13.清掃業務
演習室は、それぞれの領域で持っている魔法などの演習を行う部屋だ。
来週から授業だから、準備しておかないといけない。
リディアは、解錠して入ってみて驚いた。
「物置――だ」
薄暗い、窓から差し込む光に埃が舞っている。
中央の演台は、魔法陣を描けるほどの広いスペースの中央にある。
が、そこには大量のダンボールが積み重なっている。
演習室の右方の壁にある、付属の物品がしまってある演習準備室のドアを開けると、そこもダンボールの山。
ひとつを呆然と覗き込んでみて、驚いた。灰色の石塊がゴロゴロ無造作に入っている。
「これ、使い捨ての魔石じゃない。しかも使用後」
魔力を込めて使用したら、その後は使い物にならない。
一般ゴミではなく産業廃棄物指定だから申請して廃棄しなければいけないが、それが手間で残しておいたのだろう。
「嫌な予感しかしない」
他のダンボールを覗き込んで見て驚く。
「うわ。期限切れの聖水! 十年前っ」
それがリディアの腰までのダンボールにぎっしりと詰まっている。これも産業廃棄物だ。
「こっちは、魔法水。十年前に有害成分に指定されて使用中止になったものじゃない。今捨てると、廃棄に一本一万円かかるけど……」
それが大量にある。
棚には、魔力計測装置の経年のため茶色く変色した未使用の計測用紙が重ねてある。その後ろに、折れたロッドが隠すように突っ込んである。
魔力計測装置は、『破損――使用不可』と付箋が貼ってある。
「修理に出しなさいよ!」
子どもが壊れた物を、引き出しの奥に隠しておいたみたい。
前任者は、色々悩んで辞めたと聞いていたけど……。全部放置だったらしい。
まあ、リディアと一緒で、全部一人で仕事をしていたらしいから、掃除にまで手が回らなかったのだろう。
「うわ、壊れた人体模型……ってまともなもの、ないの?」
人体の構造を学ぶ解剖モデルは、ゴムが溶けて、ベタベタと手についた。スポンジがボロボロと床に溢れる。棚を開けてリディアは固まる。
「……木製の傀儡人形?」
魔力によって仮初めの命を与えて動かす人形は、最新版はかなりリアルだ。
人型であれば、合成素材であっても本物の人間そっくりに、皮膚や毛、目の色も近づけてある。
それなのに、これはただの木。子どもの作品のよう。
魔力を注いで命を与える心臓部分も、皮のカバーが釘打ちされ被せてあって。
心臓の代わりには、木製の玉がひとつはめ込んである。
「えーと、これって何十年前の型?」
持ち上げたら、木製の目玉が一つ転がり落ち、そのまま棚の下に転がっていってしまった。
残されたのは、片目の眼窩が深淵を覗かせる人形。
棚の下は埃の堆積が酷く、覗き込んだらくしゃみが出た。
リディアは、人形を元の棚にどさりと寝かせた。
「ごめんね。目玉失くしちゃった」
(でも、見なかったことにしよう)
あらいやだ。
これまでの教員もそうやって「みなかったこと」にして、放置し続けてきたのだろう。
自分で気がついて、なるほどと悟る。
リディアは棚の隙間に突っ込んであるガラス張りの模型箱を引っ張り出した。
指は埃で黒ずんでいる。今日は確認だけにして、明日は作業服に着替えてきて掃除だ。
「これって、魔石――しかも天然!?」
色とりどりの結晶化された魔石が、ガラスの蓋越しにお行儀よくならんでいる。
魔力を吸収させる魔石は、石ごとに属性を持っていて魔力を溜め込んで、様々な作用を起こすことができる。
例えば紅玉は、火系の魔法耐性が高く、投げれば、込めた魔法の効果を起こすこともできる。
また、火属性の魔法師が持てば、魔力増強にもなる。大抵の魔法師はタリスマンに加工して携帯している。
ただ、最近は安価の合成魔石が多用されていて、天然石は希少性が高い。
(それが、こんな模型箱に展示――いや、展示さえもされていないなんて)
しかもかなり大きい。売ればかなりの金額になるだろう。
(でも、展示してもねえ)
ダンボールが積み重なった演習室に展示しても、何のありがたみもない。でもここで棚の奥に突っ込まれていても――。
(あってもなくても、誰も気にしていなかったのよね……)
とりあえず棚に突っ込んでおいても、誰も気にしないだろう。また五年、十年このままでも。
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