第3話 神ある世界

 この世界には神が存在する。


 観念上の話ではなくて、事実として存在する。


※ ※ ※ ※


 月の奇麗なあの晩―何の前触れもなく最期の審判が始まった。


 終焉を知らせる天使のラッパの音も、天変地異が起こることもなかった。

 日常生活は突如断ち切られ、 それまでの世界秩序は一夜にして崩壊した。


 ―― そして天から神々が降臨した。


※ ※ ※ ※

 

 あくまでこれは夢の中での話-あの悪夢の中の「設定」だ。


 しかし降臨した神々は、この世界に実在している。


 悪夢の終焉―最後の審判の際に降臨した神々は、夢の中の姿そのままで、この世界を統べる者として君臨している。白い翼を生やした神々は、翼をもたない我々人間を日々導いてくれる貴き存在だ。


 夢と現実が交錯し、あるはずのない意味を紡ぎだそうとする。

 頭の中で整合性を付けようとした結果なのだろう。


※ ※ ※ ※


「神はいないというよりも、沈黙の存在だった……と思います。人間の目には見えない存在でした。夢の中の僕は、そういうことには疎い人間でしたから、間違っているかもしませんが……。でも少なくとも僕にとって、神はそういう存在でした」


「そこへ沈黙の存在だった神々が姿を現し、件の予言をする……確かそういう展開だったよね?」


 エプロンを椅子の背にかけて、シャツと黒のスキニーパンツ姿というリラックスした格好になった先輩が、食後のお茶を楽しみながら尋ねた。僕が思索に耽っている間に、早くも食べ終えたらしい。

 

 「ほの暗い世界観を持つ他人の夢」というとりとめのない話なのに、よくもまあ聞き流すことなく、聞いてくれものだと感心する。


「はい。最後の審判の日、神々は僕たち人間に告げるんです。『後一年でこの世界は終わる。それまでに良き隣人になりなさい』と。毎回ここで夢が終わるので、その後の世界のことは分かりませんが」


 いつも同じ展開なので、記憶に刻み付けられている。


「最後の審判って、神が人間の魂を選り分けて、世界が終わる日なんだろう? あと一年世界が続くなら『最後の審判』とは言えないよね?」


「確かに。そうですよね……」


 自分でも矛盾を感じていた。 

 そもそも僕はどうして「最後の審判」という言葉を選んだのだろう。

 夢の内容を説明するとき、この言葉が適切だと、なぜだか確信していた。


「……無意識にその言葉を選んでいました。確実に『終わり』が来ることに救いを感じて、『最後の審判』という言葉を使ったのかもしれません。そして同時に、無性に腹が立ちました。人間をさんざん無視しておいて、突然現れたと思ったら、今度はあと一年で世界を滅ぼす――なんて自分勝手なんだと。夢の中の僕は、救いを求めても手が差し伸べられたことは一度だってありませんでした。導きなんて、救いなんて、何もなかった。努力も、善行も、過労死寸前まで働いても何一つ報われることなんてなかった!本当に……何も、何もなかったんだ!」


 思わず、無意識に拳でテーブルを叩いてしまった。

 机の鈍い悲鳴で我に返り、極度に感情的になっていたことに気づいた。


 夢の話で熱くなって、馬鹿みたいだ。

 先輩に敬語を話すことすら失念しているなんて、子どもじみているにも程がある。

 省エネ方針にもとる行為だ。

 スイッチが入ったかのような感情の変化に、自分でも戸惑いを隠せない。

 一瞬、あの世界の梅原怜慈が憑依した気がした。

 

「すみません。所詮夢の話なのに……」


「いや。そんな救いのない世界、想像しただけでも、ぞっとするよ。でも……」

 

 さすが紫草先輩。

 後輩の突然の豹変ぶりに、全く動じていない。

 むしろ僕を気遣い、さりげなく空になっていた僕の湯飲みにお茶を注いでくれた。


「この世界には神々がいらっしゃる。我々と共に在り、導いてくださる。不安に思うことなど、何もないさ」


 目の前にコトリと置かれた湯呑を手に取り、ゆっくりとお茶を飲む。

 少し落ち着いた。

 日本茶の精神安定作用は、夢も現実も変わらないらしい。


 そう。繰り返しみようがただの悪夢。気にする必要はない。

 そんなことは、自分でも良く分かっている。


 ただ、この世界の『梅郷怜慈(うめさとれいじ)』としての記憶があるのと同様に、夢の中の『梅郷怜慈』の物心ついてから絶望に打ちひしがれるまでの記憶も存在しているのだ。あまりの過酷さに、自衛本能から意図的に忘却したり、曖昧にしている記憶を除けば、鮮明に思い出せる。まるでもう一つの人格が同居しているかのような錯覚を感じてしまう。


 前世というものがあるならば、あれがそうなのだろうか。


 オカルトに分類されるような話はどちらかというと苦手だが、あの夢にあえて意味を持たせるのなら、それが一番合理的に説明がつく気がする。


 もちろん、だからと言って、現実が夢によって左右されるわけではない。

 夢は夢。ここはあの悪夢の世界ではない。


 あの世界を気にする意味も価値もないことは、頭ではしっかりと理解している。

 繰り返し見るあの夢に感情が揺さぶられることがあっても、人前でそれを露にしたことは今日が初めてなんだから。 


 大丈夫。これからも省エネ方針を貫ける。

 貫いてみせる。

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