第17話 あまり話が進んでないような話
「カイさんはギルド直轄の病院で治療を受けています。命に別状はありませんし、2週間もすれば退院できるでしょう」
マリエラさんが資料の整理をしながら、俺達に告げた。
「そうですか。本当に良かったです」
アイク(剣士風の青年)が頭を下げると、アメイラとロイドも腰を折った。マリエラさんは穏やかにそれを受け流した後に、注意を始める。
「今回の話をまとめるに、原因は小規模のゴブリンの群れと遭遇してしまったことでしょう。2層のゴブリンは武器を携帯していませんから、今後は背中を向けてもいいので逃げてください。分かりましたか?」
「「「はい」」」
「それと―――」
アイクさんたちへの話を終えたマリエラさんは、俺に向き直った。
「シオンさん」
「何?」
「少しだけ見直しましたよ。シオンさんなら、真っ先に逃げ出すと思っていましたから」
だろうな。俺っていう人間は、誰かのために命を賭けられるほど出来てない。
「別に、そんなことを思われるためにやったわけじゃない。今日はもう疲れたから帰らせてくれよ」
「駄目です。ギルドマスターに話を通す必要がありますから」
「よし、帰るぞ」
ギルドマスターなんぞを通せば、面倒になる確率100%だ。俺はホムンクルスの腕を掴んで踵を返した。
「あ、まだお礼が―――」
アメイラの声が俺の背中を追い掛けるが、無視だ無視。
しかし、突き刺さるような視線を振り払ってギルドを出ようとすると、今の俺にとって致命の一撃となる声が響いた。
「何だ?誰か私を呼んだか?」
ガッシャーーーン!!
ギルド長室の扉が固く閉ざされ、俺はホムンクルスの腕を掴んだまま、ギルドマスターと対峙した。
死ぬ。これまじで死ぬ。前はユリス様がいたから緩和されてたけど、この人と直接向かい合うのは心が折れる。
「ふぅ―――」
「はヒィっ?!」
マリエラさんが作成したらしい資料から目を上げたギルドマスターが、おもむろに口を開いた。
「まぁ、こんな形ばかりのものに目を通しても仕方が無いのだがな。一応、よくやったとだけ伝えておこう」
「し、至極光栄にございます!」
「おかしい。何故あなたはそんなにかしこまっている?」
「アホか?!このお方をどなたと心得る?!紋章が目に入らないってんなら、目んたま抉ってでも紋章ブチ込むぞ?!」
ホムンクルスの頭を引っ掴んで、無理やり下げさせた。
「それがお前のホムンクルスか。中々強くなりそうだな。少なくとも、お前よりは先がある」
「それはありえない。私より、この人はもっと強くなる」
「何故そう思う?」
己の観察眼を一瞬で否定されたギルドマスターの声色が、僅か冷たさを帯びる。
「それは、私が―――」
「だーーーーーはっぁぁおぁおぁぁおおあ!!!」
こいつ今、自分がホムンクルスだと言おうとしてたよね?!やめて!ギルドマスターに目を付けられたら、俺一生生きていけなくなる!死ぬ!
「何故遮る?私の邪魔をするな」
「い、いえ、そのぉ〜?これはそうですね、はい。色々と事情がありましてでして」
「ふん。まあいい。他人の意見まで真っ向から否定をしようとは思わん。もう出ていいぞ」
え?もういいの?そんな疑問が顔に表れたらしい。ギルドマスターは手をピラピラさせながら言葉を紡いだ。
「毎回毎回こうして報告書に目を通して。そんなことをする必要はないだろう。私は暇じゃないんだ。だから、早く出ていってくれ」
「分かりました!そうします!!」
これ以上ここに居たら、ホムンクルスのことでボロが出るかもしれない。
勢い良く退出しようとして―――
「あ、少し待て」
急に呼び止められて、つんのめった。
「あだあ?!」
足を捻ってその場で転び、机の角に頭をぶつけてしまう。
痛みに悶えていると、ギルドマスターの呆れ混じりな声が聞こえてきた。
「お前は阿呆か」
アホでもいいんだけど、今は痛すぎて声が出せないっ!!
その後しばらくしてから起き上がる。
「あの、ギルドマスター?何で呼び止めたんですか?」
「お前に渡してくれと、頼まれている物があったことを思い出してな」
「頼まれていた物?」
心当たりが無く、首を傾げる。するとギルドマスターは突然何らかの魔術を発動して、周囲の音を断絶した。
『聞こえているな?』
『突然どうしたんですか?』
『内容が内容だからな。お前の奴隷に聞かれるわけにはいかん』
そう言われて、ぴんときた。頼まれていた物とは、ユリス様がセリアを助けるために集めた情報だろう。
そういうことなら真面目に対応しなければ。
『こいつなら大丈夫です。念の為の確認ですが、万が一のことがあっても、バラすような真似はしませんから』
『そうか。ま、私の魔術を通して盗み聞きなど不可能だがな』
それもそうか。余計な一言だったようだ。
『で、情報はなんですか?それとも別の案件ですか?』
『あいつも忙しいからな。直接会う時間が無いから、これを渡してほしいと言われた』
ギルドマスターが懐から一枚の紙切れを放り投げた。
ホムンクルスは俺とギルドマスターのやり取りを見て、首を傾げている。声が聞こえて来ないのが不思議らしい。
『確かに渡したからな』
『はい。受け取りました』
キャッチしたそれを仕舞い込み、ギルドマスターの言葉に首肯する。
『内容は、誰が見ても別の解釈をするように、馬鹿げた話で構成されていた。読み終えたら燃やせよ』
『はい』
パチン。
ギルドマスターが指を鳴らすと、魔術が消え去った。
「話も終わった事だし、もう出ていいぞ」
「はい」
今度こそホムンクルスと一緒に、ギルド長室をあとにした。
俺たちが出てくるのを待っていたらしいアイクたちのありがとうコールを受け流しながら宿まで戻る。
「今戻った」
「あ、シオン。おかえりなさい」
受付の仕事をしているフレイが、いつもの様に迎えてくれた。
「ねえシオン。何かいいことでもあったの?」
俺の顔を一瞬だけ見て仕事に戻ったフレイが、作業の手を止めないまま質問してきた。
「何でだよ?別にねーけど」
「嘘でしょ。ここ何日から浮かない顔してたのに、今は少しだけマシな顔してるわよ」
そう言われて、つい自分の顔に手を添えてみた。俺の顔って、そんなに分かりやすいのか?
「なあ、そんなに俺の顔って、変わった?」
「腫れ物が落ちたと形容できるほどには。しかし―――」
私はそこから感情を読み取ることは出来ないとでも言いたいのか。
とにかく、ホムンクルスですら分かるほどには、マシになっているらしい。
「今日は仕事が早く終わる予定なの。後で何があったか教えてくれない?」
「自分で言うのは恥ずかしいんだよな。こいつにでも聞いてくれ」
そう言ってホムンクルスの背中を強く叩く。
「いやよ。後でシオンの部屋に行くから」
はぁ。こうなったフレイは止まらないんだよ。あいつ、変に頑固だからなぁ。
まだ粘るフレイを適当にあしらって部屋に戻り、俺はユリス様からの手紙に目を通した――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます