113.天敵再臨
リディアは、他の団員に事実確認を依頼しながらも、慌ててキーファへ通話を試みる。
けれど、何度かけても応答しない。
(どうして?)
目の前のモニターでは、ケイが巨木を見上げて、ウロウロしている。
団員に救出を依頼し、リディアは学生のもとに戻ろうとしながらも、振動する胸ポケットの
メッセージはともかく、通話をしてくる友人はいないから不審に思って着信画面を見る。
その相手を見て、リディアは腰を抜かしそうなほど驚いた。
「なんで、教授!?」
そう、その名前はベニー・エルガー教授。
「学会じゃ……?」
「全員、任務中断。ガジ自治領の禁止領域にチームXの学生一名が徒歩で侵入。聖樹に触れさせるな。至急、事態の収拾にあたれ」
隣でディアンが団員に命令を下し、天幕を出て行く。
リディアは立ち上がり、騎獣の方に向かいながら、ディアンの背中に告げる。
「私も学生のところに向かいます!」
そう言いながら、通話をオンにする。
『あのね、ハーネストさん!? 今何しているの?』
「――実習中ですが」
『その実習よ! ベイカーから苦情が出ているわ!! 即効やめなさい! 何、危険なことをやっているの!!』
リディアは愕然とした。
なぜ?
どうやって?
しかし名前のでた張本人は、画面に写っているとも知らず、夢中で本人の
(ああああああ、もう!!)
リディアは、この状況の元凶を悟った。
何を聞いたか知らないけれど、なんでこんなときに。
『学生から連絡があったわよ。ちゃんと指導してくれないとか、危険な目に合わせても無視しているとか。あなたね、自分がそこの出身だからって気を抜いているんじゃないの?』
「教授。いま実習の最中なので、後でかけ直します。実習計画書の内容の通りです。先生も許可を出されました」
『そんなの! 私は見ていないから知らないわよ!!』
なぜ?
なぜ提出されたのを見ていない。出された書類を“見ていない”のは職務怠慢ではないのか。
(――なんて言えない!!)
“見ていないから知らない”そう言えばこの
責任者としての自覚はない。責任者だと思っていない。
いいや、“知らなかった”といえば、責任者としての責任を免れると思っている不思議な人達だ。
『いい? 実習は形だけでいいのよ。捕まえた魔獣を倒させなさい! 大事なのは魔獣を倒した件数よ、内容はいらないの!!』
驚愕した。
リディアは腹の底からこみ上げてきて、頭の中でぐるぐる沸騰しそうな怒りを飲み込む。
喉に言い返したい言葉がせり上がり、飲み込むとまた胃の中でひっくりかえり、全く消えない。
『教育に内容はいらないの! いい、わかってる? 大事なのは形だけよ!!』
(――ううう、くたばれっっっ!!!!)
「教授のお言葉を! しっかりと! 参考にさせて、いただきます!」
リディアは全ての怒りを飲み込んで、通話を切る。
リディアはPPを地面に叩きつけたい衝動にかられる。しかし、これをしても自分のPPが壊れるだけ。
ああもう、何かを叩きつけたい。地団駄踏みたい!!
なんで、正論顔で堂々と?
アンタ、教育者だよね。
リディアが異星人のように、わかってないわねと怒鳴られる理由がわかりません!!
幸いにも、周囲は誰もいない。皆緊急事態に出動してしまった。
リディアは固い顔のまま、無意識に目の前のモニター画面を見据える。
そこにあるのは画面一杯に地面に這う、いびつな巨木。
(落ち着け、私、落ち着け)
大きく息を吐いて、心を冷静に冷静にと、整える。
(駄目だ、ぜんぜんっ。気持ちが治まらない!!!!)
どっちみち実習は中止だ。
あとはケイを助けてから考える。
禁止領域に侵入したケイは電話を終えたらしい。しかし、実習中に突然チクるか?
なんて、自分の常識で考えてはいけない。
電話を終えたはずの彼は、さっさとでていかず、巨木に寄りかかり足を伸ばす。
ああもう、なんで休憩しちゃってんの。
ともかく、彼を回収すべく団員は調整に入っているし、リディアは他の生徒のところに行こう。
そう思いながらリディアはモニターを見ていたが、その視点が一点で固まる。
――巨木の、枝の位置が変わっている。
リディアは探知計を確認するが、魔獣の存在は距離があるからわからない。
ただ――上級の魔獣ほど魔力を隠すのが上手い、というか機械を欺くことができる。
あの魔獣はずっと長い間、巨木と一体化していたのだ。その間は魔力も放出せず、本当に巨木の一部となっていた。
だが、獲物を感知した途端に、突然魔獣としての本性を表す。
ケイはまだ気づかない、呑気に休憩中。けれど、彼の背後で、巨木が枝を伸ばす。
それは――木ではない、魔獣だ。
リディアは、通信機を下ろして、意識を切り替えて即座にディアンに念話で話しかける。
“――どうした”
緊迫したディアンの声にリディアも端的に予測を伝える。
“禁止領域の巨木――魔獣が擬態していた可能性あり。ケイ・ベーカーが捕われました”
“了解。お前は他の生徒の回収を急げ”
禁止領域の立ち入りはまだ許可がでていない、部外者は中に入れない。
そして魔獣が動き出している。ならば魔法師団の優先順位は、魔獣退治になる。
リディアはケイを見つめて、それから提案を口にした。
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