第21話 闇夜の待ち人

 ……っ!

 夢の世界のことを思い出して、思わず身が竦み後ずさる。

 今朝、天地が赴任してきてからの一連の僕に対する敵対的行動が、一気に頭の中で再現される。


「……そんなに怯えるなよ」


 にやりと口元を歪める天地。

 街灯の灯りが彼の表情を照らすや否や、夢と現実は迷いなく繋がった。

 心臓がバクバクと激しい鼓動を鳴らし、冷や汗が噴き出す。

 これ以上の奴との接触を身体が拒否している。


「…………」


 くるりときびすを返した僕は、一目散に今降りた駅のほうへ駆け出した。

 もはや本能による行動だった。


「あ、待て!」


 当然、天地は追いかけてきた。

 因縁ある相手が夜道で自分を待ち伏せしていたなんて、ホラー映画並みの恐怖だ。

 死に物狂いで走る。

 頼りの紫草先輩は、今はいない。自分の力でこの場を切り抜けなければ。


 天地を振り切ろうと、瓦礫と化した住宅街を抜けて、ひたすら駅に向かって走る。

 振り返る余裕もなく、祈るような気持ちで道を駆けた。

 途中で誰ともすれ違うことなく、世界に天地と二人だけになってしまったかのような心細さに耐えながら、必死で足を動かす。しかし大蛇により破壊され、いまだ機能が停止した町では、予想もしないところで瓦礫が山となり進路を妨害する。思わず舌打ちしならがらも、無我夢中でとにかく前進した。


 やった……!


 必死の行動が実を結んだのか、前方にようやく駅舎の灯りが見えてきた。

 よし。もう少しだ!


 疲労が溜まりきった足を速め、灯りに駆け込む。

 駅舎には、夜も大分更けていたのにも関わらず、二十人近く人がいた。

 必死の形相で駆け込んだ僕を、乗客や駅員たちは好奇と不安の入り混じった顔で眺めている。大蛇が再度襲来したのかと、気の早い乗客は早速、今改札を出たばかりだというのに、再度構内に戻ろうとする者までいた。鉄道の運転が再開した今なら、僕だって改札さえ抜けてしまえば、東京のどこへだって逃げられる。時間によっては、他県にだって逃げおおせることができるのだ。


 少しだけ、本当に少しだけ安堵し、僕はゆっくりとため息を吐いた。

 次に足を緩め、呼吸を整える。

 ……そして、ようやく後方を確認するだけの余裕が生まれた。

 

「……いない」


 駅舎から漏れる光で照らされた範囲には、天地らしき人影は見当たらない。

 ……巻くのに、成功したのか?

 念のため改札を通り、改札越しに外の様子をうかがうが、やはり天地らしき人物は確認できない。

 諦めてくれた……と判断してもいいのだろうか? 

 それとも……。


 元来臆病な僕は、それでも安心できず、結局無意味に2駅離れた駅まで電車で行き、そこから先ほどとは違う道を通って、家に向かった。できれば友人や同僚の家に泊まらせてもらいたかったところだが、夜も遅いので無理は言い辛かったのだ。こういうところで無理強いできないところが、夢の中でもあいつに付け入れられたというのに……。もし天地が単に僕の家のすぐ傍に住んでいただけで、先ほど会ったのは偶然だとしたら、本当に馬鹿みたいな話だ。実際に、2駅先からおそるおそる家までの帰路を歩いて行ったが、天地どころか不審な人物にすら会わなかった。


 過剰反応だったのかな?

 自室のドアのカギ穴に鍵を差し込みながら、自分の不甲斐なさにため息を吐く。

 ただ眠りに変えるのに、ずいぶんと遠回りをしてしまった感が否めない。


 疲労が全身にのしかかっているのを感じながら、右手を慣れた動作で回転させる。

 ——と、その時、横からがしっと思い切り腕を掴まれた。


「……天地……!」


 天地常和は、僕の自室の傍で待ち伏せをしていたのだ。


 職場では、今日赴任したばかりの後輩の立場の常和。

 本来なら先輩の僕がこれほどに怯えるような存在ではないはずなのに、ところどころ電灯が消えた廊下では、暗がりに包まれて異形の怪物にすら見える。

 まさか夢の中での禍々しい存在が、ここにきて僕を悩ませるとは——。


「おい、どこに行くんだ?」


 掴まれた腕を強引に振り払うと、僕は再度くらい街に駆け出そうとした。


「け、警察……」


 恐怖で委縮した声だが、何とか言うことができた。

 夢の中と同じ末路を辿るわけにはいかない。あんな未来は認めない。


「やっぱり記憶があるんだな……」


 威嚇してくると予想していたが、天地は静かな声でぼそっと返しただけだった。

 意気消沈しているようにも、何かを諦めたようにも聞こえた。どこか切なさの混じった声だった。


「記憶……?」


 一瞬、恐怖よりも興味が沸いた。

 こいつの言う「記憶」が何を指しているのか——それを知りたいと。


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