213.生徒に教えられること
風魔法で思いきり吹き上げて、落ちる速度を調整したけれど、落下は防げなかった。
軽い衝撃どころか、リディアには被害が何もない。
抱きしめてくれたバーナビーのおかげだ。でも彼は受け身を十分に取れなかったはず。
「バーナビー大丈夫? ウィルはどこ?」
「俺はここ」
ウィルが立ち上がりながら、ホコリを払う。
“闇夜を照らす光明よ”
リディアが唱えると、柔らかい光玉が浮かんで、ホワンと明りが空間を照らす。
「リディアは平気?」
「バーナビーありがとう。怪我は?」
バーナビーはリディアを抱えたままゆっくり上半身を起こすけれど、まだ立ち上がらない。その温かく男らしい腕の中で、リディアは彼の様子に目を凝らす。
「腰を打った? どこで着地した?」
「リディア、動かないで」
「なぜ? 怪我をしているの?」
「確認だよ」
バーナビーは。リディアを腰の上にのせたまま、ぽんぽんとリディアの顔と手と腰と撫で叩く。
「足を伸ばして」
断ろうとしたけどその声は、強制的で力強い。
リディアが態勢を変えて伸ばした片足を、彼はゆっくり伸展屈曲させて異常がないことを確認してからようやく頷く。
「――ウィル、周囲は何もない?」
バーナビーの問いにウィルは頷く。「瓦礫だらけ」
「リディア、ヒールだよね」
「そうだけど」
「ならこのまま持ち上げるよ」
そして腰を抱いたまま、立ち上がろうとするからリディアは軽く悲鳴のようなものをあげた。
「バーナビー!! 平気だからっ、下ろしてっ」
「だめだよ、危ないから」
リディアの制止を聞かずに、ゆっくりとバーナビーは歩き出す。
高い視界と、慣れない男の人の腕の感触にリディアは動転するだけ。
「リディア、おとなしくしていて」
これじゃ、どちらが教師だかわからない。
「リディアは女の子で、ここは足場が悪い。ヒールじゃ危ない、わかるよね」
「でも、小さな女の子じゃないのよ」
「バーナビー、あとで交換な」
「ウィルはそれより、先を見ていてほしい」
バーナビーの的を得た発言にウィルは、ちぇっと言いながらもおとなしく周囲に目を配る。彼のせいで、バーナビーとの議論は断ち切られてしまった感じだ。
「それより、どうして二人はここに来たの?」
「予言だよ。リディアが闇に落ちると」
バーナビーは笑う。その笑みは悠然としていて、けれど闇の中だと赤い光彩が妙に色気があって、至近距離だと少しドキドキする。
ええとありがとうね。でも危ないから来ちゃだめだよ。
「未来は変えられないから防げない。だから一緒に落ちたんだ」
「ていうか、ホワイトと二人で旧校舎とか! 襲われたらどーすんだよ! 歩いていくの見てマジ焦った」
ホワイトさんは、大丈夫よ。無害な人だけど、仕事ができないだけ、と言いたいけど。
なんだかみんなが最近過保護なんですけど?
少し不本意で、けれど助けられているだけに、文句も干渉するなとも言えない。
「ありがとう、ウィル、バーナビー。とりあえずバーナビー、下ろして」
「もう少し」
「ここ調べなきゃいけないから、ね」
「もう少し」
彼は頑固で、そして譲らない。そして彼の言うことは正論だ。
リディアは諦めて、光源の明りを少し強くして、できるだけ高く、穴の縁まで飛ばす。
「うーん。相当落ちたみたいね」
「魔法でなんとかなる?」
「ならない――ごめんなさい。私は空を飛ぶ魔法なんて知らない」
「
リディアのPPも圏外だ。
ここに落ちたことを誰かが気づいてくれるだろうか。……ホワイトさんとか?
もしかしたら、そのまま席に座っているかもしれない。
そのほうが可能性が高いだろう。
(日暮れまでに二人を帰さないと)
生徒だから、親御さんに心配をかけちゃいけない。
配線が壁に沿っているから、電気の整備室だろうか。魔法陣や、何かの儀式をしていたような形跡はない。これのどこから黒魔術を連想したのだろうか。
壁には鉄製のクリーム色の扉がある。ウィルがドアノブを回すがノブが回らず開かない。外鍵式だから、内部からは開錠できているはずなのに。
ぐるりと周りを見渡すと、埃を被った壁に設置されている金属製の棚があった。
リディアはバーナビーに言って床に瓦礫などがないのを確認の上で、下ろしてもらう。そして棚に手を触れた。五段あるが、どの棚も殆どたいしたものは載っていない。
ねじ、コードの束。あとはクッキーの空き缶。片づけ忘れました、という風情だ。
それよりも壁の奥、つまり棚とは反対の場所に建物の深部に近づくように直径五メートルほどの横穴が空いている。自然に出来た穴ではない、ドリルか何か、いや何かの大きな力で無理やりあけたかのよう。あちら側に瓦礫が落ちているから、ここから出て行ったのだ。
(出て行った?)
何が?
「リディア、どうした?」
「ちょっとね」
呪いをかけるとき、地下や使われていない古い建物にその願いを込めた(呪いをこめた)道具を隠すのは定番だ。誰かに見つけられないのが鉄則だから。
呪詛は、魔力を発しない。だから、ここにそれがあるかどうかはわからない。
けれど――この穴は何?
床面の穴ならば、建物の老朽化の可能性もあるかもしれない。でも横穴は、誰かが作らなくちゃできない。
ところで、とリディアは真横のバーナビーを見上げる。高い背だ、いつも彼は寝ているから実感しないけれど、こうやって並ぶと見上げなければいけない。
「バーナビー。薬は定時に服用した?」
彼はわずかに黙った後、にっこり笑った。
「――うん。ありがとう。リディア」
「――なあ! ところで、ここは何?」
あれ、と一瞬思った。
バーナビーの返答の仕方に違和感を覚えたのだけど、ウィルがリディアの腕を後ろから引く。注目されたがる小学生男子みたいだな。
彼の方にたたらを踏むと、背中を支えられていきなりぎゅっと抱きしめられる。
甘えているの? と思えば、ウィルが突然リディアの両脇に腕を入れて持ち上げる。
「何すんの!?」
何で真似してんの!?
バーナビーは苦笑するだけだ。
「軽いなー。こんぐらいか」
「ふざけないで、て、顔埋めないで」
何故髪に顔を埋めてくる。やめて!!
「いや、ちょい確認。了解、わかった」
人の体重確認!? リディアが怒ろうとした絶妙なタイミングで彼はリディアを下ろす。
「――で、なんでリディアはここに来たって?」
「呪詛か黒魔術か、怪しいものが取り壊し作業で見つかったから、私が見に行くように回ってきたの」
「それでふつー、女一人で行かせる?」
リディアは肩を竦めた。この学校は“ふつー”じゃ、ないのでしょ。
「というわけで二人を巻き込んでしまってごめんね。それから心配してくれてありがとう」
「ちょい待って」
いきなりウィルはリディアを遮る。それどころか目の前で突然、片手を伸ばし手で口を塞いでくる。
「それ以上言わなくていい」
「うぅ(何)?」
「上に戻れない以上、この穴探るんだろ」
「ほうだけど(そうだけど)」
くぐもって声が出ない。なにこれ? 新たな嫌がらせ?
ウィルは眉間を寄せて険しい顔をしている、ふざけているわけじゃなさそうだけど。
「――俺も行く」
「ばあら(だから)!」
「聞こえない」
リディアは、黙る。バーナビーを見返すと、彼は穏やかに笑い返してくる。
「何でバーナビー見るんだよ」
「ばって(だって)」
リディアはいいかけて黙る。塞がれていて喋っても意味ない、この手のひらに噛みつこうかな。
「噛みついてもいいけど。リディアはしないだろ」
「……」
口の達者さは、リディアのほうがまだ勝っていたような気がしたのに、だんだん負けてきている。どういうこと?
しかも弱みを見せてしまっていることに、焦りや怒りを覚えさせないところが、ウィルの会話のうまいところなのだろうか。
「俺たちも連れていくなら頷いて。俺らを置いていくつーなら、いつまでもこのまま」
リディアは眉を寄せる。
押さえているウィルのほうが、手が疲れると思うのだけど。
「俺は、このままでもいい」
(なにそれ)
「リディア。女の子を一人でなんて行かせられないよ」
バーナビーに諭されて、リディアは息をついた。
「わ」
(何?)
「リディアの息が、手にかかった」
リディアが睨むと、ウィルは首を振る。
「嫌だって言ったんじゃねーって。なんかこう――ちょっと変な感じつーか」
これ以上ウィルに好き放題はさせておかない。リディアは、ウィルの腕に手をかけてぐっと掴む。身構えるウィルに、小さく笑う。
(何もしないってば)
彼が虚をつかれたように、一瞬目を見開く。
けれどそのまま、リディアは頷いた。
「え?」
もう一度目を見てうなずく。
「ウィル。離して、リディアは頷いている」
彼の手が離れると同時に、リディアは大きく息を吸った。
新鮮な空気、というわけじゃない。リディアたちが落ちてきて穴を広げてしまったせいか。
セメントとかの微粒子が舞う。空気が良くない、早く出たほうがいいかも。
ところで、呆けているウィルはどうしたのだろう。
「ウィル、どうしたの?」
「ええと」
顔が赤い、リディアの行動が意外だったのかな。
「なんか、ちょいやられた」
いつも脅している、笑顔を見せてあげなくてごめんね。
「そうじゃなくてさ。まあ……いいけど、あんま言わないでおく」
ウィルは、最近またもや変だ。それを言って、悩ませている場合じゃないから、あまり触れないようにしよう。
とはいえ、やっぱり今の会話。承諾することはできない。
「呪いに使われた現物もないからわからないけど、この穴の先が気になるの。見に行ってきて安心なら、あなた達を呼ぶから」
本当は覗きに行かずこのまま救助を待つ方がいい。
けれど、この後日が暮れる。日が暮れた後に、何かが出てきたら最悪だ。今のうちに調査しておいたほうがいい、だっていつ救出されるかわからない。
リディアが振り向くと、ウィルもバーナビーも微妙な顔をしている。何かを言いかけるウィルを眼差しで制する。
「――お願いだから。私は、あなた達を傷つけるわけにはいかない、絶対に」
そしてもう一度言う。
「お願い、ここにいて」
彼らの顔は真剣だけど、納得した様子ではない。
「ウィル。火系領域の実習指導者だったマート・ヘイ魔法師の怪我は私の責任なの。私が指揮を取った任務で呪詛にあい、大勢の犠牲者を出した」
彼らは何も言わない。ただじっと静かに聞いている。
「あの時、私は微かな予感があった。まずいのではないかと感じたの、でも見過ごした。ミスはね、まったく予測不能な時に起こるものじゃない。わずかな危惧はあったのに、見過ごすことによって起きるの」
大丈夫だろうと、自分の中で都合よく見過ごす。そして事態が起こった後に、あの予感を見過ごした自分を責めることになる。
「まあいいか、で、私はあなた達を連れていけない。あなた達は、親御さんから預かった大事な生徒なの、万に一つの危ない目にはあわせられない」
ウィルとバーナビーは黙り、そして先に口を開いたのはバーナビーだった。
「リディア、みなで進む未来しかない。そして誰も死なないよ」
「いいえ、それでも――」
「未来は変えられない。どんなことをしても同じ結末になる。リディアが俺たちを置いて行っても、俺たちは追いかけてしまうだろう」
これは予言なの?
「それにさ、俺たちが大事な生徒ならばなんだよ、アンタは?」
「私は社会人、よ。自分のことは自分で決めるの」
「違うね。大事な生徒なら、アンタは俺にとって大事な女(ひと)なんだよ!」
ウィルの大胆発現にリディアは目を見張り、顔を赤くして二人を見返す。バーナビーはただ穏やかに微笑んでいる。
ウィルは睨むようにしてリディアの反応に挑むよう。なんで睨まれているの?
「一つ言えば、俺たちの大事な
「共有はいやだ」
「――もうやめて。なんだか耐えられない」
いつも混乱させられる。どうしろっていうの。
「大体、リディアのそれって正しい判断じゃねーだろ。生徒だからって、条件反射のように優先にしているから鈍ってる。例えば、俺たちを置いて行って、そこで俺らがなにかに襲われたらどうすんの」
「……それは」
「少人数のときには人員を分けないで集団行動が鉄則だろ。大体非常時って全員で協力するもんだろ、生徒だからって客扱いはしない」
「そう、だけど」
正しい、凄く正しい。
「リディア、未来は変えられない、ただ俺たちを連れていけばいい」
リディアは眉を下げて、それからため息をついて立ち上がる。
「バーナビー、どのくらい予知ができているの?」
「わかるのは――俺たち全員が明日以降も生きているということかな」
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