175.新たな火種

 ――事の発端は学科会議だった。


 口火をきったのは、他の領域の先生。たしか、木系魔法領域だ。


「――というわけで、総合実習に教員が足りないので、誰か出ていただけないでしょうか?」


 他領域の実習だが、同行する教員がいないから出せ、という要請だった。


 嫌な予感がした。  


 リディアの所属領域は、現在実習がない。

 だけどリディアはずっと――実習と授業だったのだ。この時期は、研究の計画を立てなくてはいけない。何かしらの論文も書かなきゃいけない。

 研究をすることが、大学教員の本分。論文を書かないと、年度末の報告は白紙になる。働いていないという評価になる。


「――うちのハーネストさん使っていいわよ」


 さらりと響く声。

 めずらしく学科会議にでていた領域の責任者、エルガー教授の発言にリディアはぎょっとした。


「いいんですか? エルガー教授」

「ええ、今は実習がないし。魔法師団での実習でしょ? ハーネストさんの勉強になるわ」


 同室のフィビーやサイーダが気遣わしげに見ている。リディアはそれに気づいていたが、それどころじゃない。


 ねえ。この流れ、何?

 そもそも。当人がいるのに、なぜ当人がいないかのように“使っていいわよ”なの?


「じゃあ、ハーネスト先生。明後日の第ニ師団への実習への同行、お願いします」


 リディアは黙っていたが司会の准教授が、あっさり決定事項として述べて、次の議題へと移らせる。

 リディアは、それどころじゃなかった。


(――勉強って、なに!?)


 魔法師団にいくことが勉強!? 

 

 ていうか、私そこの出身ですけどね!?

 その現場で働いていた本人に、勉強になるわよとかなんだ?


 リディアの出自を知らない教員も多いだろう。

 だけど、エルガー教授は知っているのだ、リディアがそこの出身だと。なのに、さらっとリディアを提供した、あなたの勉強よ、と。


 これ仕事だよね。勉強なんてしにきてませんけど!!



***



「――いじめじゃない?」


サイーダは、サラダを食べながらサラリといった。


「そうか、いじめですか」

「そうそう、いじめ」

「――そうなんですね!」


 学習教材をダンボールで作れとか、現場にいた人間に「勉強だから」とそこに行かせるとか。「あなたの経験をいかして」でもなく「あなたに行ってもらうと学生も心強いから」でもなく。


「そんなこと絶対に言いたくないんでしょ」

「――そうなんですね」


リディアは、そう思うことで、理解をしようとした。

 納得はしていないけどな! 

 

 魔法省依頼の魔法使用に関するガイドラインの素案も、研究計画書も提出できないけどな!

 

 朝の四時まで自分の授業資料を半泣きで作って、思考能力が落ちているのだ。ちなみにネメチ准教授の代理の授業資料は考えてもいない。

 

 もう無理。


「――ねえ」


 個人端末で、ネットワークを視聴していたサイーダが画面を見せてくる。


「これって、あなたの領域の学生じゃない?」


 その映像には、主街道から続く王都の外壁にある一番大きい主要門で仮装して盛り上がるたくさんの若者たち。最近は、魔女の格好で仮装イベントをして騒ぐ若者たちが問題視されているのだ。


『――ワルプルギスの夜の若者たち』


 本来は、他国の山にある魔女が集まる一夜の集会のことだが、何かのアニメで有名になったのと、魔女コスの人気アイドルのウィッチーズの影響で、この時期は各国で魔女仮装をして大騒ぎするのが社会問題になっている。


 それは、このグレイスランドでも例外ではない。

 

 ただ防衛の面から、外門周囲で騒ぐことで警備体制に影響を及ぼすと、首都を守る警備隊や、王都の近衛兵には歓迎されていない。

 魔法騒ぎが起きれば、魔法師団も警備で駆り出されることもあるから、けっこうやっかいだ。

 

 ――って、なんだっけ。


 動画は仮装している若者たちを取り上げているが――これって。


 インタビューをしているのは、当のウィッチーズという魔法師資格を持つアイドルの三人組。最近はグラドルなのか歌手なのか、境界は曖昧だ。


 キャッチコピーは、『エロくてエモい』


 胸の谷間を強調してのおへそが見える上衣(ほぼブラジャー)。ショーツが丸見えするプリーツスカート。肩にはショートのケープ。

 

 こんな魔法衣の魔法師は現実にはいない。ショート丈のナース服のワンピースのキャバクラのお姉さんと同じ。現実のナースはワンピースどころか、パンツスタイルだ。


「すごい衣装ですね」

「一昨年学祭でこのコスをした学生がいて、中止騒ぎになったのよね」

「ほとんど下着ですよね!?」

「特に女子には人気なのよね。ちやほやされたいのよ」


 リディアにはこの格好をしたがる心理が理解できないが、スタイルがよければいいのかもしれない。

 そんなふうに思いながらその動画を見ていたら、メンバーの一人が一般人の参加者に向けたマイクの先には――。


「ケイ……ベーカー」


 リディアの呻き声が研究室に小さく響いた。


「ほんと天使みたいね」


 リディアから話を聞いているサイーダは、彼が無害な生徒とは思っていない。

 だから苦い口調で、あーあという同情の眼差しを向けてくる。


 ていうか、ほんと何してんの!?


 まさかこんなイベントに出て、街頭インタビューに答えちゃうとか。

 そりゃ目立つ容姿だし、王子様みたいだけど! 


 周囲を女の子が彼を取り囲んでいる。バラ色の頬に、鮮やかな陽光のブロンド。その彼が、にっこり笑って手を閃かすと、火花が散る。


 喜色を込めて叫び声をあげるアイドルの声。ケイの肩や手にさり気なく触れている様子は、どちらがアイドルだかわからない。


 そして彼らの上から薔薇の花びらが降り注ぐ。


「薔薇の花びらは放送の演出だろうけど、火花は魔法ね」

「ですよね……」


 やってくれた。


 頭が痛い。

 このイベントは、殆どが一般人参加だ。魔法師は参加しない。

 なぜかというと。


「これ、まずいわね」

「ですよね」


 魔法師の魔法使用は規制があるのだ。

 

 公共の場では必要性がないかぎり魔法は使用してはならない。もし何かイベントで魔法を使うのであれば、魔法省と警備隊に報告し、事前に使用許可を取らなければいけない。

 

 魔法の使えない一般人と魔法師が共存するための必要条件で、これは魔法学校で徹底的に叩き込まれる倫理観であり、魔法師法で定められている。

 

 魔法師法の倫理規定条項では、


1.魔法師は、あらゆる命に対して、理由なく害してはならない

2.魔法師は、理由なく環境を破壊してはならない

3.魔法師は、理由なく定められた場所以外で魔法を用いてはならない

4.魔法師は、人類の幸福の寄与のために魔法を使うべきである


 そう定められている。


 学生でもそれは同じ。魔法師資格が無いからと言って、自由が許されているわけじゃない。

 学内でも授業などで教員の指導のもとに使えるが、休み時間に遊びで使うことも許されていない。


 何も知らない子供が無意識に魔法を使った、という理由が通用するのは七歳までだ。


「ていうか……もう!!」


 大学休んで、なにやってんの!?

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