第17話 救出

 夜のとばりが降りていく中、僕と永山先輩は女神の後について飛んでいた。

 冷気が頬を撫でる感触はバイクとそう変わらない。足元だけが、少しでもバランスを崩したら墜落してしまいそうで、まだ少し心もとなかった。 

 

 まだ「クウ」の運転になれない僕たちを、女神は迷うことなく先導する。

 特殊能力によるものなのか、女神は迷うことなく大蛇のもとに向かっていた。


 そんな僕らの一行の下を、小型の渡り鳥が群れを成して飛んでいく。

 これから待ち受ける危険度大の任務のことを考えると、とても軽口を聞ける状態ではない。……はずなのだが、緊張をほぐすために聞いてみた。無言の間が続くのが耐えられない性分なのだ。


「鳥目って夜は利かないはずなのに、夜でも飛んでいる鳥がいるんですね」


「あれはツグミの仲間だ」


 半分独り言だったが、李次な永山先輩は答えてくれた。


「よくご存じですね」

「昔、山頂でよく見かけた」


 山頂? 山登りが趣味なのか? 華奢な体躯から、休日は読書でもしているのかと思っていたので、意外だった。その間にも、小さな渡り鳥たちは綺麗なV字型に群れを成し、まだ低い位置にある月に吸い込まれるように飛んでいる。今日が満月ということもあって、それはまさしく幻想的な光景だった。


「美しい……。この者たちは、まだこの世界に彩ってくれているのだったな……」


 ぽつりと女神が呟く。

 だが先輩の耳にはしっかり届いていた。


「興味がおありですか? あのツグミの仲間はですね……」

「いや、いい。多すぎる情報は、偏りを生み出しかねない」

 

 即座に心の扉を下ろされてしまったが、先輩は全く気にしていないようだ。

 むしろ嬉しそうですらある。嬉々としてハンドルを操作しながら、女神の後ろ姿ばかりを見つめて操縦している。少し怖い。


「……あそこだ」


 女神がゆっくりと高度を下げていく。

 

「え、うわ、ちょっと待ってください」

「何をしている。早く来ないか」

 

 女神ばかりを目で追っていた先輩には、女神の挙動の変化にいち早く気づいていたのか、女神のすぐ後ろに難なく付いていっている。鳥と月を愛でていた風流な僕は、完全に出遅れた。一度深呼吸をして息を整えたところで、操縦をやり直し、少し遅れて女神と先輩に追いついた。


 徐々に地上に近づき、夜陰の中にぽつぽつと街明かりが見えてきた。いつもの東京と比べると格段にその数が少ないのは、やはり大蛇のせいなのだろう。そしてネオンの中に見覚えのある赤く小さな光が混じりだす。


(大蛇の目だ!)


 さらに下降すると、大蛇の本体が見えてきた。


 満月を背景に、打ち壊されたビル群が退廃的な彩を添える。そこをゆっくりと進む大蛇は、滅亡した世界の光景のようだ。その非現実感は、神秘的すらある。そこだけが異世界のように見えた。


「あ、あそこに……!」


 永山先輩の指し示す場所を見ると、あの少女神が大蛇の中心となる場所にしっかりと抱え込まれていた。


「永山、行け」

 女神はこともなげに命じた。


「はい!」


 何の疑問ももたずに、永山先輩が特攻しようとする。


「待ってください!」

「止めるな!お前も続け!」

「落ち着いてくださいって! また同じ目に逢うだけですよ!」

 改めて女神に向き直り、僕は問う。


「やはり武器は長刀なのでしょうか……?この『クウ』のように何か最新兵器はないのですか?」

 長刀は、今日の対大蛇の戦闘では全く役に立たなかった代物だ。


「我々には武器という概念はない。人を傷つけるカラクリは、すべからく無用かつ不浄のものであった。だからこそ人間たちの武器も例外を除いて無くした。そなたたちが武器だというもので残っているのは、その長刀くらいのものだ」


「わかりました。私めに、長刀一本で、あの方を救出するという大任を果たせとそうお望みなのですね。承知いたしました!いざ!」


「永山先輩!」


 もう先輩を止めることはできなかった。


(仕方ない。僕も……)


 長刀を右手に構えて、左手でレバーを操縦しようとすると、女神に止められた。


「貴様はだめだ」

「どうしてですか?」

「あれに任せておけばよい」

「しかし……」


「くっ。うわ……!」

 

 早速二つの蛇頭に投げ飛ばされて、先輩はしたたかに左足を打ちつけた。


「大丈夫ですか?」


 思わず大きな声で安否確認をすると、蛇頭が一斉にこちらを向いた。


(しまった。気づかれた!……でも、これで先輩から気を逸らせることができる!)


 相手は無数の目だというのに、その全てに睨みつけられているように感じる。

 少なくとも、獲物として認知されたと本能的に理解した。


 (十分引き付けてから……!)


 「あなたは上昇してください。僕は囮になって、まずは先輩を救出します」

 「そんなことは……!」

 「時間がありません。早く!」

 「……」


  直前まで迫った蛇頭を、僕は右側に躱し、体制を立て直す。

  そのまま最高速度で先輩のもとに下降し、無理やり僕の「クウ」に乗せ、上昇する。定員は一名なので、当然のように動きが鈍くなる。僕も足元に先輩がいるので、バランスをとるのが難しくなった。なかなか思ったように上昇しない。まだまだ奴の攻撃範囲内だ。


 非常にまずい状況だ。

 速度が目に見えて遅くなり、焦っている僕たちの心境など見透かしたかのように、蛇頭が一気に襲い掛かってきた。


 ここで死ぬのか―。


 震えた手で長刀を握ると、せめて一太刀は浴びせようと構える。

 大蛇との最後の一戦の時は、長いような、短いような不思議な感覚だった。

 完全に痩せ我慢の裏返しで大蛇を睨みつけていると、僕を噛み殺そうと開けた蛇の真っ赤な口にある舌が、以外にも綺麗な桃色をしているのを発見する。死ぬ前というのは、意外にも人間は冷静なのかもしれない。とりあえず一番距離が近い蛇頭の口の中を、桃色の舌を目掛けて長刀を突き刺す。


「グオオオオオオ」


 絶叫した大蛇は、他のすべての蛇頭が本体に戻っていく。


(あれ? まさか倒せたのか?)


 自分の中の新たな力の発見に驚く。

「やりました」と報告がてら女神がいるはずの上空を見上げると、そこにはおらず、代わりに大蛇を中心に対角線上の上空で太刀を構え、何度も蛇頭を後ろから切り付ける女神を発見した。蛇はもがき苦しみながらも、少女神を抱え込み続けていた。


(なんだ……。そうだよな。神なんだもんな)


 女神はやはり神たるゆえんの力を持っていたのだ。


(まあ、もっと早く使ってくれればと思わなくもないけれど)


  大蛇は女神に反撃することなく、攻撃から一転、驚異的なスピードで近くの高層ビルの陰に這っていった。女神と顔を見合わせて頷き合うと、二手に分かれてゆっくりとビルに近づき、回り込んだ。まだ「クウ」は二人乗っている重みで動きは鈍い。


「先輩、永山先輩!」


 小声で先輩に話しかけるが返事はない。完全に気を失っているようだ。「クウ」のバランスを取りにくいが、このままにするしかない。今のが大蛇の演技で、罠でなければいいが。最大限の警戒をしながらビルに近づく。


 その手入れの行き届いたビルは人の気配はまるでないが、上層階に取り付けられた電飾看板だけが侘しく点灯していた。


「……?」


 あれほど防人たちを苦しめた忌まわしい蛇頭も。少女神を抱えこんだ本体も。

 存在も。痕跡も。全てが……ない。


 あれほどの巨体を誇っていた大蛇は、ビルの後ろから姿を消していた。

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