第4話 朝餉

 現実に戻ろうと時計をみると、時刻は既に七時半になっていた。

 少し話し込んでしまった。


「すみません。こんな夢の話に付き合わせてしまって……」


「いや。僕から尋ねたことだから。君の話、妹が気に入っているんだ」


 そういいながら、颯爽と椅子の背にかけていた黒エプロンを身に着ける。

 今のうちに洗い物を済ませてしまうようだ。

 出かける準備は既に終わっているのだろう。


 いや、その前に――。


「え……。こんな暗い夢の話を妹さんにしているんですか?」


 妹さんは確か花も恥じらう十六歳。

 いくら妹さんと仲が良くて話のネタを探していたとしても、チョイスとしては最悪だ。気に入っているという言葉も、皮肉にしか聞こえない。


「君に会いたいとも言っていた」


 洗い物をしながら、先輩が言葉を続ける。

 何が彼女の心を掴んだのか知らないが、ほっとすると同時に、まだ見ぬ妹さんに胸を弾ませてしまう。


「……まあ絶対、会わせないけれどね」


 ぼそっと呟くと、突如剣呑な目つきになった先輩は、先ほどよりも乱雑に洗い終えた皿を置く。


 カシャン、カシャンと皿が置かれていく音に身の危険を感じた僕は、急ぎ自室に避難した。


 後輩なんだから本来なら皿洗いくらいすべきだが、今は危険だ。

 あの完璧な先輩の唯一の弱点でもあり、強味でもあるのが、妹の存在なのだ。

 今は刺激しない方が良い。


 今は出かける準備に集中することにする。

 急ぎハンガーに吊るしていた白い上着に袖を通す。

 黒いパンツを履き、上着の腰部分を帯で締める。

 上着は、古事記や日本書紀の神々が来ている上着をモチーフにした古風なデザインで、袖が垂れない様に調節してある。黒いパンツは、学生服とほぼ同じで、和洋折衷のいでたちだ。


 夢の世界と比べると、現実は「和」を意識したデザインが普及している。

 皆、完全に和装か、和装を一部取り入れているか、どちらかの服装をしている。

 ここも夢の世界と大きく違うところだ。 


 洗顔、歯磨き、髪のセットを終えると、おそるおそる玄関に向かった。

 皿を洗い終え、準備万端の先輩は既に、玄関で待っていた。

 機嫌はもう直ったようだ。


 長時間勤務を共にする相手だ。

 心底安堵した僕は、今日一日先輩の妹さんの話題を出さないことを心に決める。

 

 ドアを開くと、快晴の空が僕たちを迎えてくれた。

 良い日和だ。

 

 今日もこれから、防人(さきもり)としての一日が始まる。

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