29.補習の行方


 ピィッッ――――。


 不意に甲高い電子音が響く。

 ハッとリディアが目を開けると、目の前の装置上の画面が数字を目まぐるしく変化させていた。


「先生?」

「できた、のかも」


(何が?)


 リディアは自分の言葉に何ができたのか、と疑問を持つ。

 ピピーという電子音とともに、測定終了の文字が画面に浮かぶ。


 印字の音が響き出して、慌ててリディアは手を離す。

 幸いにもウィルも放心状態だったから、突っ込んだりごねられたりはなく、何も言われない。


 そして、長い帯のような、五十センチにも及ぶ紙面が弾き出された。


「――って。まさか、これ」


 一緒に覗きこむウィルも、絶句している。


(F:2500って……、まさかほんとうに)


 火の属性が二千五百なんて。こんな値、見たことない。


「間違い?」

「いいえ」


 こんな魔力の生徒を放置していたなんて……、うちの大学のとんでもない失態だ。


「魔法省に報告するわ。ダーリング、あなたは、ここにいたらいけない。ちゃんとしたところで伸ばさないと」


「あちーっ」とシャツを脱いで体の汗を拭いていたウィルは、「はあ?」 と、いきなりガラの悪い声をあげる。電極を外していた手を下ろす。


「んだよ、それ、俺を追い出すのか、見捨てんのかよ、リディア」

「見捨てるとかそういう問題じゃなくて。というか、なぜ、名前を呼んでるの」

「俺たちの仲じゃん」


はあ? と睨みつけようとして、リディアは気がつく。彼の真剣な眼差しは、――見捨てるのか、と訴えていた。面倒を見るって言っただろ、と。


(――そういう問題じゃないのに)


 もはや一施設だけで抱えていていい存在じゃない。


「んなことより、魔石盤ってこれ? みんな、やったってやつ」

「そうだけど。……まず、服を、着て」

「――何、ドキドキする?」


 上半身裸体で人の悪い笑みを浮かべて迫ってくる彼に、リディアは返す。


「しない。……でも困る」


 顔を逸らして呟いたら、リディアの反応が意外だったのか、ウィルは動きを止めて目を瞬く。色々言い返してはいるけどね。別に、男性との経験が豊富なわけじゃないのだ、むしろない。


「そっか。……まあ女の子だしな。悪ぃ」


 ウィルは呟いて、大人しくシャツを着た。

 あれ? 意外に物分りが良い、というか優しい?

 

(て、ほだされている?)


「とにかく次やろうぜ」


 いそいそと手を伸ばすウィルは、妙に乗り気だ。本当は気になっていたみたい。


「これに手を置いて魔力注げばいいんだろ。ほら早く」

「なにが?」


 ちろり、っと燃える夕日のような眼差しを向けてくるウィルは、テンションが高い。


 ――仕方がないのかもしれない。


 以前の測定の時は、失敗して値が測れるどころか大惨事になってしまったのだ。そのトラウマを乗り越えたのだから、少し気分が高揚しているのも無理はない。


「ほら早く。手を重ねろよ、リディア」

「名前、三度目に呼んだら二度と協力しないから」


 なんだか癪に触るが、リディアも上から手を重ねる。もう導く必要はないとも思ったが、様子を見て手を外せばいいだろう。


「魔石に意識を向けるの。魔力の解放はさっきと同じ」


 彼の周囲で魔力が蠢く。漏れ出す魔力は濃密。


 ――先程の測定で、彼の魔力はすべて解放できたと言えるのだろうか。彼は、殻を突き破れたのか。中途半端なまま、上位の存在との交信は途絶えたかのようにも感じたが。


 魔石が輝き出す。黄色味がかかった発光だ。やはり攻撃系とみていいのだろうか。


(あれ?)


  F(火の属性)が二千五百なのだから、E(水属性)はかなり低いはず。なのに、水の魔石の発光は強い。というよりも火の魔石の紅玉の光よりも強い。


(なんなの、これ?)


 水と大地の魔石の発光が眩しいほど。次に強いのが、金属。木系のはほとんど反応がないのはわかるが、火もそれほど強くない。


(おかしい、おかしい)


彼の手の上に強く重ねて、リディアは身を乗り出す。先程の結果のプリントと比べて眺める。


「なあ、リディア。これってさ」

「だから名前は禁止って――」

「だって、俺より歳下だろ」


あっさりと、あっけらかんと言われて、リディアは思わず顔を見つめ返す。


「ど……して」


 まさかIDに書いてある? 慌てて胸元に下げていた電子キー付きのIDカードを見下す。

 いいや、何も書いていない。


(まさか、個人情報が漏れて――)


ウィルは、というとふっ、と息を吐いて、それからいきなりにっと笑う。


「嘘でしょ。まさか、カマかけた?」

「俺、こういうカン、当たるんだよねー」

「カンじゃない! 全然カンじゃない、どっちかしかないじゃない!」

「同い年かもって、いうのも思ったけどさ! さっきので確信。ちなみに俺は二十三歳ね」

「聞いてない!」


 リディアが重ねた手を外そうとすると、素早くもう片方の手を重ねてくるウィル。


「――迂闊に手を離しちゃいけないんじゃないの、先生?」

「っ」


 確かに測定中だ、しかも魔石に魔力を注いでいる時は細心の注意が必要。指摘されて、悔しさに顔を赤らめて、手をそのままにすると、ウィルはまたフッと笑う。


 なにその勝ち誇った顔――覚えてなさいよ。


 そう思った時だった。ウィルの顔が近づく、これは――。



 ――唇が、重なっていた。

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