4章.課外活動編

147.それぞれの出発


『はよ、マイハニー。寝ぼけてんじゃねえぞ』


リディアをここ最近悩ませているもの、いや悩むほどではないが、若干面倒だと思わせているものがある。


『俺がいねーからって寂しがんなよ。すぐ帰ってやるから』


 毎朝の六時に来るテキストメッセージ。

 今日で連続五日目。暇なのか、なにか溜まっているのか。


(マーレン。あなた喪中よね?)


 お家騒動のストレスでネジが飛んでしまったのではないか。それとも彼なりのSOS?

 彼は、国元に帰省している。兄弟が亡くなり、しかもそれが王族だ。いつ大学に戻ってくるのか見通しがつかなくても当然だが。


『教授に仕事押し付けられてキレんじゃねーぞ。余計なこと言って、凹んむんじゃねーぞ』

 

 若干、リディアの行動を読まれているのが腹立たしい。我が道行ってるくせに、実は人間観察能力が、かなり優れているのかもしれない。


 リディアはしばし悩んだ後、一つ息をついてPP個人端末に指を滑らせた。


『お家のことに集中しなさい! 足元をよく見なさい! 気をつけて』


送信した途端に、即座に端末が振動する。


『╰(*´︶`*)╯♡』


 やばい。

 なんか。故郷で人格改造手術を受けたのかもしれない。いいや、それとも魔力増強薬の副反応か?

 

 リディアは軽く息をつく。彼のその後の状態が気になっている。魔力増強薬をやめたのか、それならばどう対処しているのか。

 

 今になって思えば、彼の魔力属性の極端な値に説明がつく。増強薬で高めすぎた結果、彼の中の魔力で反応しなくなってしまった属性があるのじゃないか。

 もし抜くとしても、魔力増強薬を急にやめるのも危険だ。魔力値を常に測り、医療用の増強薬を投与しながら、次第に減量していかないといけない。

 彼の魔力は、増強薬のせいで自己生産ができなくなっている可能性が高い。投薬で補助しながら、少しずつ自己分泌の様子を見て投薬を減らしていく。それが一般的な治療だけれど。


(お家騒動中だしね)


 今は、それは後回しにしているのかもしれない。 

 彼の兄弟は暗殺されたらしいし、そんなさなかに渦中の王宮に帰国ということで、リディアも多少は心配している。

 だから緊急時用に自分のPP個人端末の通話回線の番号を教えた。

 そうしたら、どこかでリディアの個人メッセージ用アドレスを知ったのか、電話ではなく毎日メッセージが来るようになった。


(たしかに、彼のお家の情報網ならば調べられるでしょうけれども!)


 リディアの過去も調べていた彼だ、そんなことでは驚きはしない。

 けれど、番号を教えたのは友達になってもいいと言ったわけではない。


(こんなことしていないで、くれぐれも身辺に気をつけなさいよね!)


リディアはそのメッセージは送らずに、端末を切った。

 

 そういえば、実習中の謎の行動にリディアはあれ以降触れていない。あれは彼なりのスキンシップだったのだと思いたいが。


(王家とか持ち出されるとやっかいよね)


 一応調べておくか、と思いMPの一般の検索サイトを起動する。

 バルディア王国のしきたりについて大学の図書館に資料があるかもしれないが、そこまでするほどのことではないだろう。


検索ワード: ”バルディア” and ”手の甲” and ”噛み付く”


結果:相手が異性と同性により異なる。同性だと、決闘の申し込み。異性だと、結婚の申し込み。これは、バルディア国が統一前、部族間闘争が激しく言語の統一化がされていなかった時代に、用いられた求愛の仕草に由来する。なお、同性同士の求愛行動としては誤解が生じるため使われていない。

 本来の意味は「今すぐお前と子作りがしたい」というものである。


(…………)


 リディアは、無言でMPを閉じた。







***


「先生!!」


 リディアが廊下を歩いていると、突然腕に絡みついてきた存在がいた。

 なんとミユだ。後ろからケヴィンが苦笑しながら歩いてくる。


「ね、リディア先生!見てっ」


 彼女が見てと、差し出してきたのは、左手。その薬指には透明ながらも光る石の存在――。


「婚約したの!」


 驚いて二人を見るとケヴィンが照れた表情を浮かべ、そしてミユからは満面の笑みが返ってくる。


「そうなの、おめでとう!」


 驚きながらも祝福を述べると、えへへ、とミユが嬉しげに笑う。


「このあいだお家に連れてってもらったの、そして彼のパパとママに紹介してもらったんだ」

「キーファにちゃんと誠意を示しておいたほうがいいって言われてさ。うちの親からは結婚は卒業してからって条件つけられてる最中なんだけど」


 ケヴィンが苦い口調ながらも、目元を赤くさせながら言う。


「なんか、色々……迷惑かけたけどさ。先生、ありがとうございました」


 二人して幸せそうに息を合わせた様子で報告してきて、リディアも自然に笑顔になった。


「――ねえ、リディア先生?」


 ミユがケヴィンの腕にぶら下がったまま、ふと上目遣いでリディアを見上げる。


「私、実は恋愛結婚諦めてたの。だけどね――恋愛結婚っていいよ!」


 その笑顔は、なんの憂いもない。


「だからね。先生も諦めないで。シルビス人でも好きな人を選んでいいの。運命ってあるんだから!」


 ミユの顔は、今までで一番自然で幸せそうだった。

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