86.ウィルのこだわり

「――とまれ、もう大丈夫だ」


 キーファが声をかけたのは、葉がない枯木の下。キーファの眼鏡は蛇の体液や肉片で曇っている。ホラー映画の殺戮者のようだ、無表情さが少し怖い。


「剣、役立ったな」


 ウィルが言うとキーファは感慨もなく無表情で頷く。


「お前も、ずいぶん魔法を使っただろう? 魔力はのこってるか?」

「ウォームアップに丁度いいって」


 キーファは眼鏡よりも、魔法剣ダガーのほうを丁寧に拭っていた。肉片が顔に飛び散ってるぞ、って突っ込みたい気がしたけど、言わないでおく。


 

 ――ウィルは腕のシステムで位置情報を確認する。

 五キロ近く走った気がしたが、たいして走っていない。たった二キロほどだった。


 けれどルートがずれていないのは、キーファの誘導のおかげだろう。


「なんっ、なんだよお!! 何だよ、何あれ!!」

歯のある蛇デンサーペントだ。麻痺毒で獲物を動かなくさせて、魔力を奪う」

「そうじゃないよ!! あんなのいるって聞いてない!! 魔獣だけじゃないの!?」


 怒り狂うケイにキーファは根気よく諭す。


「魔獣の定義は、魔力を持ち人間を襲う異形だ。蛇だが、あれも魔獣のひとつだ」

「話が違うよ! 僕は蛇退治にきたんじゃないよ。それにあれが魔獣なら、三匹もう倒した! 実習の目的終了だろ!」

「ケイ。それが通らないのはわかるだろ」


 ケイの相手はキーファに任せて、ウィルは空を見上げる。

 枯木は、昔はかなり大きかったのだろう。幹は立派に原型を留めているが、空洞のように干からび、全く水分の欠片もない。

 葉のない細い枝はヒョロヒョロしている。なのにでかい南瓜のような実が、幾つもぶら下がっている。

 栄養分は全部ここか? 

 しかし叩いてみても空洞のような音がするだけ。何かの花が枯れて種子状になったのか。


「ここ、よくないよ」

「バーナビー?」

「早く離れたほうがいい」

「じゃ、アレが済んだらキーファに伝える」


 伝えた後は気力を果たしたように座り込むバーナビーにウィルはそう答えて、キーファとケイに視線を向ける。

 疲れすぎてすぐには動く気になれないし、あそこに割って入るのも嫌だ。


 

 ――ウィルの頭に、出発前に見た光景がちらつく。


 矢を射るキーファとリディア。キーファのその背をリディアが見惚れ、熱い眼差しで見ていたのが忘れられない。


 キーファと同じアーチェリー部に入っていたのはウィルも同じだ。それどころか、ロースクールでやっていたウィルのほうが、経験が長い。


 幼少時に弓道をやっていたというキーファを、大学のサークルに誘ったのはウィルだ。もう長くやっていないし、そもそも弓道とアーチェリーは違うと最初は断ったキーファだったが、興味をもったらしく、割と簡単に入部してくれた。


 弓道は精神論、アーチェリーは技術論、そう聞いたことがある。精神修行が好きそうなキーファだが、考え方は論理的で技術を磨くことにやりがいを見出したのか、ウィルよりもかなり熱をいれていた。

 お遊びのサークルのはずなのに、大会では名を上げるほどになったのは、二人の活躍があったからだ。

 

 だが、そこから脱落したのはウィルだった。どうしてかは、いまだにわからない。

 様々な場面でウィルの上を行くキーファの姿に焦りや嫉妬があったのかもしれない。

 ウィルは早気と呼ばれる、十分に弓を引き分ける前に射ってしまう癖に悩まされた。熟練者でも時には陥ってしまうそれは厄介な問題で、ウィル自身もどうしてそうなったのか、わからなかった。


 その頃、何もかもうまくいかず腐っていたのかもしれない。

 魔法の授業では教員に「まじめにやれ」と言われ続けた。魔法の制御ができないのはふざけているからだと思われた挙げ句、魔法禁止にされた。


 アーチェリーも当時の部長から睨まれ「不真面目だからだ」と非難された。いくつか入っていた他のサークルでも揉めて、そういえばこの頃、ミユにも振られた。


 キーファは色々とウィルに構ってくれたが、ウィルは性格的に合わないと、サークルを抜けた。それ以来触ってもいない。


 ――いつもそうなのだ。何でもこなせるが長続きしない、飽きてしまう。それが自分だ。

 けれど、キーファはその後副部長になり、四年生になって引退していた。

 

 弓を持っていくか、と聞かれて首をふったのはウィルだ。それよりも魔法を使ったほうがいい。魔法で乗りきる、そう誓ったのに。

 

 いまさっき、キーファは、魔法剣ダガーでも、凄まじい活躍をしていた。幼少時に祖父の影響で剣道をしていたと言っていたのを思い出したのは、リディアとの対戦で彼の足捌きを見てからだ。

 

 ――リディアはキーファを認めている。自分は何で敵うのだろう、何で認めてもらえる?

 

 リディアがキーファと二人で話していた光景を思い出す。

 キーファと話す彼女は雰囲気が柔らかい、そんな事に気がついていた。

 

 キーファは親友だ、なのに――腹立たしい。

 

 リディアと距離を縮めるキーファに純粋に嫉妬していることを思い知らされて、ウィルは顔を歪めた。


(……なっさけねー) 


 そういえば、リディアはウィルに叱責はしても、魔法を真面目にやれと言ったことは一度もなかった。制御できないのをふざけているからだ、とそんな言い方は一切しなかった。

 

 ウィルは小さくため息をつく。

 

 リディアに認められたい、そんなことにばかりこだわる自分。――リディアは十分に自分を見てくれているのに。

 

 くだらない事でこだわってる限り、リディアは――。


「――うわあ」


 休憩は、突然のチャスの叫びで終わりを迎えた。

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