85.砂漠

 砂漠を歩く足取りは重い。

 ズブズブ沈む砂地は、硬い地面を歩くよりも神経を使った。


 支給の強化素材のブーツは、熱耐性があり砂の侵入も防ぐが、固くてゴツくて重い。全ての装備もそれなりに重量があり、体力がなく鍛えていない自分たちにはきつい。

 

 しかも紛争があった地帯だからか、あちこちに焼かれた草木や、解けた金属、プラスチックが落ちていて、気分が重くなるのだ。

 

 ウィルは白に近い薄青い空を見上げ、汗を拭う。

 足元の小さな蜘蛛を蹴り飛ばす。蟻のように時々ウロウロしていて、こんなところに生きているんだと感心する。


「爆発物の危険はないっつーたけど、ゴミだらけじゃん」

「チャスは前方を、ウィルは足元を、ヤンは後方の見張りを頼む」


 キーファは丁寧にチームを纏めている、それはウィルにもよく分かる。


 キーファの案でもそうだったが、事前偵察はしないことにした。

 斥候に行くには人数も足らず、目的地と行き来するのに充分な体力や脚力、必要な情報の観察能力などの特殊技能のあるものはいない。

 皆で、警戒をしながら先に進むことにしたのだ。


「第一師団なんてさ、大したことなかったよね」


 隣でケイが呆れた響きを放つ。


「あんなに有名なのにさ。『生きて目的地につけばいい』だってさ。大したこと言わないし、がっかり」


 こいつ、うざいな。ウィルは苛立ちを覚えた。


 それだけ学生の自分たちは何も期待もされちゃいないということだ。目的地に来いよ、それだけなのだ。

 それだけでも果たすのが大変というのは、リディアの様子でわかった。

 まだ何も始まっちゃいないのに、よく色々言えるなと呆れた。


「僕、魔法師団に行こうかなって思っていたけど、ちょとどうかと考えちゃうね」


 リディアが手を焼いていたのがよくわかる。ていうか、こいつがリディアにしたことは、ぜってえ許さない。


取って採用してもらえるといいな。無理だろうけど」

「は、何!?」

「――バーナビー。魔獣探知計、ちゃんと作動してるか?」


 ウィルはケイを無視して隣のバーナビーに声をかけた。太陽の光に弱い彼は、外套を頭から被り、ずっと黙ったまま。


「今何、言った? ねえ、何言った!?」


 ケイがまだ騒いでいる。


「うん、探知形では何も映らないけど。――もうすぐ魔獣と出会うよ」


 バーナビーのそれは、予知だ。

 魔獣の予知は初めて聞いたけれど、これまで日常的な予知は外したことがない。


 キーファが警戒するように空を見上げ、ウィルは足もとを見た。


 砂が――流れている。なぜだ。

 足元で、波のように砂が波紋を描く。


「魔法が使えないくせに、何言ってんだよ!」


 ケイが突っかかってくるのを無視していたウィルは叫んだ。


「――下、何かいる!!」

「魔獣じゃない、何か来るよ」


 バーナビーと声が重なる。

 

 ウィルは叫んで、足元にあいた窪みから飛び退った。

 バッと黒い影が飛び上がりウィルの顔面にめがけてくる。とっさに左手で顔を庇うと、それはウィルの左腕に噛み付いた。


「蛇だ!!」


 黒と黄のまだら模様の細長い蛇が、ウィルの腕にぶら下がっている。ウィルはその胴体を掴んだが離れない、がっちりと牙を喰い込ませている。


「っ、なんだ!? こいつ、離れろよっ!?」

「はなせ、はなせよおおお!!」


  あちこちで、皆が喰らいついた蛇に苦戦していた。びょんびょん砂地から飛んで噛み付いてくる。


「――歯のある蛇デンサーペントだ!!」


 キーファが声を張り上げて教えてくる、ウィルは「何!?」と叫び返した。


「噛み付いて魔力を奪う、それ以外は普通の蛇だ!」 

「ふつーって、それふつーじゃねえええって!」


 チャスが返す。


 キーファも焦ってんじゃね?と一瞬ウィルは疑いながら足元を見てぎょっとした。

 地面は一面蛇の海だった。うねうねうねと波打つ黄色と黒が渦を巻く。ムンクの不気味な彩色画のよう。それらがジャンプして飛び掛ってくる。


「まじホラー、マジホラーマジホラー!!!!」

「くんなくんなくんな」


 皆が叫び足を蹴ると、蛇が舞い散る。いつの間にか蛇の海は膝丈までの深さになっていた。


「蛇じゃん蛇じゃん! なんだよ」

「顔を守りながら走れ! ボディスーツは牙を通さない!」


 キーファの指示に、皆が走り出す。

 パニック映画のようだ。

 ウィルは走りながら、飛んでくる蛇を腕でなぎ払う。不気味とか言ってる場合じゃない。


 むしろあまりにもいすぎて、頭が麻痺して、怖いとかそういう感情はなくなる。

 ボディスーツ越しに噛みつかれても衝撃はあるが、痛みはない。


(落ち着け、落ち着け)


 致命傷にはならない、落ち着いて行動しろ。

 

 けれど、本能が拒絶する。

 飲み込まれたくない。これだけ大量の蛇の海に沈んだら、おしまいだ。 

 腕にそのままがつっと喰らいついたまま根性を見せる蛇は結構多い。腕に足に、蛇を喰らいつかせながら、ウィルはその一匹を掴む。


「っ、焼いてやる!」


 魔法術式は、熱性変化。

 リディアには、状態変化の魔法ならば使っていいといわれていた。

 

 炎は飛ばしてはだめだが、熱を与えるのはいい、ということ。

 

 ただし魔力を注ぐのは時間制限あり。ウィルが試みたのは、蛇の体内の水分に熱変化を及ぼすこと。およそ数十秒でウィルが掴んだ箇所は炭化し、絶命した欠片をウィルは振り落とす。

 

 掴んでは焼き、掴んでは焼きを繰り返し走りながら周囲を見ると、キーファは魔法剣ダガーを繰り出し、みんなに喰らいつく蛇を切り裂いていた。


 彼の身体には蛇の体液や肉片が飛び散っているが、原型を留めているものはいない。また一匹、チャスの胴体に喰らいついた蛇を、キーファは職人のように、すっと勢いよく捌く。


 (すげえ、必殺、仕事人!?)

 

 麻痺した頭が突っ込む。


 キーファの顔に体液が飛び散る。それを袖でぬぐい、キーファは新たな獲物がいないか、と目を張り巡らせる。

 その目が据わっていて、ウィルは息を呑む。


「――ウィル、何をしてる、走れ!!」

 

 キーファに急かされる。あっけにとられながら、ウィルは慌ててまた走り出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る