148.問題が山積みです

「は? 今、なんて――」


 エルガー教授がため息をつく。殆どがいつも説明不足というか、何を言っているのかわからないが、本人は自分の会話能力の欠陥を気づいていない。


 そして、リディアに呆れた目を向けるだけ。


「だから。実習での魔獣退治は認められないわ、これじゃあ単位はあげられない」

「そんな。確かに彼らだけの力で倒したわけではありません。ですが共闘したのは事実です」

「ハーストさん。まずあなたの報告書は何? 魔獣ウンゴリアントなんて聞いたこともないわ!」

「え」


「何なのよ、特殊魔獣とか。何級なの? 実習目的は何て書いてある?」

「それは……」

「中級魔獣を三体討伐、よ!! 聞いたことのない魔獣なんて認められないわ」

「いいえ、伝説級です。師団に問い合わせたら、SS級と認定してもいいと」

「だとしても!! 目標は三体よ! 中級魔獣を三体!」

「ですからSS級と中級は、もはや比べ物に――」


「しかもたった一体! しかも中級魔獣という条件でしょ、全く満たしていないの。たとえ上級でも、目的は中級!! 教育省の卒業要件は、中級魔獣三体の討伐なの。だから未達成とするしかないの。やり直しをしてもらって。師団に中級を捉えてもらって、それを適当に魔法かけて終わらせてきなさい」

「……」


 リディアは黙る。……適当って何? 


 教育なのに、適当ってなに?


「まったく。生徒から苦情がくるだけでも問題なのに。あなた実習中に何していたの? どうせ、サボっていたんでしょ。ちゃんと行ったのかさえも怪しいわね」

「…………実習には行きましたし、討伐中も同行していました」

「ますます問題じゃない。ついていたのに目的も果たしてこないなんて」


 リディアは手足が震えるのを自覚した。顔から血の気が引いていくのか、顔が熱くなっていくのかもわからない。


「とにかく、実習はやりなおし。実習は内容じゃないの、形なの。外面そとづらを整えるのが大事なの。返事は? ハーネストさん」

「…………師団に問い合わせます」

「そうして頂戴」


 ――思った。


 くたばれ!!!




***



「というわけで、実習目的は達成と認められませんでした」


 リディアは、教育省の卒業要件のページをMPで探しながら自室で説明した。


「まあねえ」


 同じく自分のMPのモニターに向かいながら同室の教員のサイーダが生返事をする。

 リディアは自分の画面で、お目当ての条件を見る。


「――教育省の卒業要件は、中級魔獣三体の討伐なんですよね。魔法省の魔法師国家試験を受けるには、卒業見込みであることで、そこには中級程度の魔獣三体を倒していることだから。“中級程度”なら通りそうですけど」


 一番腹立つのがここだ。


「――教育って内容じゃないんですか!?」


 教授の意見が腹立たしい。教育が外面を整えることだとはっきり言いやがった!


「そりゃそうよ」


 サイーダの淡々とした声が響く。リディアはえ、っと振り向く。


「教育も実習も単位をあげるための提示条件を満たしていないと。そりゃ中身が良ければなおけど良いけど、外見そとみが該当していないとダメっていうあなたの教授の意見も、もっともよ」

「……そう、なんですね」


 リディアは、同意を得られなかったことを意外に思い、それからしゅんと肩を落とした。それも一理あるかもしれない。自分の意見は、主観的なものだったのだと反省する。


「とはいえ、あなたの教授は責任を取りたくないだけだから。どっかから文句がつけられたら対応できないからでしょ。えらい人にお墨付きをもらえば、万々歳で黙るわよ」

「……えらいひと」

「そうよ。下っ端があれこれ騒いでも無駄。そういうときは上から話してもらうの」

 

 サイーダに繰り返されて、リディアは確かにと頷いた。


 言われてみればそう。リディアがあれこれ魔法省や教育省に問い合わせするよりも、魔法師団のトップから一言、目的を達成したと証明をしてもらうのが一番いいのだ。


 とは言え、相当な遠慮もある。


「偉い人と繋がってるんでしょ。そのコネを使わないと。じゃないと単位貰えないわよ」

「――はい」


 たしかにそう。自分のことじゃない、だから遠慮している場合じゃない。

 と、リディアがえらい人にメッセージを送ろうとすると、サイーダがそう言えば、と振り返る。


「その偉い人だけど。第一師団の団長ってイケメンでしょ? 彼女いるの?」


 リディアは、PP個人端末を操作する手を止めて固まった。


「いえ、イケメンかどうかはわかりませんが……体つきはいいと思います」


 サイーダは目を瞬く、リディアは動揺して自分が変なことを口走ったことを自覚した。


「性格は……その」

「知ってる。実習調整会議で話したことあるから。でも顔が良ければすべて許されるの」

「ええと?」

「で、彼女いるの? 合コンに誘いたいんだけど」


 リディアはあんぐりと口を開けてサイーダを見る。手の隙間から、PP個人端末が落ち、床にあたってゴンという音がなった。


(合コン? ディアン先輩、が??)


 こわーい。

 想像できなーい。


「ええと、彼女がいるかはわかりませんが。……不自由はしていないと思います」


 若干声が低くなる。もててたので、と付け加える。

 無愛想で無愛想なくせに、数少ない女性団員のお姉さまからは、大変もてていた。仕事で組んだ他国の政府関係者や、軍部のお姉さまからも、あとで必ず連絡が来るほど。


(そりゃあ、顔が良くて実力者でおまけにトップですものね)


 肉食系のお姉さま方が、ほっておくわけがない。


「合コンは、ちょっと来ないと思います」

「そう? ね、リディア、あなた来る?」

「え」


 リディアはサイーダの視線に顔が熱くなる。


「私、そういうの経験ないんです。お酒飲めないし」

「男女二対二くらいの紹介目的の食事よ。別に飲まなくてもいいの。気に入れば連絡交換、後はご勝手にって感じ。気にいれば付き合えばいいし、その夜限りの相手でもいいし。ところで、端末落ちてるわよ」

「あ」


 リディアは慌てて拾う。動揺しまくりだ。


(その夜限りって、そういうことだよね)


「あの……男女において――行為って必要ですか?」

 

 思わず口に出すと、サイーダが今度こそ回転椅子を回して、リディアをまじまじと見る。


「なんでもないです」


 そんな誤魔化しは、サイーダには通じなかった。


「必須じゃないけど。……そうね、したいって思ったらしたら?」

「――私、付き合ってない相手に誘われることもあって。行為って必要なのかなって……男の人は、断られると気持ちが冷めちゃうとか」


 警戒して拒絶してしまう自分。だから、彼氏ができないのかもしれない。


「あー」


 サイーダは、思い当たったのか口中で漏らした後、リディアに肩を竦めてみせる。


「私の友達にもいるわよ。言われたくないのに、誘われるの。でも本人は嫌なのよね」

「お友達もそうなんですか?」

「みたいね。私は誘われても平気だけど、彼氏でもないやつに言われたことないのよね」


 あっさりサイーダはいう。あまりにも何でもないように言われて、リディアは動揺した。


「え? 平気、なんですか??」

「ええ。別に?」


 そうなのかとリディアはサイーダを見つめた。

 近寄りがたい知的美人だ。華やかでもある。胸も大きく、スーツ姿も決まっている。だからだろう、男性は下手なことを言えないのだ。

 でも、言われたくない女性に言ってしまって、言われても平気な女性には言わないって。


 結局、それらの男性は自分の欲望だけで、相手女性の気持ちを見極められていないってことだよね。


 憤慨するリディアに、サイーダは相変わらずの素っ気なさで言う。


「でもそんなの考えること? 悩むのは好きじゃないから。したくないんでしょ。好きだったら、やればいいじゃない」

「そ、う……ですかね」

「後で『好きだったかも、チャンス逃した』って思うよりもね」

「……」


 そういう考え方もあるのかもしれない。

 端末を握りしめるリディアに、サイーダはそっけない口調ながらも、持論を展開させる。


「ていうか、あなた処女?」


 ダイレクトにためらいもなく聞かれてリディアは絶句した。そういう会話をする仲だっただろうか。いや、リディアから話を振ったのだ。


「あの、合意の上での……最後まではまだというか……」


 もごもごと答える。虚勢を張りたいような、でもあれがそうだと認めたくない。でも、いい年して相手がいないのはどうなのだろう、普通はどうなの?


 だがサイーダは案外どうでもいいようだった。


「そう。いい年して処女って恥ずかしいって思う時もあるわよね」

「……」


 ……いい加減生徒に色々言われるのも情けないというのもある。……早く捨てた方がいいのじゃないか、とか。


「案外してみると大したことないってわかるかもね」

「……そう、ですか」

「名前も知らない相手としてみると後腐れなくてもいいかもね」

「それは……ちょっと怖いです」


 サイーダは苦笑いした。


「合コンでもして、さっさと喰われてきたら?」

「……」

「というわけで、第一師団の団長を合コンに誘っておいてね」

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