119.ケイの野望
ケイは大きく手を振り上げて笑う。
強大な力が自分の中に渦巻いていた。
キーファが、リディアがこちらに視線を向けているのがわかる、魔法師団の奴らも注目しているだろう。
――あの大樹の下ならば、個人端末の電波も通じますよ。あそこは、魔法師団はずっと厳重監視区域に認定していますから。
そう教えられて、個人端末を立ち上げたら、確かに通信が可能になっていた。
――魔法師団が立ち入り禁止区域にしているのは、あの大樹が太古の魔王の呪われた魔法具の仮の姿だからです。あの大樹を倒すために、彼らはずっと機会をうかがっているのです。
――それを倒せたら、皆が素晴らしい魔法師だと認めるでしょうね。
見たところ地下に深く根を潜らせているだけの不気味な枯れ木。黒い根、黒い枝、人の胴よりも太い枝がいくつも地面にもぐり、また出てきては、うねる。
だが気持ちが悪いだけで、何にも感じない。
魔法師団が倒したがっている大物のはずなのに、あっけないほど簡単に接近できて、簡単に倒せる。
最初は写真を撮るだけのつもりだった。SNSにあげて、ネタを提供するだけのつもりだった。けれど、ケイなら倒せちゃうよ、そんな声が聞こえた。
得意な炎で燃やしちゃえば。
魔王の武器を封じちゃったらすごくない?
やってみて損はない。それにできそうな気がする。
(これで、スカウト間違いないな)
彼らはカメラで監視をしている、ケイの端末も離れたところで撮影をできるように置いてきた。
これで閲覧数も数万いくだろう。
何しろ魔法師団の奴らが狙っていた敵だ。あいつらがスカウトするところまでも撮ってもいい。
(ああ、でも簡単に受けるのはどうかな)
一度は勧誘を断ってもいい。
それとも、僕が片付けたこと、簡単だったよと言ってやればどんな顔をするだろう。
そうだ。
こんな炎じゃ足りない、もっともっと大きな炎だ。それが僕なら使えるんだ。
上級魔法――六属性魔法以上の四聖獣に誓願する魔法。
グレイスランド古書館に掲示されていた、リュミナス古語の四獣への請願詞。アンダースクールの時に行った社会見学。
他の生徒たちは展示品を見てもいなかったが、自分はちゃんとそれを覚えていた。
請願詞は六属性魔法と同じだ、ただ呼びかける魔法師の魔力が足りないと食われるとあったが、自分ならば間違いはない。
“炎よ。偉大なる炎の使い手――アロガンスよ”
(いける、平気だ!)
より魔力が満ちてくる。まるで無限のように湧いてくる。
四聖獣なんて、もったいつけてあがめているのに、実際は簡単に唱えられてしまった。
“聖なる獣よ! 炎の王である僕の命に従い、この呪われた地を、卑しいこの大樹を燃やしつくせ!!
頭上に掲げた掌、一塊の巨大な黒い轟炎が舞いあがる。
目の前にはでかいばかりで、醜い姿を地面に這っている枯れ木の成れの果てが転がっている。
“いけ!!”
炎がロッドの先から、うねりをあげて放たれる。
まさに枯れ木が炎に飲み込まれる瞬間を見たケイだが、その直前に立ちはだかる姿――。
「は?」
キーファが右手で短剣を構え左手で切っ先を支えながら、その眼前に立ちはだかる。
「な、なに考えてんだよ!」
キーファは、逃げない。
気迫のこもった眼差しでケイを、その炎を見据えると、ぐいとその短剣を突き出し、そしてまるで見えない障壁があるかのように、その眼前で炎を止めてしまう。
「は、なに……」
ケイには何が起こっているか、わからなかった。
ただキーファが剣を両の手で掲げ持つと、その前で炎が広がりながら、けれど彼の前を舐めるだけで、一向に進まない。
「なになになに、なにしてんだよ!!」
「ケイ、やめろ! こんなことは――実習じゃない」
キーファが苦しげに言う、その言いざまにケイは笑いを誘われた。
「はっ、はは! 何いってんの!? コイツは魔法師団が倒したがってる親玉だよ! こいつを倒せば僕は一躍有名人だ、魔法師として誰よりも注目を浴びるんだよ」
「そんなことは実習目的じゃない」
ケイは今度こそ声を立てて爆笑した。
「実習!? 何それ!! 実習が目的じゃないよね、僕等の力を試すこと、どれだけ出来るのかを見せること。優等生が言いそうなことだよ、実習が一番だって、かわいそうに!」
「だとしても、僕らの許されていない行為だ。下手に手を出すな」
「はああ? ほんとに君、魔法師めざしてるんの!?」
命令がなきゃできない、学生だから許されていない。
そんな風に言うなんて、だからこそ無能なんだ。
キーファの前で、炎が蒸気を立てて消えて行く。彼の周りで白い煙が立ち込める、強い氷魔法だ。
(アロガンスの炎を防ぐなんて)
ケイは歯軋りして、苛立ち紛れにキーファを睨みあげる。
“炎よ、アロガンスよ! こいつも倒してしまえっっっ!!”
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