第14話 再会

 改札を駆け抜け、地下鉄のホームへの階段を一気に降りる。

 階段の途中まで来たところで、後ろから衝撃音が響いた。

 続いて上から瓦礫がぱらぱらと降ってくる。


 「うわっ」


 思わず上げてしまった声とともに、頭を庇って座り込む。

 これはもう無意識の動作だった。


「足を止めるな!」


 先輩の誰かの言葉で呪縛が解け、足を夢中で動かした。

 頭上からも横からも轟音が鳴り響いている中、生存欲求がなせる業なのかもしれない。生きるために、僕はもがいた。それでも駆けても駆けても淀んだ水中をもがいているかのようだ。まるで現実感がない。


 悪夢のようなありえない現実の中でも、幸い地下まで崩れることはなかった。

 無事ホームに着くと先輩方の誘導のおかげで逃れられた山手線の乗客たちでごったがえしていた。だが殺気立っていた改札とは異なり、彼らは静かだった。静かすぎるといってもいい。全員が息を殺して大蛇が通り過ぎるのを待っていた。そのため人数は多いのに、ホームは恐ろしいほどに静まり返っていた。


「……行きましたか?」


三十分が経過したころ、合流した紫草先輩にそっと意見を伺う。

耳を凝らしても、特に外部から物音は聞こえない。それでも率先して動き出そうとする者はいなかった。


「そうかもしれない。だが……あいつに知能があるとすれば、あるいは罠か」


 紫草先輩の言うとおりだ。

 落盤事故防止のため地下鉄もストップした今、いつまでもこうしていては民間人の生活にも支障がある。

 

 しかしこんな時にもなぜか女神はいない。

 沈黙の中ひたすら待つ。


 時間だけがただ過ぎていく。

 仄暗いあの光景を思い出す。

 机に向かったただ座っていたあの頃、結局一筋の光も差すことはなかった。

 やはり「我々を救ってくれる神」など存在しないのだ。


「同じだ、ここも……」


 例の悪夢を思い出し無意識に口から出た言葉は、静かなホームに予想外に響いた。

 声に反応して、何人かこちらの様子を窺っている。

 一人は外の怪物を慮っているのか、あからさまに鋭い視線を寄こしてきた。

 しれっと目を反らすが、居心地は悪い。

 だがこちらの気持ちを察することなく、視線の主は話しかけてきた。


「そこの防人の兄ちゃん、あんたちょっと外に行って見てきてくれないか?」


 見ず知らずの男の声はあくまで控えめだったが、沈黙が支配するここではよく通り周囲の視線が一気に僕に集まった。


「は?」


 え、いや、どうしてそうなる。


「さっき誰か置き去りにされていないか確認していたのはあんただろう? 人として信頼できそうだ。あんたが適任だ。若いから、怪物がいても逃げ切れるだろう」


 そんな適当な……。

 確かに提案者である中年男性よりは若いが、先輩たちとは年齢はそう変わらない。

 若いから逃げ切れるという理屈なら、子どもの方が適任になる。

 明らかに無茶ぶりだ。 


「梅郷……センパイ、ご指名ですよ」


 調子のよい天地が、すかさず男に賛同する。

 天地と謀っているとしか思えない。さてどうやって断ろうか。

 断り文句を捻りだそうとしているその時、思わぬ方向から助け船が出た。


「……私が行こう。確かめたいことがある」


 つい先ほど、僕の横で怪物に震えていた先輩が立候補する。

 永山閃(ながやません)先輩。紫草先輩よりも年上の先輩だ。しかし首筋でストレートの黒髪を切りそろえた髪型と童顔なこともあって、十代にしか見えない。

 

 一緒に逃げてきたから知っているが、先ほどまで震えていた人でもある。

 失礼ながら頼りがいがあるとはお世辞にも言えない。

 それなのに立候補をする永山先輩に、後輩ながら心配せざるをえない。


「……大丈夫ですか?」

「ああ」


 ゆっくりと返答をする永山先輩の瞳は、感情が凪いだ静かなものだった。

 だがわずかな間の変化なら、一時の酔狂なのかもしれない。

 だとすると永山先輩の悪酔いが覚めるとき-それは僕らの終焉を意味する。

 今この時、あるかないか分からない神の加護の代わりに、できることがあるはず。


「僕もご一緒します」

「それなら僕も行こう。背中を守る人間も必要だろう」

 紫草先輩も当然のように同行を決意する。


「……ありがとう。それと新人! 天地とか言ったな。お前も来い」

「え、なんで僕まで……」

「お前が一番若い。若者は早く逃げられるんだろう」

 

 先ほどの中年男性の方を見て、にこりともせず先輩は嘯いた。


 悲壮な顔をしている約一名を除いて、僕らは自らの意思で出発する。

 不本意この上ない天地は途中でしきりに「自分が行く必要がない理由」について力説していたが、聞き入れられるわけもなく、徒労に終わった。

 

 崩れた階段を上がるにつれて、破壊の跡は激しさを増していく。

 改札付近は見る影もなかった。

 平時当たり前の存在である駅改札。

 この壊滅は今が非常時であることを否が応にも思い知らされる。

 

 慎重に歩みを進め、時折思い出したように腰の長刀に触れる。

 神不在の今、防人が民を守るのは当然の流れと義務感で同行した僕とは対照的に、先頭を率先して進む永山先輩の足取りは軽やかだ。

 

(もっと用心しないと。なんか危なっかしいなあ)


 永山先輩を危険に曝さないためにも、先頭の先輩に遅れないように僕が後に続く。その後を天地、最後に紫草先輩が殿を務めた。かろうじて天井がある下を進んでいく


「あ、あれは……」


 今度もまた第一発見者は天地だった。

 やはりこいつは視力が良い。


 前方に何か、いや誰かいる。


 横を向いていたその人物は、天地の言葉でこちらを振り向いた。

 夕陽が逆光になり、こちらからはシルエットしか分からない。

 あんなことがあった後だ。慎重に近づく。

 

「女の子だ……」

 

 僕が呟くと、はじかれたように永山先輩が駆け寄った。


「やはり……」

 彼女の顔を見た途端、なぜか跪く永山先輩。

 先輩につられて駆け寄ったものの、特に感慨のない僕はただ先輩の言動を見守る。

 両サイドで結わえた青く透き通った髪型と、小柄で華奢な体つき、そして白のワンピースといった装いのその人物は、十代前半の幼い少女に見える。


「やっと会えた……」


 なぜか僕に嬉しそうにほほ笑むと、そのままぱたりと少女は倒れてしまった。


 続いて駆け寄ってきた天地と紫草先輩も、彼女の姿を確認すると跪き、それ以上近寄ろうとはしない。


「何やっているんですか! 早く助けないと!」


 仕方なく僕が助け起こすと、少女の背中には羽が生えていた。


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