第20話 敵か味方か

「今日はこれで解散! 明朝はいつも通り東京都第七衛所……の跡地に集合。明日、追って指示を出す」


 いまだ眠ったままの少女神とともに有楽町駅に戻ると、すぐさま女神は解散を指示した。非日常の連続した一日ですっかり疲労困憊していた防人たちのほとんどは、ほっと肩を撫で下ろした。

 だが、ただ一人、女神の言葉に反発する者がいた


「お言葉ですが……大蛇はどうなったのですか? 倒されたのですか?」


 キツい口調で女神を問い詰めたのは、緑川先輩だった。


「……大丈夫だ。大蛇はもう現れない」


 当然の疑問だ。

 女神と行動を共にしていた僕ですら、大蛇の生死は分からない。

 大蛇の姿が消えても、僕らが直接武力で倒した訳ではない。――消息も生死も不明分かっているのは、ただそれだけだ。

 あのような存在が現れたの原因は謎だし、それが消えた理由もよくわからない。あの大蛇に関してはわからないことだらけだ。

 確かなことは、女神だって言えないはず――それなのに、どうして。

 

「私は、あの大蛇を倒したのかと聞いているのです。答えてください!」


 緑川先輩の語気が強まる。

 受けて立つ女神は緑川先輩から視線を逸らすことなく、言い返した。

 

「あの大蛇に関しては、安心して欲しい。少なくとも明日までは現れることはない。……それはこの私が保障する」


「……答えになっていません!」


 激しく反発する緑川先輩に、周囲の防人たちがざわめき始める。

 

「いい加減にしろ、緑川! 導きの神に向かって、そのような言い草! 不敬にも程があるぞ!」


 堪らなくなった永山先輩が割って入ろうと、女神と緑川先輩の間に立ちふさがる。

 至近距離で永山先輩から睨みつけられても、緑川先輩は一向に臆することはない。

 決意を秘めた目で、先輩を思い切り見返す。


「防人からも多くの犠牲が出ました。根拠のないいい加減な命令で、これ以上犠牲を出すことはできません! 私たちは人形ではないんです。たった一つしかない命をもった、意思ある人間なんです!」


 叫ぶような緑川先輩の言葉に、しんと辺りが静まり返る。


 沈黙の時間が、過ぎていく。


 先輩の魂を揺さぶるような熱弁の後には、誰も口を開こうとはしない。いや、開くことはできなかった。女神ですら……下手なことは言えないと、次の言葉を考えあぐねているように見える。

 

 どれくら時が経過しただろう――静寂は突如終わりを告げた。


「――緊急速報。緊急速報。大蛇に対する緊急避難を解除します」


 静寂を破ったのは、防災速報を告げる町内放送だった。

 

 結果的に、この放送が女神の窮地を救うことになった。

 放送は町内放送だったが、国の指示で出された緊急放送だったので、緑川先輩も口をはさむ理由がなくなってしまった。


 緑川先輩が納得したことを見届けると、女神は少女神を腕に抱き、急ぎ有楽町駅から飛び去った。慌ただしい道中でも、少女神から目を離すことはなかった女神は、少しでも目を離すと消えてしまう……そう恐れているようにすら見える。

 女神にとって、少女神はそれほどに大事な存在なのだろう。……一体どういう関係なんだ? 単なる神々という同志間の絆ではないような……?


 まあ、いい。大事なのは、僕たち防人が明日まで職務から解放されたということだ。これで、ようやく一息つける。ようやく僕も、今度こそ有楽町駅を後にすることができた。


 重傷を負った紫草先輩はしばらく入院することになったので、僕はひとり寮に向かう。東京都第七衛所は全壊してしまったが、僕と紫草先輩が住む防人寮は幸運にも大蛇の被害を免れたのだ。その晩、慣れた部屋で寝られるというのは、本当に不幸中の幸いとしか言いようがない。防人の半数近くが帰る場所をなくし、避難所で寝ることになったのだから。


 街灯も点々としか付いていない暗がりの街は、昨日までのものとはまるで違う世紀末を思わせる光景だった。少し心細く思いながら、ひとり歩を進める。ひんやりとした風を頬に受けていると、疲れてうまく回らない頭が引き締まった。


「やっと二人きりになれたな。……梅郷……先輩」


 突然、何の脈絡もなく、暗がりから僕を呼ぶ声が聞こえた。


 驚いた僕は、よく分からない悲鳴のようなくぐもった声が、一瞬喉から出た。

 この場所で、こんなタイミングで声をかけるなんて一体誰が——?


 振り向くと、月明かりの下、電柱を背に立っていたのは——常和だった。

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