205.本来の目的
エンシェント・ストリートは、魔法関係の道具の店が並ぶ通りだ。
表通りは歴史ある門構えの紹介制の老舗のお店が立ち並び、裏道に入ると蔦の絡まる石造りの建物や、カーテンが下りただけの怪しげなお店が連なっている。ただし最近は観光客向けに、占いや効果のないガラス製の魔石を模したアクセサリーのお店や、ポップで可愛いなんちゃって魔法のグッズが並ぶ店も多くなっている。
「どこにしますか?」
「うーん。ある程度大きくて、一般人と、専門家向けの両方が取り扱っているほうがいいかな」
「――そこは、どうですか」
キーファが指したのは、“クレセント・ムーン”というショップだ。大型薬局という風情だが、『各種取り扱い』と明記してあり、魔法薬の処方受付もしているようだ。
なんだか”月”に縁がある日みたいだ。
「そこにしましょう」
リディアは頷いて、キーファと入った。
右手奥は、ハーブおよび魔法薬の処方カウンター。自動ドアを入ってすぐのところは、一般の薬。最初に売れ筋の感冒薬や花粉症の薬、その向かい側は湿布薬の棚。
それらを目に進んで行くと、魔法の小道具の陳列コーナーとなる。
「結構安いのね」
リディアは、魔法書を写すときの魔法紙やペンを見て感心する。
「こういう店で買い物はしないのですか?」
「師団にいた時は、用具は支給されていたし、大学では研究費で落とすからカタログ注文なの」
老舗の専門店だと質はいいが、値段もそれなり。
「こっちは魔法効果の得られるグッズなのね」
コルクで栓がされている小瓶を摘まんでリディアは眺める。「満天」とつけられたそれは、コルクを抜くと煙が充満して、部屋に満天の夜空を造ってくれるものらしい。
リディアの成人の儀式のときにディアンが見せたようなオーロラができるものだろうか。
「大した効果はないですよ。灰色の煙が充満して、星を模した光が瞬くだけです。すぐ消えてしまいますし」
「そうなの?」
「実際の魔法には敵いませんよ、どれも」
「ねえ、使ったことあるの?」
リディアの中に、少しだけ悪戯な心が沸き上がる。からかいたくなったのはどうしてだろう、いつもならばそんなこと聞かないのに。
「ありますよ」
「そ、そうなの」
キーファが真顔で言うから、リディアは慌てて頷いた。やけに具体的に知ってるし、そうだよねと思う。
「――それって彼女と?」
思わず聞いてしまった。
馬鹿だ、プライベートなことなのに。けれど驚かずにキーファは笑う。まるで聞かれるのを予想していたみたいだ。
「気になりますか?」
「え」
その目はどこか試しているかのよう。その質問は意地悪にも思える。
「ええと、いや、どう、なんだろ」
キーファはどこかからかう様な視線を引っ込めて穏やかに笑った。そして背を向ける。
「答えなくていいです。俺も、教えません」
「ええ!?」
「気にしててください。俺はもう教えてもらったので」
(それってどういうこと!?)
「キーファ!」
声をあげかけて、リディアはあわてて声を潜めた。苛めたくなる、そういった彼の言葉の意味が分かる気がした。
追いかけるリディアの前でキーファが止まる。
「この辺りですか?」
「え、ああ、そうね」
心を落ち着かせながら、リディアは返事をする。落ち着こう。
「パーティグッズ?」
「そうですね、効果はあやしいです。遊びのようなもの」
花火を起こすものや、匂いをもたらすもの、パーティを盛り上げるグッズが並んでいる。
リディアがキーファをつれて探しにきたもの、それはある薬だ。
ケイからした甘い匂い――魔力増強薬の紛い物。
「キーファはそのグッズを見たことある?」
「噂だけは。甘い匂いが添加されていると聞いています」
キーファはリディアに思案気な瞳を向けた。
「実習の時も、ケイから甘い匂いがしました」
「私もそう思ったわ。それから
「魔力増強薬は、独特の匂いがあるの」
魔力増強薬の成分は、魔力を宿す魔法晶石から抽出される。それはもともと悪魔を呼び出す宗教儀式で、バニラの香りに似た樹脂と共に焚かれていたものだ。
それを北公国が持ち帰り、北方中央王国連盟で魔力を増強する薬として開発されたが、不思議なことにその香りを添加しないと効果が半減するという研究結果が出た。
不思議なことに不要といわれていても、それが入っていないと効果が感じられないこともあるようだ。研究では、その樹脂は熱を加えることで確かに精神を高揚させる効果のある匂いがでるようだ。
現在魔力増強薬は、血圧上昇や興奮作用のあるエフェドリンなども添加されているが、さらに服用が認識できるように、正規品はその匂いも添加されている。
そして非正規品は、それに似せて安価なバニラやイチゴのような化学合成された香りが添加されていると聞いている。
「ケイ・ベーカーを診せた師団のメディカルスタッフにも呼気を確認してもらったけど、私と同様魔力増強薬の匂いじゃないと見解を出しているわ」
本当はケイの血液検査をすれば、何を摂ったのかおおよそわかるのだが、同意もなく採血はできない。そして彼は採血を拒否したのだ。
「ケイは、確かに様子がおかしかったと思います。やけに感情が荒れていた」
「何らかのものを服用した可能性があるわね」
彼は着々と番組のための準備をしていて、講義には興味を示さない。けれど、大学内で何が起こっていたのか、一応調べておきたい。
それに、もし若者たちの間で流行っているグッズに魔力増強作用かそれを狙った作用があるならば、魔法省に報告をしなければいけない。
そう考えていたところ、キーファが協力を申し出てくれたのだ。
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