186.聖獣の秘密
*今頃で申し訳ないのですが、今回、次回と2章 1.「創世記」と絡んでいます。もしなんのこと、と思われたらお目を通していただけたら幸いです(でも深くは考えないで!)
キーファがニンフィア・ノワールに連れて行かれたのは不思議な空間だった。前回と同じように何もない。人の気配もない。ただ魔力があちこちに漂う。
誰の、いや、何の魔力だ?
灰色の空間だ。床もない、かといって視界が明瞭に開かれた空間でもない。茫洋としていて掴みどころがない。
「ここは、狭間じゃ」
「狭間?」
「我らとソナタらの世界の間。ここまでならばソナタも来ることができて、見ることができる」
「つまり、あなた達の世界に、俺は行くことができないのですね」
「来てもよいが、キツイぞ」
キーファはどのくらいキツイのか、は聞かなかった。行く必要ができたときには、行くだけだ。
「俺に何を見せたいのですか?」
「前は何も説明をしなかっただろう?」
そう言って、ニンフィアが足を止めた先には、巨大な建造物があった。
「これは?」
高さは、三、四メートルぐらいだろうか。全容を下から見るのは難しい。
幾層も重なる円盤が、最終的には立体となっている。まるで薄い板で作られた細工物のよう。だが材質は不明だ、金属のような光沢がありながら、端から砂状のかけらがこぼれ崩れていく。
「これは、魔法相関図ですか」
「よくわかったな」
ほう、と感心を漏らす美女。授業の魔法相関図は平面でしか表現されていない。これでは、概念が変わってしまう。
「昔。ソナタらが戦争を起こす前じゃな、我らの魔法を可視化して示そうと試みた人間がいた」
「黄金期の細工物ですか」
失われた文明だ。魔法の構成も、物質も遥かに進んでいた過去の文明。
「これは、四獣ですね」
この魔法相関図は、リディアが授業で述べていた六芒星ではない。多層を成し、いくつもの獣の像が置かれていた。芸術の分野での想像上の存在として絵画や彫刻に表わされている存在と、どこか似通っている。幻獣と呼ぶのが正しいのかもしれない。
それらは無数にあり、上位の存在がこの魔法の世界には存在していると突きつけられるようだった。
だが、最も下層で円盤を支える獣は想像ができた。
「これは四聖獣ですね。――サエウム、アロガンス、テネクス、アウダクス」
キーファはそれぞれに目を向ける。彼らは作り物にしてはやけに精緻で、まるで生きているかのように見える。
アロガンスを貫く
まるでそれぞれの武器で彼らは封じられているかのように見える。
「この武器は彼らを封じているのですか? それとも彼らから――力を得ているのですか?」
キーファが思わず問うと、背後にニンフィアが立つ。
「両方じゃ」
やはり、と思う。封じているのは、その名の通りの者たち。それぞれの武器を名とする集団。
「第三師団は……王都にありますね。とすると中央に位置するのは……」
キーファはしばし言葉を失う。他の師団の場所が不明なのに反して、
となると、この魔法相関図の中央に守られるように位置するのはグレイスランド王国の首都だ。
「彼ら聖獣は王都を守るように配置されているのですか? ですが、テネクスを封じるものは不在となっているのでは?」
「最初は、
「とすると、封印はすでに不完全ですね」
テネクスだけが、何も貫かれていない。
「……テネクスは封じられていなくていいのですか?」
「すでに蘇っておる」
キーファは絶句した。
「会ってはおらぬか? 今、名の出た
「ちょっと待ってください……。ワレリー・ヴァンゲル団長が!? 人間じゃない?」
キーファは直接会ったことはない。が、師団の団長達の中で最も最年長で、何かと公衆に顔をさらすことが多い人だ。かなり立派な体格で、戦闘にも長けているが、人格者だと聞いている。
「……なぜ、封じられていた獣が自分を封じていた人間の集団で長なんて」
「さあな。気まぐれじゃろう、惚れた女のためと言っておったが」
リディアの話では、ワレリー団長は愛妻家だと聞いていた。彼の妻は第三師団の副団長であり、リディアの尊敬する女性だと聞いていたが――その相手のため!?
魔獣がいれば、聖獣だっているだろう。だが、その聖獣が、人間と結婚している!?
どちらかと言えば理性で物事を判断するキーファにとっては、理解の範疇をこえていた。
そして焦る。
「――まさか、第一師団のマクウェル団長も聖獣なのですか?」
ディアン・マクウェル団長。それならばあの人間離れした魔力も納得できる。
「アヤツは別物じゃ」
露骨に嫌そうな口調で、ニンフィアはそれ以上は訊いてくれるな、と顔を逸らす。聖獣ではない、でも別物、とは何だ?
とは言え、綺麗な顔をゆがめているニンフィアに、それ以上は訊ける雰囲気ではなかった。
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