第13話 接近

 ……どうして?


 女神の話だと、怪物は有楽町駅を既に通過したはずだ。

 まさか戻ってきたのか?


 咆哮する大蛇は、前回のように探り探りではなく、一心不乱にこちらに向かってくる。心なしか初めて遭遇した時よりも大きくなったようにすら感じる。

 確実に距離を詰めてくる大蛇に、僕の心臓の音は煩いくらいに自己主張を増していった。


 思わず長刀を構える。

 もちろん倒せる自信などない。

 完全にはったりだ。


 駅外で民間人を誘導していた先輩たちも一旦改札まで来て、同じく長刀を構える。

 

 なるほど。天地はいち早く危険を察知したのだな。

 逃げ足の速さには感心する。


 だが奴の後に続くことはできない。

 次々と駅に逃げ込んでくる民間人の目があるのに、怪物を前にして持ち場を放棄するわけにはいかないのだ。横に並ぶ先輩たちも同じなのだろう。その蒼白な顔色が、彼らの行動が決して本意のものではないことを示している。……確かに武器を構えたとして、何ができるというのか。だが僕らには使命がある。


「民間人の方はいませんか? 逃げ遅れた方はいませんか?」


 引けた腰のまま僕は人影のないSL広場に向かって呼びかけながら、逃げ遅れた人を探す。半分現実逃避なのか、義務感なのか自分でも良く分からない。ただ無関係の他人でも、この修羅場に放置し見殺しにするのは許されない。


 このわずかな間に大蛇が進むたびに巻き上がる粉じんは、もう目の前にまで迫ってきていた。よし、もう逃げ、いや戦略的撤退しても良い頃合いだろう。


「……もういいだろう! 早く俺たちも……」


 長刀を構えながらも震えている諸先輩方がたまらず叫ぶ。同感だ。異議なし。


「逃げ遅れた人はいないようです。僕たちも一旦、地下へ避難しましょう!」


 長刀を下ろし後ろを向くが、先輩の一人はまだ正面を-大蛇の方を見たままだ。


「先輩、早く!」

「いや、今……」


 呆けたような瞳に、不自然に上がった口の端。

 その先輩の表情は、僕を戦慄させるのに十分な不気味さを持っていた。

 

「死にたいんですか? 早く!」


 強引に横にいる先輩が引っ張ると、「あ、ああ」と何かを見据えていた瞳に、漸く僕を映してくれた。よし。現実に戻ってくれたようだ。これで逃げられる。民間人でも先輩でも、放置して死なれでもしたら、寝覚めが悪いからな。


 先輩の腕を捉えたまま、急いで駅構内へと駆け込む。

 改札付近の屋根が崩れたのはほぼ同時だった。

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