襲来

第7話 襲撃

 なんだあれは……?

 

 極限の恐怖は思考も行動も一瞬にして奪う―初めて実感した。

 命の危険を痛いほどに感じているのに、身体が全く動かない。

 視線だけ動かせば、新人も紫草先輩も呆けたように、ただ上空に向かって目を見開いている様子が見て取れた。


 頭だけでも軽自動車一台分くらいの大きさなのに、重さをまるで感じさせないほど縦横無尽に大蛇は首をうねらせている。鎌首をもたげて周囲を威圧している眼は赤く爛々と光り、何かを探し求めるかのように、周りを物色している。


「こ、こんなの聞いていないぞ!」


 一番に正気を取り戻したのは、例の新人だった。

 それほど大きな声ではなかったが、大蛇にはしっかりと届いたようだ。

 新人がどこかへ身を隠す気配がすると同時に、大蛇が口をくわっと開け、集会所めがけて、まっすぐ上空から襲い掛かってきた。


 腰に差した長刀の存在を思い出し、引き抜こうとしたが、焦りで手がうまく動かない。いや手どころか足まで根を張ったかのように、いまだ動かない。

 視界が大蛇の口内を彩る薄桃一色に染まっていくのに、呆然と見つめることしかできない。端に光るのは、おそらく大蛇の牙なのだろう。

 

 ここまでか……。


 諦観して目を瞑ると、横から思い切り突き飛ばされた。

 すぐに僕のいた場所に、大蛇の頭が激突する。


「紫草先輩……」


 窮地から救ってくれたのは紫草先輩だった。


「あの壁の後ろに隠れるぞ」


先輩は小声で指示をすると、そのまま強張りが解けない僕の身体を片手で抱え込む。

激突の衝撃でのたうち回る巨大な頭部を気にしている僕を、紫草先輩は壁に向かって引っ張っていく。


 強制的に身体を動かされ、ここにきてようやく僕は正気を取り戻した。

 ここで足手まといになったら、先輩まで犠牲にしてしまう。

 その事実に気づくと、自然と足が動いた。


「自分で走れるな?」

 尋ねる先輩に力を込めて頷くと、先輩は肩に置いた手を放し、駆け出した。

 少し遅れて後を追う。

 襲撃からかろうじて残った壁際に先輩とともに身を隠す。


 助かった……のか?


 先輩と無言で顔を見合わせると、壁の端からそっと大蛇の様子を探る。

 大蛇はのたうち回る様に首を周囲に這わせている。


「まだ探しているみたいだ」

 壁の後ろに身を隠した先輩が小声で囁くと、僕も元の位置に戻った。

 他の防人たちはと見渡すと、ほとんどが身を隠しているのか姿が見えない。

 襲撃から間もないわずかな時間で遠くに逃げられるはずもなく、おそらく近くに潜んでいるのは間違いなかった。大蛇もそれを了解しているのか、執拗に辺りを探っている。


 業を煮やしたのか、大蛇は一瞬大きくのけぞると、口を大きく開けて一気に炎を噴出した。大蛇を中心に円を描くように吐かれた炎に焼け出され、隠れていた防人や住人たちが悲鳴を上げて逃げていく。そのうちの数人が僕たちが身を潜めている壁に逃げ込んできた。


 それを目ざとく見つけた大蛇が、頭で壁を突き崩す。

 丸見えになった僕たちは、獲物を見つけた大蛇とまともに目が合う。

 茫然と突っ立ったまま、今度こそ金縛りにあったかのように動けない。


 今度こそ、本当に……。


 その時、一陣の風と共に、美しい羽根を背にした男が舞い降りた。


「私が相手になろう。君たちは下がっていなさい」


 僕たちを救ってくれたのは、やはり神だった。

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