第19話 少女の正体

 先輩が指さす方向をライトで照らすと、薄く透き通った青い髪が八方に広がっているのが見える。慣れないながらもゆっくりと確実にライトの照準を合わせていくと、瓦礫と化した建造物の残骸に囲まれ、ぴくりとも動かず倒れているヒトがいる。

 

「あのだ……」


 間違いない。

 大蛇に連れ去られたあのだ。

 いや、ヒトとか娘という言い方は適切ではないのか。

 彼女は少女ながら、神だと言うのだから。


 そう言われてみれば、あらゆる場所が壊滅した漆黒に包まれたこの町で、光の中に横たわる彼女は、そのために用意された舞台の上で横たわるヒロインのような神々しさをもっている。結わえていた髪留めがとれ、長い髪の中で倒れている様は、瓦礫の中にあってなお、どこか侵しがたい神聖さを失っていなかった。傷つき弱った挙句に倒れこんだというよりも、来るべき時を待ち眠っている。そんな風に見えた。


「無事だったのか……」 


 鉄面皮の女神が、珍しく安堵の表情を見せ、気持ちを吐き出すように呟く。

 あの娘も神ならば、神同士特別な連帯感があるのかもしれない。


「すぐにお助けします!」


 女神の気持を推し量った永山先輩が、横たわる少女神を助け起こそうと駆け出したのは、その忠義心による当然の成り行きと言えよう。クウが地上に着くのを待たずに飛び降り、真っすぐに駆け寄ろうと足を踏み出した。


「永山先輩、危ないですよ!」


 忠義心が先立ち過ぎる先輩が転んで余計な怪我を増やさないとも限らない。

 そう思い、思わず放った僕の言葉――女神も同じ気持ちだったのだろう。いつもより緩んだ口元のまま、先輩の少し後ろを飛んでいく。僕もクウを地上に着地させたら、続かないと。操作に集中していると、女神が急に振り向いた。


「ちょっと待て! 後ろに何かいるぞ……!」


 まさか大蛇の罠だったのか……?

 つられて振り向く前に、後ろから第三者の声が響き渡った。


「待ってください!」


 突如現れた予想外の第三者――それは、天地だった。


 あれだけ大蛇と関わるのを嫌がっていた奴が、どうしてここに?

 呆気にとられている僕には目もくれず、女神と永山先輩に向かって天地は叫ぶ。


「待ってください! これは罠かもしれません」


 天地の必死さに、虚を突かれた女神と永山先輩も足を止める。

 しっかりとした足取りで両者の元へ進んだ天地は、倒れている少女神に注意を払いながら、両者の腕をとり後方へ強く引っ張った。


「どういう意味だ?」


 お仲間の救出を阻まれた女神は、苛立ちを隠そうともしない厳しい口調で問いただす。つい先程、叱責されたことを思い出したのか、天地は思わず身震いする。

 それでも恐縮しながら、自分の真意を打ち明けた。


「あれ、いえ、あそこで倒れている方は大蛇かもしれません……」


「何を言っているんだ! 見てわかるだろう! あれは紛れもなく――」


 興奮する永山先輩を右手で制した女神は、表情を変えることなく、更なる質問を天地に投げかける。


「……その根拠は?」


 ――天地によると、さかのぼること一時間ほど前。


 女神に叱責され、言い訳したことで一般人からも心証が悪くなってしまったと自覚した天地は、名誉挽回を狙って、バイクで大蛇を追って来た。もちろん大蛇と戦闘するのは避けたい。あくまで後方支援に徹する。そう考えた天地は、大蛇と至近距離にならぬよう細心の注意を払い、常に逃げられる距離を保つのに腐心したという。


 これは天地の偽らざる本心だろう。

 普段の行動が、それを立証している。


 そして目にした僕たちと大蛇との戦闘と、断末魔のような叫び声をあげる大蛇――

バイクに乗った天地は、これらを少し離れたビルの前で目撃していた。


「その時、とうとう大蛇にとどめを刺したと喜んでいたら、突然大蛇がこちらに逃げ出してきて……」


 運悪く、思わぬスピードで大蛇が逃げ出してきた方角にいた天地は、とっさに傍のビルに隠れた。目をつむり、できるだけ気配を押し殺して。


「もう行ったかと思って表の様子を伺っていると、大蛇が俺の隠れているビルの前で立ち止まっていて……しかも目が合ってしまって……殺されると思ったら、もう恐ろしくて恐ろしくて……でも目が離すこともできなくて……仕方なく大蛇と目を合わせていたんです。そうしたら急に……」

   

 大蛇の赤い大きな目が、ガラス張りの天井からふいに消えたという。


「一気にこの建物を壊して、俺を殺すつもりなんだと思いました」


 抵抗しても無駄だと早々に覚悟を決めた天地は、虚脱状態に陥り、どこか傍観者の気分で、大蛇のいた窓と壁をただ茫然と見つめていた。

 ……だが大蛇は何も攻撃してこない。


「すごく長い時間が経った気がしましたが、実際は短かったのかもしれません。その間、何も起きませんでした。どういうことだと思って、勇気を出して、物陰に隠れながら外を見たら、あの方が倒れていたんです……」


「大蛇が他所へ逃げたんだろう。逃げるときに、あの方を連れて逃げるのは無理だと悟ったのだ」


 永山先輩は極めて合理的に天地の回想を分析した。


「俺の隠れていたビルは、天井が全面ガラス張りで、明かりはほとんどない闇夜でしたが、大蛇の赤い目は目立っていました。たくさんの頭が持っていた赤い目たちが、一斉に消えたんです。逃げたのなら、すぐに気づきます! 本当に消えるように、全ての目が無くなって、この方だけが残されていたんです!」


「それで、大蛇があの方になったというのか? 恐れ多いにも程がある! なあ、梅郷?」


 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの口ぶりで同意を求める先輩に、僕は反応に困った。

 事の真偽よりも、明らかに僕に敵意をもっている天地への対応として、何が適切かわからないからだ。窮地を救ってもらおうと女神に視線を送ると、女神は目を閉じて両腕を広げ大きなボールを抱えているかのようなポーズをとって何かおまじないのようなものを唱えている。


 唱え終わると、腕の間に大きな光球が現れ上空に昇っていき、あの少女神のほうへ飛んで行く。永山先輩と天地も、女神の行動に度肝を抜かれて、口を閉じ、成り行きを見守った。


 光球は倒れている彼女をすっぽりと包んでしまうと一際大きく輝き、次の瞬間、その身体に吸い込まれるように消えていった。


「案ずるな。あれは本物だ」


 僕たちにそう諭すと、女神はすっと彼女のもとへ歩み寄り、半身を抱き起こした。

 抱き起こす際にカランと音がして、彼女の胸元から小さな固いものが落ちた。


「これは、何でしょう?」


 拾い上げると、それはしずくの形をした薄桃色の石だった。

 僕は手にした石を、まじまじと検分した。

 紐でも通せば、ネックレスにでもなりそうな物だ。しかも淡く光っている。


「それは……」


 女神をそれを見ると、顔色が変わった。


「貸せ!」


 僕から石をひったくる様に奪うと、小さな声で「戻るぞ」と指示を出した。

 大蛇の行方が気になるところだが、絶対服従の永山先輩は女神に異を唱えるはずもなく、天地は一刻も早くこの場から去りたいとばかりの様子なので、僕は疑問を胸に収め、黙って女神の指示に従った。


――そう。この日の出来事の意味を、僕は全く何も分かっちゃいなかったのだ。

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