(4)
サーフェリーは「この街はすべて俺の物」と言わんばかりの悠然たる態度で、顎を上げ、胸を張って歩いてくる。その襟元の銀色のバッジがぎらりと輝きを放った。
俺が目を凝らすと、[仮想野]内でバッジが拡大表示された。それは確かにスペードではなくクローバーの形をしていた。
クローバーの幹部は《同盟》のために手を汚す殺し屋だ、と[アオムシ]は断言していた。
そんなヤバい男が、手下らしいギャングを六人引き連れてやってくる。
たまたま通りかかったとか、そういうゆるい雰囲気ではない。目立たないようにはしているが六人とも銃を手にしている。
銃を目撃した通行人が誰も騒ぎ立てたりしないのは、犯罪街ならではだ。ただ、潮が引くように人波がすーっと減り、急に辺りの見通しが良くなった。
俺は対決の覚悟を決めて奴らに向き直った。
――《同盟》に抹殺指令を出されるようなドジを踏んだ覚えはないが、相手がサーフェリーなら、私怨のために俺を消しに来た可能性も否定できない。
唯一の勝機は、奴が俺のスクリプトの内容を知らないかもしれない、ということだ。
先手必勝。スクリプトで手足を縮め、敵が動揺している隙に襲いかかって倒すしかない。
一対七で勝つためには、サーフェリーの子分から銃を奪って使うことも必要だろう。この際、銃は嫌いだなどと言っていられない。
だが、サーフェリーの手下どもは、俺からちょうど二十六メートル離れた舗道で足を止めやがった。サーフェリー一人だけが道路を横切ってゆったりと歩いてくる。
拡大表示してみると、ギャングどもが持っているのは普通の銃ではなく
――サーフェリーギャング団にも「いくら六十五番街でも派手な銃声を響かせるのはまずい」程度の配慮はあるのか。麻痺銃なら音はほとんどしない。スクリプトの効果範囲である半径二十五メートルの外側から麻痺銃を撃ってスクリプト使いを無力化する、というのはきわめてまっとうな戦術だ。
不利な状況への焦りを噛みしめながら、俺は接近してくるサーフェリーを睨みつけた。
それほど大声を張り上げなくても会話ができる距離まで来ると、サーフェリーが口を開いた。飛び出してきたのは意外とも思える質問だった。
「よぉ。おまえら知り合い同士なのか?」
状況からすると「おまえら」というのはハクトと俺だ。
俺は即答した。
「こんな奴知らねえ。宗教の勧誘をされてただけだ。……いったい何の用だ?」
「俺が用事があるのは、おまえじゃねえ」
さらに意外な答えが返ってきた。サーフェリーは歯をむき出して残忍な笑みを浮かべた。
「そこの白い
サーフェリーがハクトを?
意外な展開に俺の理解が追いつかないうちに、サーフェリーが軽く手を振って合図をし、道路の向かい側のギャングたちが一斉に銃を構えた。銃口は当然まっすぐこちらへ向けられている。
「下がってろ、リデル。でないとてめえも巻き込むぞ」
人に命令するのに慣れた声が、俺を追い払おうとする。
俺が隣に目を
何にせよ、スクリプトの届かない所から銃で狙われている状況で、俺たちに何かができるわけではない。
五・五メートルの距離にいるサーフェリーには俺たちのスクリプトは届くが――ボスに異変が起きた瞬間、手下どもは引金を引くだろう。また逆に、サーフェリーのスクリプトも俺たちに届く。内臓を体内からつかみ出すあのスクリプトを食らうのはぞっとしない。
視界の隅を、金色がよぎった。
ぎょっとした。ティリーがとことこと道路の真ん中へ歩み出ていくところだった。
俺はギャングどもに気を取られて、この子供のことを完全に忘れていたのだ。
ティリーは俺たちとギャングどもを結ぶ線上に立った。
「おい、よせ。危ないぞ……!」
声をかけながら、俺は女児をつかまえるため駆け出しかけた。
この位置関係だと、ギャングどもが発砲すればティリーに当たりかねない。麻痺銃だから命には別条はないが、小さい体に銃撃を受けさせたくはない。
空気の色が変わるかのような、おなじみの気配。
一瞬遅れて、俺の[
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id ('toy_queen')
ログインID[
誰だ、[おもちゃの女王]って。――ティリーか!?
[無生三昧]は、亡きロセッティ枢機卿のオリジナルだったはずだ。枢機卿が考案し、自分で《バラート》のデータベースに登録したスクリプトだ。他にこれを使える[工作員]は確認されていない。
[
ティリーのスクリプトは俺に直接作用しているわけではなさそうだが、若干の影響はあるのか。
ノイズの走る視界に、ギャングどもが緩慢な動作で、銃口を自分の胸に当てるのが映った。
六つの発射音は完全に同時だったので一つの音に聞こえた。六人は一斉に倒れた。
奴らは自分で自分を撃ったのだ。いや、
――[
ティリーは他人の意識と同期した上に、それを操ることまでできるのか。しかも、一度に複数の人間を相手に。
ロセッティ枢機卿でもそんなことはできなかった。
「おいっ、てめえら、いったい何やってやがる!?」
サーフェリーが拳を振り上げ、道路の向かい側めがけて怒声を飛ばした。奴はティリーがスクリプトを使ったことを感知できていない。手下たちの突然の奇行は、奴にとっては理解不能だろう。
ハクトはその隙を見逃さなかった。白手袋に包まれた手のひらをサーフェリーに向け、
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id ('white_rabbit')
スクリプト[
その手から『VIVA☆カプサイシン』の奔流が猛然と噴き出し、ギャングの顔面を襲った。
サーフェリーは両眼を押さえ、叫び声をあげながら激痛にのたうち回った。眼球を鍛えられる奴はいない。瞼の下にまで入り込む唐辛子粉末の刺激は壊滅的だ。
戦える状態の敵はいなくなった。じゃあな、と俺に向かって片手をひょいと上げ、ハクトは教会の横の路地へ消えていった。
ハクトが二十五メートル以上離れたところでスクリプトの効果が切れた。サーフェリーは涙目を手の甲でこすりながら周囲を見渡し、ハクトの姿が見当たらないことに気づくと凄まじい悪罵を吐き散らした。
俺は同僚としての立場を利用することにした。
自分も『VIVA☆カプサイシン』をぶつけられたふりをして、痛そうに眼を押さえてみせた。
「何なんだ、あの白い野郎は? あいつもスクリプト使いだな?」
そうカマをかけてやると、サーフェリーはあっさり乗ってきた。
「そうよ。《
――どこでどう間違ってそんな話になったんだ? ハクトはあれでもブラーフモ・ドクトリンの説法師だ。殺生はしない。
「……そんな強そうな奴には見えなかったがな」
完全に本音だったので、真実味をこめて言うことができた。サーフェリーは荒々しく鼻を鳴らした。
「腕利きの殺し屋ってのはたいてい、強そうな顔はしてねえよ。ああいう、ちょっと頼りなさそうな雰囲気を出してやがるんだ。あいつは昔、『エース』の親や仲間を皆殺しにし、今は《ローズ・ペインターズ同盟》を狙ってるそうだ。『エース』にとっちゃあ最大の敵だ。何としてでも仕留めろ、と厳命を受けてる」
「あんたは♠(スペード)から♣(クラブ)に配置換えされたってわけか……《同盟》の実働部隊に」
「おおよ。適材適所とはこのことよ。むしろ、『エース』がそれをもっと早く思いつかなかったことの方が不思議だぜ。俺は守るより攻めるほうが得意だ。俺の組織力をもってすれば、この街で探し出せない相手はいねえ」
「……」
サーフェリーは誰彼かまわず噛みつく危険な狂犬だ。
だが、もし
《同盟》は奴を猟犬として便利に活用することに決めたんだろう。奴に言うことを聞かせるための「方法」については――胸糞悪いのであまり考えたくはない。
サーフェリーは早足で道を横切った。目的は舗道に転がる六人のギャングどもだ。「てめえら! 起きやがれ、くそったれが!」とわめきながら子分たちの体を蹴りつける。麻痺銃の効果はそう簡単に切れないので、いくら蹴っても無駄なのだが。
手下を起こすことをあきらめたサーフェリーは、ふと、背後に立つ俺の存在を思い出したように振り返った。
「一度てめえと『公式試合』ってやつをやってみたかったんだがな。いつまでも遊んじゃいられねえ。
この組織で本当にうまみがあるのはクラブの幹部だぜ。俺はこっちでさっさとのし上がってやるさ。ま、てめえはスペードの幹部どもと決闘ごっこでも続けてろよ」
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