど力が欲しい」


“――ははっ――愚かな。力を願う時点で欲望に満ちているということに気づいておらぬとは”

 

 大口をあけたのか、微妙に風が吹く。生臭い澱んだ洞窟の前方から吹いてきた風という感じだ。


「そりゃな。けどもう抑えてらんねーだろ。俺も力を開放したいし、アンタも開放されたい」


“――答えになっておらぬぞ。我の力で、何がしたい?”

 

 この地上を焼き尽くすか、それとも憎い魔法師団を潰すか。

 

 そうささやく存在にウィルは顔をしかめた。


“――ないのであれば、やらぬ。欲望は我の力、衝動的な破壊こそ我の根源。それがないやつに力など貸さぬ”


 ソイツは声を潜める。


“かつては、あったはず。破壊への欲望が。壊したい、滅ぼしたい。なのになぜ――今はない”


 昔の話かよ、とウィルは肩を落とす。確かに昔はやけになってたけどさ。


「落ち着いたんだよ、人間は成長すると心が丸くなるの」


“――では、お前とは契約を結ばぬ”


「んなこと言っても、したいことなんてねーって――いや、やっぱりある」


 ソイツが揺らぐ。ウィルはソイツに向かっていう。


「教えてやるから、まず姿を見せろよ」


“――ならぬ。契約を結んでからだ”


「大事なことだよ。姿も見せねーやつに話すもんか」


“――後悔するなよ”

 

 そして、次の瞬間だった。

 ただ、目の前には目があった。それから口。顔だけしか、わからない。牙のひとつでさえも、ウィルの腕一本ぶんだ。そしてウィルの真上にある目は、ウィルよりも大きい。

 

 ソイツが口をあける。鋸歯が並んだ口は、まるで洞窟の入口だ。


“――言ってみろ”


「いいけど、言うからには契約結べよ」


“――承知”


「アンタを止める」


 沈黙が満ちる。


“――なぜだ”


「簡単だろ。魔法師団は楔。アンタを封印する。おそらく俺が契約すれば、アンタの力は満ちて、封印が外れる。――いいのか」


 最後の言葉は、ディアンに向けて。勿論、封印の件をディアンは承知だろう。何しろ封印の長だ。

 ディアンは黙ってウィルとソイツのやり取りを見ていた。ここでようやく言葉発する。


「――どっちみち、もうもたない」


 どうでもいいように答えているけど、結構重要だろ。


「だから、アンタを抑える。な、重要だろ」


“――おのれ。それはお前の願いではあるまい”


 ウィルはソイツの憎々しげな口調を聞きながら、ソイツを見上げる。

 結構面倒なんだなと思う。認めるための条件。


“――自身の欲望でなくては、契約に値しない” 


 ウィルははーっと息を吐いた。ほんと面倒。


「じゃあ言う。アンタを抑える、それってアイツのためだから」


 ディアンに向かい言うと、彼はわずかに眉を潜めていた。ウィルはかすかに笑う。優位に立ってディアンに何らかの影響を与えているのが嬉しい。


「あんたら。リディアの事知ってるんだろ。そして早晩、リディアはこの事に巻き込まれる」

「――」


 ディアンは黙っている。ウィルはディアンを睨みつけて言う。


「アンタはリディアには、させたいようにさせる。リディアの意思を尊重して、後ろからフォローする」


 今まで飄々としていたウィルは、感情を吐露するように叫ぶ。


「だけどさ!」


 ウィルはディアンだけに鋭く目を向ける。憎らしいことにやつは全くの無表情だ。


「リディアは――ホントは、戦いが嫌いだ。嫌いだし苦手だろ」


 ディアンの顔色、表情は変わらない。けれど何らかの感情を揺さぶりたい。


「見てりゃわかるよ。アイツ、おれが他の奴と争っても、必ず平等に扱おうとするし。仲裁するし。封印が解けて問題が起きても、リディアは多分、一方的に倒そうとはしない」


 四獣結界を発動できるリディアは、たぶん四獣と関わりがある。彼らを使役できる契約を結んでいる。 リディアと同調し、彼女が結界を発動させたのを感じていたウィルにはわかる。


「だけど、そううまくはいかない。両者が互いに滅ぼすまで争うことだってあるだろ。そん時に、リディアが取る行動ってたぶん――」


 ディアンを見る。


「――自分が犠牲になる」


 ディアンは黙っていた。ウィルの声が空間に溶ける。


 ウィルには確信があった、魔法師団で呪詛を受けたというリディア、その腕にあった術式はディアンのものだ。

 ディアンがいたのにリディアが被害にあった。コイツはリディアを守ろうとする、多分第一優先で。だけど傷ついたのは、多分リディアの行動を止められないからだ。


「俺は怖いよ、リディアが。迷わずそれをしちゃうのが」


 さっきもそうだ。ウィルとバーナビーを逃して、自分だけがさそりと戦おうとした。


「だから、俺はリディアが戦わないですむように、防ぐ。それでも戦うなら、せめて庇える立場にいたい」


 当事者でいたい。部外者だからって外されてリディアだけを戦いに向かわせたくない。


「だから俺は力を得る、リディアを戦わせないように。アンタがリディアを戦わせようとしてもね」


 ディアンが口を引き結ぶ。その瞳に宿る黒い瞳が、ほの青く光る。ウィルは笑う。感情が乱せたことに。


“――ふ――”


 そして、それまで黙っていたやつは、妙な息を漏らした。ディアンは数歩下がる。


“――ふっふはあああああああああははははは!!!!!”


 それは不気味な哄笑だった。ゴウと風が鳴り、ウィルは数歩後ろに押されてよろけた。


“おっもしろいぞ!!!! こいつから娘を奪うか!!!! それはいいぞっ”

 

 ヒーヒーと笑う、いきなり出現したしっぽがバタバタ地面に打ち鳴らされる。


“なあ黒いの!! 愉快だな、お前から娘を盗るだと、こいつは”

 

(んなこと言ってねーけど)


 でもまあいいか。


“――よいだろう。契約を結んでやろうぞ”


 無言のディアンを振り仰ぐ、やっぱり不機嫌そうだ。


「ところで。いいのか、マジで、封印解いて」


 ディアンは何かを思うかのように僅かに黙っていたが、ワンテンポ遅れてウィルを見下ろす。それは今まで別のことを考えていたかのよう。


 そう、もしかして、結構リディアの一件、効いたのか?


「今更だ。どっちみち、もうもたない」

「必然ってこと」


 ディアンが頷く。ならいいや、もう後ろめたさとかもない。


「なら、契約を結ぶ」


“――では、名前をつけてもらおう”


 ウィルは首を傾げる、えーっと? だけどでてこない、考えたのはわずか三秒。


「そういうのいいや。俺ネーミングセンスないし。女の子ならともかく、あんたオスだろ」


“なっ!!”


「ちゃっちゃとやろうぜ」


“しかしだな神というのは、本来は両性で。名前をつけてこそ我の本性が発揮できるというもので、しかもなにげに少し楽しみというか”


「えーと、最初の文言は――」


 ウィルは獣がモソモソ言うのを無視した。


“猛き神、古のもの 豪炎と熱を司りし 地中の王”


 リュミナス古語で話すとたどたどしくなるのに、請願詞だとなめらかに口から出てくる。


“我はウィル・ダーリング。魔力を捧げるもの お前の下僕にして力の使役者”


(ああそうか。“請願詞”って――)


“その力を我に与えよ 我の魔力をお前に永劫に捧げることを誓う”


 なぜ魔力の属性に命じる言葉が、請願なのか。ずっとそう思っていた。


 もともと、魔法は高位の存在に願うものだったのだ。だから請願詞だったのだ。いつからか、高位の存在が忘れられ、そして属性に命じるだけが魔法になっていったのだ。


 そう思いながら、契約を請願する。


“我の魔力はお前のもの、お前の力は我のもの”


“永劫にその契約を結べ”


“炎の王――arrgansアロガンス!!”


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