131.キーファの予感
学生が待つ装甲車に戻る道すがら、キーファは硬い顔だった。
「――先生。団長一人でも片をつけられたのでは」
「ううん。確かに団長だと魔力の放出が半端ないから、蜘蛛に警戒させていたと思う。それに――あなたが来てくれて、本当に助かった。ありがとう。ケイ・ベーカーのことも、聖樹の呪いを解いたのも、あなたじゃなきゃできなかった」
リディアが言葉を連ねても、それでもキーファは浮かない顔だ。
「……前にね、悪魔を召喚してしまった貴族がいて。手に負えないからなんとかしてくれって、依頼があって。団長は、空間に閉じ込めて炎で悪魔を焼いたの」
「悪魔を?」
「そう! 悪魔なんて、神に匹敵する存在よ、人間なんて敵わない! しかも魔界の大公爵だったのよ、炎なんかで滅することができるはずがないのに。普通は魔界に送り返すわよ」
「倒したんですか?」
「二千度近い豪炎に悪魔は焼かれ続け、死と再生を繰り返して、百日目にとうとう消滅。魔界のヒエラルキーの勢力図が変わったらしいわよ。大公爵は、団長に『魔界を滅ぼす、この大悪魔め!』と叫んだとか、『お前を輪廻転生の呪いに永劫かけて、生まれるたびに滅ぼしてやる!』って言い放ったとか。それを薄ら笑いで「やってみろ」と返したのよ、あの人」
「……」
立ち会った魔法師の何人かもPTSDを起こしたと言うが、リディアに言わせれば焼かれる悪魔を見たせいじゃない。ディアンのあの整った顔で見せる酷薄な笑みに対するPTSDだと思う。
「マクウェル団長は、いったい――何魔法の使い手なのですか?」
リディアは硬い表情を浮かべたまま、囁くような声で返す。
「わからない。わからないけど、多分――魔法師というより、召喚師」
「召喚師って……存在、するのですか?」
リディアは首を横に振る。いない、ではなく、知らない、だ。
古い文献によると、魔法の黄金時代には確かに存在していたらしいが、何をしていてどういう魔法かは一切不明。
ただ、ディアンの使う魔法の大半が魔法師の範疇を越えているのだ。
リディアは、あの人は、地獄の門番ケルベロスの生まれ変わりではないかと思っている。今、ケルちゃんは行方不明らしいし。
***
装甲車の前で、リディアは車に乗り込むウィルを見かけて追いかけた。
何を話そう、そう思う。
ウィルはリディアと感覚を共有した、彼に会話を聞かせた。
――色々な醜態を見せた。
顔を赤くするよりも、顔が歪んでしまいそう。もう穴に入って自分を埋めたくなる。
が、逃げるわけにはいかない。
お礼を言わないと――いけない。
「ダーリング! ウィル・ダーリング」
ステップに足をかける彼を呼ぶと、その前を昇るチャスとヤンが振り向く。ウィルは最後にゆっくり振り向く。
「――何?」
けだるげで、声をかけられたことが面倒だ、という顔に、リディアは虚をつかれる。
「ええと、あの。魔法の発現――すごかったわね。助けてくれて、ありがとう」
肩をすくめて「どうも」と彼はつぶやく。
リディアは、完璧に続く言葉を失った。
(団長の対応、平気だった? なんて、訊けないし)
ディアンは、百戦錬磨で、おまけに長。その指導に不満や悩みや困りごとがなかったかなんて、なんの訴えもないのに、過保護に訊くべきじゃない。
「話はそれだけ? 中入ってもいい?」
「ええ。その――魔法については、また後で話しましょう」
ウィルを見送り、リディアは後ろで待っていたキーファに入るように促す。
彼は、背を翻して乗り込むウィルをじっと見つめていた。
なんだろう、気になることがあるのだろうか。
「コリンズ?」
「ああ、なんでもないです」
キーファは返事をしながらも、リディアを見ない。固い顔だった。
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