第12話 混乱

 町は大混乱に陥っていた。


 常日頃から混雑している有楽町周辺は、逃げ惑う人々が駅に押し寄せ、改札は人でごった返している。横入りする客を窘め、押しのけられがちな子どもや高齢者を優先的に保護するのが僕たち防人に与えられた使命だ。


 あの大蛇を前にして、多くの企業が本日の業務を終了せざるを得ないと判断したのだろう-すさまじい数の人間が次々と必死の形相で駅に飛び込んでくる。

 こんな危機的状況であっても、さすがは首都。電車は通常運転を続けており、それがネットで周知の事実となっているのか、人波は途切れることなく続く。

 

 時刻はまだ夕方。

 普段ならラッシュの時間の少し前だが、オフィス街から早退する人も混ざっているのか、ラッシュ時以上の混み具合だ。人が多いだけではなく、遅刻以上の要因があるせいか、人々が殺気立っており、あちこちから怒号が聞こえてくる。

 

 あらゆる意味で混乱していた。

 取り乱した人々の数は増すばかりで、後から来る者ほど、混迷を極めている。


「押さないで! ちゃんと防人がここで守っていますから!」


 何も訓練を受けていない僕が言っても説得力はないのだが、制服が多少のはったりをかまし、わずかだが僕の訴えに耳を傾けてくれる人もいる。


「防人? そんなもの何の役にも立ちゃしない! どけどけ! 俺はまだ生まれたばかりの娘がいるんだ! こんなところで死んでたまるか!」


 一人のサラリーマンが改札を周囲の人垣を押しのけて、強引に前へ進もうとする。


「痛い!何するの? こっちだって死にたくないんだけど!」

 

 押しのけられた女子高生も負けずに、サラリーマンに言い返す。


「そうだそうだ! 皆我慢しているんだ! 自分だけが特別だと思うなよ!」

「だったら俺は子どもが三人いる。お前より数が多い。先に行かせろ!」


 無言で恐怖に耐えていた群衆が、彼女の声を合図に、サラリーマンへの攻撃という形で抑えていた自分たちの感情をぶつけだす。


(まずいな……)


「まあまあ皆さん落ち着いて。えっと、こういう時こそ、一致団結して協力することが……」


 思いついた「それらしい言葉」をとりあえず口にする。だが、急ごしらえの言葉は案の定恐怖にかられた人々には響かない。

 

「一致団結してあの怪物と戦えとでもいうのか?」

「いえ、そういうわけでは……。ただ順番を守ることに協力して頂ければと……」

「だったら外に出てさっさとあの怪物を倒してきてくれ! そうすりゃ俺たちもいくらでも順番を守るさ!」


 ……正論だ。不可能なことだが、反論の余地はない。


「皆さん落ち着いて。電車は平常運航しています。必ず乗れます」


 見かねたベテランの鉄道会社職員が横から加勢してくれた。

 情けない。助っ人に来たのに、足手まといになり下がっている。

 それを天地がにやにやと嫌な笑みを浮かべて見物しているのが、情けなさに拍車をかける。新人とはいえ、お前も防人だから。仕事をしろよ。


 目だけで威嚇すると、涼しい顔の天地とばっちり目が合う。

 それでも天地は腕を組んだまま、口の端に笑みを浮かべたまま顔をそむけた。

 ……完全になめられている。


 しかし一瞬表情をこわばらせると、天地は足早に改札に寄ってきた。


「梅郷……センパイ、俺はホームの助っ人に行きます!」


 ここは経験の少ない僕と天地が任され、ホームと駅周辺は先輩たちが担当している。天地が助っ人に行けば、防人は僕一人だ。勤務年数が少ないため駅員の多い改札を任されたというのに、さすがに一人では心もとない。


 説得しようとしたとき、頭上から不吉な重低音が響いた。


何だ?


駅構内を飛び出して、空を仰ぎ見る。


そこには高層ビルより遥かに巨大なあの大蛇が蠢いていた。

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