143.every nothing

 ネジ曲がってしまったのは、思いなのか。

 それとも、性格なのか。


 間違えてしまったのは、どこからじゃない。

 その思いを抱いたことが、間違えだったのだと。


 何度も自分に言い聞かせた。




 ――十六歳だった。


 リディアは、魔法師団の第三師団シールドに配属され、十歳で第一師団ソードに出向した。理由は聞いていないが、なんとなくわかる。シールドの団長の配慮だろう。守りに特化したシールドで防衛を叩き込まれたが、攻撃が不得手なリディアに、ソードで学んでこいと言う意図だったのだろう。

 

 とにかく、ソードの荒くれ者たちに揉まれて、沢山のトラブルも乗り越えて、ようやく慣れてきたのはソードに来て六年後。

 思春期もありリディアは自分の感情を持て余してもいた。

 

 自分に自信をもてないのは相変わらずだけど、そうじゃない自分を見せたくて、でもどうしたらいいかわからない。苛立つし、落ち込むし、人に言われたことに影響する。


 表情に乏しいと言われていたのに、構われすぎて、感情の起伏を表すようにもなってしまっていて、男性の団員から身体に向けられる目も気になって、どう対処したからいいのかわからず困っていた。

 

 そんな時に、第四師団から移動してきたという彼に会った。

 名前も顔もあまり覚えていない。


 年齢は二十五歳くらい。年齢のせいというよりも、自分の過去のやり方にこだわり、そればかりを持ち出すからソードの男達に馴染めなかったらしく、一緒に案件を組んだリディアにいきなり距離を縮めてきた。親友だと言ってきた。

 あんまり話した覚えはないけれど、ソウルメイトとまで言われた「リディアとはすごく気が合うんだよな」と。


 十六歳の誕生日の夜だった、非番だった。

 彼はリディアの誕生日とは知らなかったようだが、「リディアが探していた魔法陣の本があるから部屋で話さないか」、と言った。

 

 部屋を訪ねると、招き入れられた。同室者もそのうち戻ってくると聞いていたけれど、一応迷った。けれど拒絶しすぎるのも、疑っているとあからさますぎるから、ドアの入り口にストッパーを挟んで、わずかに隙間を空けて戸口近くに座った。


 魔法陣のことを話している間、彼は缶ビールを五本空けた。

 そしてリディアにもお酒を勧めた。リディアの年齢を聞くから「十六歳の誕生日だ」と告げた。

 彼は破顔した、そして「十六ならもう立派に飲めるぜ、ほら飲めよ」と言った。

 

 リディアのいた第三師団シールドも、ディアン率いる第一師団ソードも、未成年者の飲酒喫煙はめっちゃ厳しい。幇助した成人の方には更に厳罰が待っている。十代前半の子供から成人が暮らす大所帯だからだろう。


 それに未成年者への性的な接触を試みた者は、恐ろしい処罰がなされるとも聞いていた。ただ、その規制の厳しさの度合いは、団長によるらしい。


「うちなんて、全然みんな飲んでるぜ。リディアは、固いな。だからじゃん?」


 “うち”、と以前にいた所属を口にする。だから、今のソードに馴染めないのじゃないか、そうよぎったが、リディアは口にしない。本来そういうことは言わないのだ。


 それよりも、“だからじゃん”には、何を含んでいるのか。


「だって浮いてる。特別扱い、だよな?」


 彼は笑っていた。


「リディアなら何をしても許されるだろ。できてなくてもさ」


 そんなことない、たくさん苦労した。必死で喰らいついた。けれど、それでも――外から見ると、目こぼしされているのか。


「俺は親友だからさ、正直に言ってやる」


 喰らいついても、それでも大目に見てもらわないと、かじりつけないのか。


「飲んでみろよ。それぐらい、しちゃえよ?」


 ――初めて、お酒を少し飲んだ。


 気がついたら、腕を捉まれていた。

 そして、迫られた。

 抵抗した。


 彼は言った「俺ら親友だよな」と。「十六歳の誕生日だからこれはプレンゼントだ」と。


「男にとって女は三種類に分けられる。まず一番は、本命にしたい女。そして二番目は、やりたい女。そして、やりたくもない女。お前は、男にとっては、二番目だ。本命にはしないけど、やりたい女なんだよ」


 親友だから、特别に教えてやるんだ、と言われた。

 彼の言葉の告げた意図も繋がりもわからなかった。どう答えたのかも覚えていない。


「部屋に来たんだから、同意だよな」


 違う。


「……だから、やらせて?」


 低く、かすれて甘えた声。同じ思いだろ、したいだろ? 


 ただ思った。

 

 だから、私は、そう言われるんだ。

 そう言われる人間なんだ。


 ただわかってしまった。


 ……だから私は、誰の本命にも――なれない。


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