第16話 責任

 ストレートの黒髪を怒りに靡かせ、軍装に身を包んだ女神は眉間を顰め、不機嫌さを隠そうともしなかった。


(今更登場しても……)


 皆と同様に頭を垂れながらも、あまり神への期待値の高くない僕は恐れを抱くよりも呆れていた。あの悪夢のおかげで、神といっても、人間とそれほど変わらない存在だと認識している。


 例えて言えば、オリンピックに出られるくらい運動能力が優れている人間がいたら、その能力とそれを維持する努力に畏敬の念を抱きこそすれ、崇拝の対象とすることはない。それと一緒だと思っている。人間よりも、優れた力を持つ存在-それ以上でも、それ以下でもない。この世界ではかなり異端の部類に入る思考であることは自覚しているが。


「申し訳ありません。私たちの力不足です」


 謝罪の言葉を口にして、永山先輩はその場に跪いた。

 右腕の袖からは大蛇の炎で焼けただれた皮膚が覗いているのが、痛ましい。

 その横では、紫草先輩が重傷なのか横たわったままだ。点々と血のついた制服は、ところどころ破れており、中の傷口が見える。


「それで、貴様らはその責をどう取るというのだ?」


 静かに詰問する女神に対して、僕は「大事な時にいなかったくせに」という内心の不満を顔に出さぬよう、ひたすら頭を下げ続けた。確かに言葉の内容自体は正しく、「あの方」が神ならぬ一般人だったとしても、防人として僕らは彼女を身を挺して守る義務があった。だからその責任自体は、取ることに異論はない-頭を下げ続けるしかなかった。


 今回もいち早く危険地帯から離脱した天地が、遠くの瓦礫の影から恐る恐るこちらの様子を伺っている。もはや腹正しい気持ちにすらならなかった。


「もちろん、責任をもってあの方の救出に向かいます!」


 迷うことなく、永山先輩は高らかにそう宣言した。


 ぎょっとして顔を上げると、なぜか頬を紅潮させた先輩は、うきうきと女神の次の言葉を待っている。そんな先輩とは反対に、他の防人たちは、下を向いたまま沈黙を保っている。周囲とのテンションの差に気付いてほしい。


「その意気や良し! それでは、貴様ともう一人いたな。その者に任せよう」


 女神のお気に召す返事だったのか、少しだけ顰めた眉間が解きほぐされた。

 まず紫草先輩を見て無理そうだと判断した永山先輩は、次に僕のほうを見た。

 慌てて目を反らす。


「それでは、梅郷……」


「却下する。他にもう一人居ただろう」


 僕を指名しかけた先輩の言葉を、幸運にも女神はあっさりと却下した。


「しかし……」


 困ったように永山先輩が振り返ると、天地と視線が合う。

 天地は慌てて瓦礫の影に完全に隠れてしまった。

 気持ちは分からないでもない。


「今物陰に隠れた者のことだ」

 天地の動向など当然女神が見過ごすはずもない。


「勘弁してください!だから初めに言ったじゃないですか! 俺は足手まといになるだけだと! 嫌です……じゃなかった。無理です!」

 

「あの方が攫われたのには、その場に居合わせたお前にも当然責がある。自分のけじめくらい、きちんとつけて見せよ」


 うっかり本音を口にしてしまった天地だが、女神は動ぜず、逆に厳しい言葉で出陣を迫った。


「そんな……」

「早くせよ。あの方に何かあれば一大事だ。そうなれば懲戒どころでは済まぬぞ」

「万一そうなれば、俺は一年を待たずして……」

「当然だ」


「神から直々に御言葉を賜ったというのに、貴様はまだ決心がつかないのか!」

 女神より先に、永山先輩の怒りが頂点に達した。


「そ、それは……。あの、それなら梅郷……先輩に同行を命じてください! あの場にいましたし、俺よりもあの方の傍にいたのに、守り切れなかったのです。責任と言えば、先輩のほうがあるのではないですか? だからお願いです。俺ではなく、梅郷……先輩と救出に行ってください。俺は足手まといになるだけですから!」


 急に饒舌になった天地は、すらすらと上手に責任転嫁をした。

 窮地に陥ると、人は不思議なところでその才能を発揮することもあると言うが。


「この者は、あの方の正面に陣取り、必死で戦っていたのを私は見た。十分責を果たしたと評価している」


 なぜか僕を擁護してくれた女神は、再び眉間に皺を寄せ始めた。

 お磨けない評価はうれしいが、自分のことながら公平な判断とは言えない。ベストを尽くしたのは僕だけではないのだ。


「わ、俺も精一杯戦い……」

 いや、天地、お前は除く。

「貴様はすぐに逃げ出したであろう」


「待ってください! 僕が代わりに永山先輩と行きます。あの時、永山先輩も紫草先輩も僕以上に戦い、傷を負いました。正直戦力になるのかは分かりませんが……。あの場にいた人間なのに、僕一人だけ安全圏に居るのはフェアではないですから」


 逃げ足が速いだけが取り柄の天地と出陣したところで、大蛇に挑むのは、永山先輩だけになる。まあ防人が二人大蛇に挑んだところで、勝負は決まったも同然だが。ここで誤解に基づいた評価に甘んじて先輩を見殺しにしては、寝覚めが悪い。いつも誰かの視線におびえて暮らすのが生き地獄であることは、あの夢でよく知っている。


「は、いや……そうか、分かった」

 

 一瞬ぽかんとした表情を見せた女神は、次の瞬間なぜか顔が綻び、眉間の皺は完全に消えうせた。


「それなら、クウに乗るがいい」

「クウ?」


女神が合図をすると、防人数人が見たことのない機械を持ってきた。 

見たことのないバイクとセグウェイを併せたような乗り物だ。棒状のハンドルが二本付いていて、足元部分にはセグウェイとは異なり、車輪の代わりにバイクが平べったくなったような形状の機械が付いている。


「これは……?」

「クウという飛行マシンだ。人間のために神々が開発したものだ。乗り方を教えよう」

 女神はそう言うと、マシンに乗り、棒状のハンドルを操作した。

「!」

 次の瞬間、クウという乗り物は、立ったまま宙に浮いた。


「空中で静止できるんですか?」

「ああ。まだ実験段階で、一般には出回っていないがな。やってみよ」


 言われてハンドルを握る。


そのままレバーを手前に引くと一気に、上昇する。

「ほどほどのところで止まれ」

「あ、はい」

レバーを両手で前に押すとそこで止まった。


「あとは車の運転と同じだ。やってみろ」

ギアをドライブに入れて、発進。 そのまま前に進む。レバーを動かせばそちらの方向に進む。なるほど、操作に慣れると快適だ。メーターもついていて、高度は1000メートルまで、速度は100キロ近くまで上げることもできるようだ。


「貴様の分もある。やってみよ」

 女神が永山先輩にかけたのは、先ほどより柔らかい語り口だった。

「ありがたき幸せ! では早速!」

 恭しく機械を受け取ると、僕の様子を羨ましそうに見ていた先輩もすぐに乗り方をマスターした。これなら大蛇に追いつける。……あの少女神を助けられるかどうかは自信がないが。


「じゃあ、これ、お借りします!」

「このような機械を賜るなんて恐悦至極です! 必ずやあの方をお助けいたします!」


 アクセルを踏むと、なぜか女神も自らの翼で飛んできた。


「あの……」

 二人だけで責任を取らされるものとばかり思っていたので、戸惑ってしまった。

 能力以外優劣がないと考えている僕は、呑気に女神のすぐ横をホバリングしていたが、永山先輩は畏れ多いと、少し後ろかつ、下方から付いてくる。……律儀な人だ。


「私も行く。そなたらだけに大役を押し付けるわけにはゆかぬからな。私は防人を率いる身。当然最前線にこの身を置く。ついてまいれ」


「はい!」

 

 僕より先に、永山先輩の声が夕暮れの空に響く。

 少ない人数での少女神救出作戦がこれより始まった。

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