第11話 召集

 死傷者の救急搬送が終了した頃、ようやく僕たちの上司である指導神の女神が姿を現した。死傷者の姿が消えたことで少しだけ緩和された廃墟の悲惨さゆえか、女神は常と同じく凛とした表情に翳りは微塵も感じさせなかった。


 「今まで何をやっていたんだ」とでも脊髄反射的に言ってしまいそうな、緑川先輩がいなくて本当に良かった。あの様子では大事な後輩を心配する余り、もっと神を冒涜する言葉すら吐きそうだ。


 緑川先輩だけではない。

 目下の問題は「神の力への疑問」が防人の間に生じてしまったことだ。

 さて士気が格段に落ちているこの事態を、女神はどう収める?

 非日常的光景と価値観の崩壊が逆に冷静さを生んでくれたのか、僕はどこか冷めた気持ちで成り行きを見守っていた。


「中央から応援要請があった。防人として、諸君らは市民を誘導してくれ」

 

 やはり女神はぶれない。いつもと全く同じ軍人口調で淡々と防人に命じる。

 普段は慣れないこの口調が今日は心強くすら感じる。

 非常時には有効な言葉遣いということか。


「待ってください! ミカヅチ様でも叶わなかった化け物に、人間である俺たちにできることはあるのでしょうか……?」

 

 新人、天地が不安げに尋ねた。

 視線は灰燼に帰した周囲に向けられている。


「諸君らの任務は市民の誘導だ。アレと戦う必要はない」

 簡潔に答える上司に、なおも常和は食い下がる。


「でも誘導の過程で、あの化け物と対峙する可能性だってあるじゃないですか!」


 新人の不安に触発された他の防人たちも、どよめく。

 無理もない。既に半数近くの防人が死傷したばかり。

 肝心の神々も大蛇の力の前に、その力を発揮せずに消え失せてしまった。


「他の機関も不測の事態に対応しているんだ! 僕たちだけ言い訳をして逃げるつもりか!」


 女神が口を開く前に、紫草先輩が割って入った。 

 紫草先輩の正論は、常和だけでなく、防人全員の使命感を打ち抜き沈黙させた。


「……その、自分は今日着任したばかりなので、足手まといになってはと……」

 たまらず、おずおずと常和が言い訳を始める。


 女神は一瞬、顔を顰めたのち、やれやれといった様子で口を開いた。


「アレは既にお台場に到達し、進行方向を変える様子もない。諸君らが対峙する可能性は極めて低い。わかったら、諸君らは有楽町方面へ移動し、市民が逃げられるよう誘導せよ。詳細は追って連絡する」


 腰が引けていた防人たちも「それなら」と、ようやく行動を開始した。


「礼を言う」

 紫草先輩の脇を通り過ぎるときに、確かに女神はそう言った。

 僕の記憶が正しければ、初めて聞いたお礼の言葉。

 

「今日の紫草先輩はすごかったですね。見直しました!」

 僕も本心から思った言葉をかけると、先輩は真顔で「何が?」と聞き返す。

 今日一日の勇敢な行動は、すべて先輩の中では当たり前ということか。イケメンすぎるだろう。というか、こんな人格だったのか、この先輩は。


「妹にふさわしい兄でいる。当然のことをしたまでだ」


 前言撤回。尊敬は瞬時に半減した。

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