第10話 緊急警報

「緊急警報発令。緊急警報発令。巨大な未確認生物が、東京中心部に向かっております。現在東京都港区方面に移動中」


 聞いたこともない不気味なサイレンとともに、アナウンスが当たり一面に響き渡る。まるで戦争でも始まるかのような緊張感が漂っている。廃塵に帰した瓦礫の中で僕は、ただ茫然と不吉を告げる音を聞いていた。

 

 息を呑むほどの巨大な大蛇は、ゆっくりとビル群の中を這っていく。

 最先端の建築技術の粋を凝らしたビル群と、未知の生物とのコントラストは、まるで現実感がない。それでも危難が去りつつあることは確かで、安堵した生き残りたちが、一人また一人と姿を現した。


「……もういいだろう」


 周囲を十分に確かめた紫草先輩が、いまだ恐怖が覚めやらぬ僕を現実に引き戻す。

そして、すっと立ち上がると、ゆっくりと大きな声で指示をした。


「僕は救急車を呼ぶ。皆は怪我をした者の救出に全力を注いでくれ!」


 指揮官の任にはついていない先輩だが、驚くほど冷静に対処していく。

 ただの温厚なシスコンと思っていたが、認識を改めなければなるまい。


 言われたとおりに、僕たちは瓦礫に埋まった仲間を引っ張り出し、動けなくなった者をシートに寝かせる。すでに息がないと思えるほどの重傷であっても、一縷の望みをかけて、負傷者の傍らに寝かせた。


 今寝かせているのは、同期の男性防人だ。

 「生きる要領」に秀でていて、羨ましくも遠い存在だった同期-今まで接点はほとんどないが、同じ職場の仲間だ。生き抜いてほしい。


「ちょっと、しっかりして! どうしてこんな……。なんで君が死ぬことに……!」


 横に寝かせられていた女性防人が、彼に気づいて喚きだす。

 確か彼女、緑川れい先輩は彼の指導係であり、一緒に組んで仕事にあたっていた。「生きる要領」の良さを十分に兼ね備えた活発な彼女と同期はウマが合い、プライベートでも懇意にしている間柄だったはず。うまくいっている先輩後輩の例として、しばしば取り上げられていた。狼狽えるのも無理はない。


「まだ死んだと決まったわけではありません! 病院に搬送したら助かる可能性はあります!」


 確かに酷い惨状だが、医者に見せれば何とかなるかもしれない。

 よく見るとわずかに胸が上下している。

 か弱くも確かな生命の証拠を知らせると、緑川先輩は冷静を取り戻した。 


「……ねえ、それなら神様のお力とやらで蘇生させることはできないの?」

「……そんなことができるんでしょうか?」

 

 正直僕は神の力がどれほどのものなのかはよく分かっていない。

 神々が元々いた世界では科学文明が人間社会よりも進んでいることと、精神的に我々よりも優位な存在であることしかわからないのだ。それも間接的に見聞きしただけの知識である。


 ザオ〇ルとかレイ〇のような呪文がこの世界には実在し、人ならぬ神ならば詠唱と実現が可能ということか。それなら、いち早く戦闘から離脱したイケメン神も復活が可能ということになる。


 一つ問題なのは、呪文を唱える主体は僧侶や魔法使いだったことだ。

 神様でもいけるのか? ……まあ、あくまでゲームの中での話だが。


「導きの神様に頼んでみましょう! 事態は一刻を争うわ。救急車を待っている間に、この子が死んでしまうかもしれないでしょう!」


 「導きの神」とは、僕たちの上司にあたる女神のことだ。

 それぞれのコミュニティにおいて、人間たちを指導・監督する神のことを「導きの神」という。


「でも、ミカヅチ様……でしたっけ? あの神様が消えた時に、同時に姿が見えなくなりましたから……」


 チッ。


 今、舌打ちをしたのか?

 この緑川先輩が?


 前向きで快活を体現したような緑川先輩とは思えぬ苛立ちを含んだ音に、わが耳を疑う。恐る恐る様子を伺うが、先輩は顔を背けその表情を確認することはできない。ひたすらに同期の怪我を案じる様子に、僕の気の利かない頭ではこれ以上、かける言葉が思い浮かぶはずもなく、ただ黙っていた。


 緊迫の空白がわずかに流れて、漸く救急車のサイレンが聞こえてきた。

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