第28話
月夜はなんとか狐鈴を離そうと必死で暴れているが、その抵抗虚しく動けば動くほど抵抗出来なくなっていく。
おそらく、二枚のうち一枚には相手を弱体化させる力があったのだろう。
「よし! 狐鈴よくやった!」
なおも抵抗を続ける月夜に、一也は壁にかけてあった制服からネクタイを取り、彼女の手を縛り上げる。
悔しそうに唇を噛み締める月夜の肩にワイシャツをかけると、優しい声で尋ねた。
「月夜。どうしてこんな事をしたんだ? 狐鈴が来るのが少し遅かったら確実に死んでだぞ、お前」
すると、月夜の鋭い視線が一也に向けられる。
「どうしてって! そんなのぼくの覚悟をお兄ちゃんが分かってくれなかったからだよ!」
「はぁ~。だからって裸でベッドに潜り込んでどうする気だったんだ?」
「裸の男女がベッドでする事なんて決まってるじゃん! それにぼくは何度も言ったよ? お願いしに来たって! でもお願いを聞いてもらうには代償がいる! だからぼくは……」
一也は瞳を潤ませながら、そう必死で叫ぶ月夜を見て大きくため息をつく。
そしてゆっくりと諭すように言った。
「いいか? お願いするって言っても、必ず代償が必要なわけじゃないだろ? それに、お前のその小さな体ではどうしようもない。だから自分の命で代償を支払おうとお前は思った。だが、そんな事をして本当に俺が藍本を助けると思うか?」
「…………」
月夜は表情を曇らせながら俯いた。
「お前は勘違いしてる事が2つある。1つはお前の覚悟は最初から痛いほど伝わってたって事だ」
「……えっ?」
驚いたように顔を上げた月夜の頭を撫でながら、一也が微笑んだ。
「そりゃそうだろ? 裸で震えながら必死に腕を掴まれちゃな……。だが、それを素直に受け入れられないのも当然だろ? お前は自分の事を俺に話さなかったんだからな」
「…………」
その言葉を聞いて月夜は更に表情を曇らせる。
一也はそんな月夜の頭に手を置いて言った。
「それともう1つ、俺は同級生は基本的に無条件で助けるって事だ。例え俺がそいつに嫌われててもなっ!」
「そ、それじゃあ!」
「ああ、藍本をどうにかするんだろ?」
そう一也が尋ねると、月夜は嬉しそうに何度も頷いて見せた。
それを2人の様子を横から無言で見ていた狐鈴が面白くなさそうに告げる。
「よいか! 主様はお前を哀れんでやってやるのじゃ! 決して好意を持ったなど思うでないぞ!?」
「なんでもいいよ! 月詠を助けてくれるなら、ぼくはなんでもいい!」
一也は月夜の拘束を解くと、部屋の入口に乱雑に脱ぎ捨てられた服を拾って月夜に渡す。
月夜は服を着ると、涙を拭って一也の足に抱きついた。
「お兄ちゃん。月詠はきっと今、外に出てると思うからぼくに付いて来て!」
「おう!」
「仕方ないのう……」
迷わず空間の裂け目に飛び込んだ月夜を狐鈴と一也も追いかける。
空間の裂け目から外に出た一也達は月夜に続いて走り出す。
「それで助けてくれって、具体的にどうすんだ?」
「うん。月詠を説得して欲しいんだよ。こんなことはもう止めるようにって!」
「こういうことって?」
そう尋ねられると、月夜は一瞬口を閉ざして表情を曇らせたが、すぐに言葉を返した。
「お兄ちゃんも見たでしょ? 人が刀で斬られる事件」
「ああ、現代の辻斬り……ってそれを藍本がやってるってか!?」
驚きながら一也が叫ぶと、月夜はこくんと頷いた。
「はぁ~。なんてこった……」
走りながら頭を抑えている一也に狐鈴が尋ねた。
「ん? どうした主様。大きなため息なんてついて」
「いや、ため息もつきたくなるだろ? 殺害されているのは、皆犯罪者だ――藍本は悪鬼になる可能性がある人間をしらみつぶしに殺している」
「うむ。そうじゃのう……。それがどうしたのじゃ?」
難しい顔をしながら首を傾げている。
「だから、本来悪鬼になった人間は倒されれば死体どころか、その人物そのものの存在が現世から消える。だが、悪鬼になる前はきっちり死体から何から残っちまうんだよ!」
そう一也が叫ぶと、月夜が頷きながら呟く。
「お兄ちゃんの言う通りだよ。月詠は悪鬼でも、そうなる可能性のある人間も同じだと思ってるんだ」
「藍本はバカなのか? そんな事をし続けたら必ず天界からなにかされんだろ!?」
「うむ。鬼神に認められておるのは悪鬼の排除じゃ、しかし、鬼神は神の化身でもあるからのう。数名ならば式神の力でなんとかは出来ると思うのじゃが……」
そう告げると、狐鈴は月夜に意味ありげな視線を送る。
月夜はそれに答えるように口を開く。
「もちろんぼくの方で出来る限りは対処してた。でも、この前ちょっとしたことでそれが大勢の人にバレちゃって……」
「なるほど、それでニュースになるほど騒がれてしまったということか」
「……うん」
月夜はそう言って項垂れる。
一也は走りながら心配そうな表情の月夜に言った。
「大丈夫だ。殺されてるのは犯罪者ばかりだし、民衆は熱しやすくて冷めやすい。一般人に被害が出ていない以上、すぐにこの事件の事を皆忘れるさ。今は藍本のやつを止めることに全力を注ごうぜっ!」
「うん!」
微笑みながらそう言った一也に力強く頷いた。
月夜の後を走っていると、突如として男の悲鳴が聞こえてきた。
3人は更に速度を上げてその声の元へと急いだ。
道路を走っていると、目の前に大きな公園が見えてくる。
「――あそこかッ!?」
その公園の中から1人のみすぼらしい男が飛び出してくる。
その男の表情からは鬼気迫るものを感じる。
その直後、マントを被った人物が飛び出してきた。良く見るとその手には短めの刀が2本握られている。
「主様!」
「ああ」
それを見た一也が、狐鈴の出した刀を持ち勢い良く地面を蹴る。
瞬時にその人物の前に割り込み、刀を振り抜く。
マントの人物の持っている刀と一也の刀がぶつかり火花を散らす。
その瞬間、腰を抜かしている男の目の前に出た狐鈴が男の額に護符を貼り付けた。
「月夜とやら、空間保護を頼むのじゃ!」
「はい!」
月夜は狐鈴の言葉に従い、両手を前に出して詠唱を始める。
それを確認した狐鈴も男の額に貼り付けた護符に手を置き詠唱を始めた。
『我、汝に告げる。汝の記憶はここになし、この時間、空間。汝のこの時の全ての記憶を、この今をもって打ち消さん』
そう唱え終えると、狐鈴の手の護符が白く煙を上げて消えた。
するとその男は虚ろな目をして、その場に力無く項垂れた。
それと時を同じくして月夜の《空間保護》が完了し、辺りに結界が張り巡らされた。
これによってこの空間は他者には感知できない固有の場所へと変わる――。
「さて、準備は整った……始めようぜ! 藍本!」
一也はそう叫ぶとマントの人物に黒い刀を向けた。
すると、その人物はゆっくりと頭にかかっているマントを外す。
「どうして悪鬼を退治するのを止めるの? あれは以前住居に侵入して1人を殺害、3人に重軽傷を負わせた。一家4人を殺傷した経歴を持つ犯罪者よ?」
「……だが、まだ悪鬼じゃないだろ?」
その一也の言葉に月詠は眉間にしわを寄せた。
「どういう意味か分からないのだけど?」
「まだ可能性の域を出ないという話だ。確かにお前の言う通り、あいつが犯罪者である事は間違いないのかもしれない……だがな」
一也はそう言うと月詠を鋭く睨んだ。
「それは警察の仕事だ! 俺達鬼神の仕事じゃねぇーだろ?」
「なるほど、よく分かったわ……」
「そうか、分かってくれたんだな」
俯き加減にそう答えた月詠に一也がほっとしたように息を吐いて刀を下ろした。
っと次の瞬間、油断していた一也に双刀を構え突進してくる。
その刹那、一也の顔目掛けて右手の刀が振り下ろされた。
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