第23話 造られた記憶

 キィ。

 チェーンを外した僕は、無言で玄関ドアを開ける。


 そこには汗ばんだ顔の天地がいた。

 いざ僕がドアを開けると、信じられないという顔をして息を呑んでいる。

 あれだけしつこかったくせに、良く分からない奴だ。 

 ……だがその反応に、少しだけ調子を取り戻せた僕は、上手に出ることにした。


「中に入るか?」


 こちらから尋ねると、天地は黙ってうなづいた。

 


「意外と片付いているんだな」


 取ってつけたような天地の言葉に内心しらける。だがこんな奴でも、一応は客だ。

 少しもったいないと思いながら、僕はティーパックの紅茶の用意をする。


「……紫草先輩がやってくれるからな」


 勧めもしないのに勝手にリビングのテーブルに陣取った天地は、じろじろと無遠慮に部屋の中を見渡している。


「はい、お茶。話が済んだら、帰れよ」


 僕は自分の不愉快さを隠すことなく、わざと音を立てて、ティーカップをソーサーに乱暴に置いた。絶対に、舐められてはいけない。

 だが当の天地は返事をすることもなく、ティーカップに口をつけた。ぐいっと一気に飲み干すと、目をつむり、ふうっと息を吐く。心身ともに疲労していて、喉も乾いていたのだろう。これはお互い様というものだが。

 一呼吸おくと、天地は室内に入り、初めて僕の顔を見つめた。


「後一年でこの世界は終わる。それまでに良き隣人になりなさい」


 あの悪夢の言葉を、天地はまた口にした。


「それ! その言葉……!」


 あの悪夢の中限定の言葉を、どうして天地が——。


「月の奇麗なあの夜―天から神々が降臨した。そしてその一人、いや一柱ひとばしらの神が、我々人類に一方的に告げたのが、この言葉だ」


 その展開は……僕の夢と全く同じ設定だ。

 しかし——。


「いや、でも、それは夢だろ……?」


 これはあくまで夢の話の中の設定だ。

 紫草先輩だって、あくまで夢、つまり架空話の一つとして面白がって聞いていた。

 先輩自身が体験したことなら、別世界に関して質問なんてしないはずだ。自分も良く知っている世界の話なのだから。

 でも、どうして僕の夢なのに、こいつが内容を知っているんだ?


「だから夢じゃない! その神々の降臨の後、この世界が始まったんだ! 前の世界では大手企業の有望若手社員だった僕が、防人なんて見たことも聞いたこともない職業の新人をさせられている! しかも先輩は梅郷、お前だ!」


「ちょっと待て! それなら神々が降臨した世界というのは、夢の中の出来事ではなく、実際にあった世界だと言うのか? しかもこの世界と繋がっている……?」


 そういえば、多くの人類の中に共通する夢の中の登場人物がいるという都市伝説を聞いたことがある。This manだったか? あの悪夢の中の世界で、退屈に任せてネットサーフィンをしていた時に見つけた情報だ。その都市伝説のように、皆に共通する悪夢——それを天地が現実のものと信じ込んでいるのか。いや、それ以前に今日の非日常が天地をおかしくしてしまったのか?


「お前が夢だと思い込んでいるのは、高校を途中で中退させられて、そのあと転落していく悲惨な人生のことだろう? あれは本当にあったことなんだ」


 誰のせいで中退になったと思っているんだ!

 怒りで髪が逆立ちそうになった。

 悪夢の中、僕の転落人生のきっかけになった冤罪をなすりつけたのは、この男だというのに! 


「…………! それならどうして僕はこの世界にいて、防人なんてやっているんだ! あの世界の僕は不幸そのものだった。ここでは家族関係も、職業だって、人生そのものだって、まるで違う!」


「よくわからないが、違う人生を設定されたんだ。……まあ、あと1年でこの世界は終わるらしいけれどな」


 何もかも、信じられない。常識からかなり外れた話だ。

 僕の今までの考えと天地の言うこと——この2つを合理的に結びつけることができる説明はないものか? 


「……紫草先輩から聞いたんだな? あの夢の話を」


 合理的に説明をつけようとすれば、それしか考えられない。

 僕の夢の話を何らかの方法で知った天地が、それを悪用してまた夢のように何かを企んでいるのか……? 常識的に考えれば、それが妥当な推理だ。


「違う!」


 でも——。

 僕はそこまで微に入り細にうがち、先輩に話しただろうか?

 あの冤罪の話は、口にするのもおぞましい話だ。


「何が目的だ?」


 内心の動揺を悟られぬよう、意識して低く鋭い口調で尋ねる。

 あの世界の僕とは違う。


「お前こそ、どうして頑なに、あれが夢だと信じ込んでいるんだ?」


 僕以外に、マスコミも、歴史上でも、友人同士の会話でも、あの夢の話をする者はいなかった。それこそ事実ではない証拠ではないのか?

 そう反論すると、神妙にも天地は考え込んだ。


「そうなんだ。解せないのは、すべての人がこれを体験したはずなのに、メディアも国も一切触れようとしない。得体のしれない神々すら普通に受け入れている。近くの人間に訴えても、皆俺だけがおかしくなったかのようにふるまう……。だから……」


「そこまでだ。ここで何をしている?」


 導きの神——女神だ。


 女神は今にも視線で天地を射殺さんとばかりに睨みつけた。

 同時に見たことがない器具を、天地のこめかみに押し付けている。銃ではない。そもそも武器かも分からない。分からないが、逆にその器具を押し付けられることが何を意味するのか分からなくて、余計に僕は戦慄した。

 天地にいたっては、蛇に睨まれた蛙のように可哀そうなくらいに震えている。


 合図をすると、女神の後ろから登場した防人たちが、天地を連行していった。


「……すまない。遅れてしまった。もう大丈夫だ」


 さながら戦乙女ヴァルキュリアのような頼もしさで登場した女神——永山先輩なら泣いて喜びそうな展開だが、僕は素直には喜ぶことができない。

 天地の話の肝心な部分を聞けずじまいだったからだ。


 それに天地の話が本当で、元の世界とこの世界が連続したものであるというのなら、この世界で神と崇められている存在とは、一体なんなんだ? 


 僕の前に誇らしげに立つ女神の存在が急に不気味なものに思えてくる。

 当然のように僕からの礼の言葉を待つ女神から顔を背け、小声で礼を述べる。


「ありがとうございました。……今日はもう遅いので、これで失礼します。……あ、本当にありがとうございました」


 くどいほどに礼を重ねた僕は、相手の反応を待たずに自室に入り、内鍵を閉めた。

 扉を背に一息ついて、天井を仰ぐ。


 今日は、本当に長い一日だった。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます