149.変なこと訊いちゃいました

『――わかった。後で書面を送る』

「ありがとうございます」


 ディアンの反応は早かった。


 ”ウンゴリアント討伐は、中級魔獣三体の討伐という目的を上回り、卒業要件及び魔法師国家試験受験資格の条件を満たしている”との見解を、魔法省のお偉い方の証明も添えてだしてくれるとのこと。


 彼は憤慨することもなく、大学側の事情を説明すればあっという間に対応をしてくれた。

 話の通じない教授と話していたリディアは、話の通じる相手との会話に安堵を深く覚える、あの怖いディアン相手なのに、だ。


 自分の考えは、やっぱり現場寄りなのかもしれない。それがいいのかというと微妙だ。サイーダに諭されないと分からなかったのだから。

 そのうち、教育現場の常識がわかるのだろうか。染まりたくはない気もする。


『――ところで、キーファ・コリンズの測定値が出た』

「ありがとうございます。どうでした?」


 キーファは、魔法師団で高度魔力測定を受けると言っていた。そのことだろう。


『A(木属性)が千四百、F(火属性)とO(金属製)が七百、T(土属性)が千二百だな』


 リディアはうわあとつぶやく。上級魔法師マスターどころか、特級魔法師グランマスターのレベルだ。

 慌ててMPを開いて、キーファの記録を呼び出す。過去の値は〔E : 350mp/s, V : 400mp/s, A : 400mp/s, F : 450mp/s,T : 500mp/s, O : 500mp/s〕だ。


木属性Arbre土属性Terreが上がったのは、聖クゥイズネルの樹と結ばれたからですよね。でも、火属性Few金属性Orが意外です」


 キーファは聖樹の呪いを解いて、それの祝福を受けた。木属性の値が上昇したのは当然だろう。

 けれど他の属性も、もっと高いと思っていた。二千以上あるウィルといい勝負じゃないかと思っていたのだが。

 「それだが」とディアンが淡々と続ける。


『キーファ・コリンズは、状況変動型だろう』

「……それって」

『負荷テストをしてみないとわからねぇが。それをしても、上昇値は予測不可能だろうな』

「……」


 リディアは端末を握りしめる。

 状況変化型はとても珍しいというか、一万人に一人というくらい本当にレアだ。そしてそれらのタイプは、伝説の有名人として名をあげている。

 つまり勇者型、ともいわれる。仲間のピンチに無限の強さを見せるタイプだ。


「大学側から負荷テストの同意をとりますか?」

『いや、お前は本人の意思確認だけしとけ。得られたら、うちから詳細を送る』


 はい、とリディアは頷いた。

 負荷テストは、精神または肉体に負荷のかかる擬似体験を与えて、魔力の上昇値を計るのだ。現実では一切傷つけことはないが、脳に事実と思わせる体験をさせるので、その際の負荷が激しい。

 PTSD:心的外傷後ストレス障害の予防は十分行っているが、かなりのストレスを与えるので、本人の希望が最優先だ。

 

 魔法師団に属しているわけでもないし、学生なのだからそこまでして計る必要はないかもしれない。


「もし計測を本人が希望したら、私も同行してもいいですか?」

『……本人が望めばな』 


 ディアンの言葉に、リディアも気づかされる。負荷テストを受けている姿を見られたくない、という者は多い。


「ですが、私は教員なので。『行ってきたんだ、どうだった?』で終わりにしたくないです」

『なら説得はお前がしろ』


 はい、とリディアは頷いた。


「ところで、ウィル・ダーリングは?」

『来ていない、連絡もないな』


 日程は自分で問い合わせて調整するようにと本人達に伝えていた。ウィルは行動力もあるし、師団に物怖じする性格でもないだろう。


(私と揉めていたからかな……)


 それで師団に反発しているのであれば、勿体ない。


「本人に確認してみます」

『ああ』 


 話は終わりだ。ディアンもそう感じたのだろう。リディアはわずかに切り上げる挨拶をためらう。だがどうしてだろうか。ディアンも通話を切ろうとしない。

 わずかに二人の間に沈黙が下りた。


「――先輩」

『――どうした』


 言葉は同時だった。ディアンが黙る、リディアに話せということだろう。


「先輩は今、彼女はいますか?」

『――』


 本当にわずか、相手が息を飲んだような気配を感じた。だが返事はない。

 リディアは慌てて言葉を続ける。沈黙で変な想像をされたくない。リディアがそれに関心がある、とか。


「同室の先生が、ディアン先輩に合コンに来てほしいとのことで」


 あ、どう考えても行きたいと感じさせない誘い方だ。

 彼が行きたくなるような誘い方はどういえばいいのだろう、ディアンの反応が怖い。


 沈黙後に、彼が口を開く気配がした。

 素っ気なく『バカか』と言われるのか、それとも無視されるかと思ったのに。


『……お前は、行くのか?』


 珍しく、ディアンが反応した。自分で誘っておいたくせに意外すぎて驚く。怪訝そうで、リディアの意思を確認する言葉。

 ――どうして?


「私は行きません。お酒も飲めないので」 


 サイーダとの会話を思いだす。あの口調、あれはリディアを誘っていないだろう。


『……』


 あ、気まずい。


「同室の先生、サイーダ・ブライアン先生ですけど、年上で美人で知的な感じで、先輩の好みかも」

『――何で。お前が、俺の好みを、知っているんだ?』


 今度の返事は早かった。低い声は不機嫌をにじませている、脅しのようにも聞こえる。

 いつもならば怖いと、ぶるぶるして慌てて話を終わらせるところ。でも、なんだか怖いよりも胸につくんと痛みを覚えた。


「前に先輩の部屋で。雑誌があったのを見たから」


 ディアンの気配、通話の向こうで不機嫌さに困惑が混じったような気がした。

 ずっと昔のたまたま見てしまった雑誌の話なんてしても、どうしようもない。


 過去の記憶が映像のように蘇る。

 ディアンの部屋に出入りしていた諜報部のブルネットの女性、執務室を訪ねる時はきっちりとしたまとめ髪が美しい仕事のできる人だった。でも政府主催のパーティでは、背中が大きく開いた黒のタイトなドレス姿で、自信たっぷりの笑顔でディアンの腕に手をかけていた。

 それから付き合っていると噂されていたキャリア幹部の女性。ディアンと会う時は、ルブタンの九センチのピンヒールを履きこなし、彼に堂々と意見をしていた。

 

 ディアンは意見を言われるのが嫌いじゃない。自信があって自分と同等に立ち向かってくる女性、その上美人、その上年上。そういうタイプが好きなのを、知っている。

 

 ディアンが黙る。

 この話は終わりだ。行く行かないを言わないのは、彼が返事に値しないと思っているから。必要ならば彼は自分の意思をはっきり告げる。


「――わかりました。先輩は行かないと伝えます。それでは実習の件、よろしくお願いします」


 リディアは、淡々と述べる。感情が入らないように事務的に告げて、通話を切ろうとする。


『――リディア』


 珍しく呼び止める声に、耳から離していた端末を再度近づける。


「はい」

『お前は、行くなよ』


 えっ、と思う。何の話だ、って思いかけて、合コンの話だと思い出す。

 断ったはず、行かないと伝えた。二度も答えさせられたことはない。

 意思を訊くのは、いつも一度だけのはず。


 お酒を飲めないし、誘われてもいない。でも、それは彼に伝えた。


『返事は?』


 返事を求められたことはない。いや、任務では必ず返事をしていたから、今回はそうする必要がなかっただけ。だから求められたのか?


 ――これって、上官からの命令?


「は、い」


 彼はようやく満足したのか、それとも納得したのか、次の瞬間に通話は切れていた。

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