第27話
一也は風呂場の天井を見上げながら呟く。
「思えばあの時からだったな。こんなふうになったのは……」
そう呟いた一也に狐鈴が言葉を投げ掛けた。
「のう主様。主様は鬼神となった事を後悔しておるのか?」
「いや、後悔どころか感謝してる。もし鬼神になってなければ、俺は母親の仇が酒呑童子という鬼である事が分からなかったからな」
それを聞いて狐鈴は表情を曇らせながら尋ねる。
「……やはり。その……酒呑童子と戦うのか? 主様」
「ああ、もちろんだ!」
一也は狐鈴の頭の泡をシャワーで流すと「ほら、終わったぞ」っと狐鈴の肩を軽く叩く。
狐鈴は一也の顔を心配そうに見つめる。
一也はその狐鈴の顔を見てため息を漏らすと、その頭を撫でた。
「――俺が負けると思うか? 狐鈴」
「しかし、主様……」
「心配いらねぇーよ。そんな顔すんな」
一也は心配そうに見つめてくる狐鈴にそう言って微笑んだ。
それを聞いて狐鈴の表情が少し明るくなった。
その後、お風呂から上がった2人がリビングに戻ると、志穂と月夜がトランプでババ抜きをしていた。
……志穂のやつ、前に負けたのをまだ引きずってるのか?
そう思いながら一也がソファーに狐鈴を座らせ髪を乾かしてやっていると、志穂が突然声を上げる。
「ちょっと一也! そんなに激しくしたら髪が傷んじゃうでしょ!?」
「いや、髪なんて乾かす時こんなもんだろ?」
そう言った一也に志穂が「ちが~う!」っと怒鳴った。
志穂は一也から櫛とドライヤーを奪い取ると、狐鈴の長い銀髪を優しく乾かし始めた。
その様子を月夜は首を傾げながら不思議そうに見つめている。
やることがなくなった一也はテレビをつける。
すると、たまたまやっていたニュース番組で『指名手配犯や犯罪の疑惑があった者が刃物で斬られ無残な死を遂げている』っという内容のものだった。
「へぇ~。物騒な世の中だな……」
「……うぅ」
その言葉を聞いた月夜が急に表情を曇らせる。
その深刻そうな顔を見て志穂が叫んだ。
「一也。そういう話はやめてよ! 皆が不安がるでしょ!?」
「……分かったよ」
一也はその部屋の空気に耐えかね、テレビのチャンネルを変えるという選択を選んだ。
その夜、一也は寝苦しさから寝返りをうとうと体を動かそうとした。
だが、不思議な事に体の自由が利かない。
いや、利かないというより動きを制限されている感じだろうか。そして体の右側に柔らかく生暖かい感覚がある。
……なんだ? 動きがとれない。どういうことだ?
そして右腕をしっかり抱き締められているようで、微塵も動かすことが出来ない。
それでも強引に右腕を引き抜こうと動かす。
その瞬間更に柔らかい何かに指が触れた。
「……あんっ」
その声を聞いて一也が瞼を開くと、そこには獣の耳のようなものがあった。
「おい。狐鈴、お前は志穂と寝てたはずだろ? どうしてここにいんだよ……」
「……ふふっ、ぼくだよ。お兄ちゃん」
「お、お前! どうしてここ――」
そう言おうとした時、一也の口を月夜が右手で覆う。
「しぃ~……皆が起きちゃうよ?」
それは月夜に聞きたい事が山程ある一也にとっても、それは悪い提案ではない。
一也は静かに頷くと月夜が口から手を放す。
それを確認した一也が徐ろに口を開く。
「――お前……これはいったいどういうことだよ」
「……ご、ごめんなさい。でもこれだけは分かってほしいんだ。ぼくはお兄ちゃん達に危害は加えない……」
「敵地に乗り込んでおいて……そんな言葉を今更信じられるわけもないだろう?」
「――だろうね……だったら布団を捲ってみたら?」
月夜はそう言って微笑んで見せる。
『どうせはったりに決まっている』と思っていた一也は、自由の利く左手で月夜の上に置かれた布団を剥がすと驚愕する。
そこには何も身に着けていない生まれたままの姿の月夜が、一也の右腕を股で挟むようにしてしっかりと抱きついていたのだ。
驚いた顔で目を丸くしている一也に月夜が小さな声で告げる。
「ぼくだって女の子なんだ。男の人へのお願いのしかたは分かってる……」
「……お前、震えているのか?」
小刻みに震える月夜に尋ねた。
月夜は一也の服の胸の辺りを右手で強く握ると、決意に満ちた表情で「怖くない!」っと虚勢を張る。
その直後、一也が強引に手を引き抜こうと腕を動かした。
「あっ! 痛い。やっ、やめてよぉ……」
「いいから放せ!」
「うっ、あんっ! お……またが……こっ、こすれるぅ~!」
その断末魔の叫びのような声を上げた直後、月夜の力は抜けヘタっとなる。
一也も腕を引き抜くことに成功する。
一也は隣に横たわったまま荒く息をしている月夜に尋ねた。
「どうしてこんな事をした!」
「うぅぅ、ぐすっ……」
瞳を涙でいっぱいにしながら一也を見つめる月夜。
一也はそんな月夜にきつい口調で言い放つ。
「――俺は泣いたって油断しないぞ?」
「……ち、ちがう。そんなんじゃない……ぼくは……ぼくは……」
「ぼくは……なんだよ?」
表情1つ変えずに一也は月夜に問い掛ける。
「ぐすっ……ぼくはただ、お兄ちゃんにお願いに来たんだ……」
一也は目の前にぺたんと座り込んでいる月夜が震える声で告げる。
泣きべそをかいている月夜をなおも疑いの瞳で見つめる。
「……信じてもらえないんだね。分かった、ならやり方を変える!」
月夜は決意に満ちた眼差しで一也にそう告げると、空間の狭間を発生させ、その中に腕を突っ込んだ。
そして引き抜かれた彼女の手には短い刀が握られていた。
「――ッ!?」
一也一瞬でベッドの上から離れると、床からその様子を窺う。
月夜はその刀を向けると震える声で一也に語り始める。
「ぼくはお兄ちゃん達なら信じられると思って……だからこうしてお願いに来たんだ……でも、ぼくのこの体じゃお兄ちゃんを誘惑できないかもって……だから……」
その直後、持っていた刀の先を自分の首筋に突き付ける。
「ちょ! おっ、お前何してるんだ! そんな事していったいお前になんの得があんだよ!」
「あるよ! ぼくは式神だ。月詠の為なら……死ぬのだって怖くないんだ!」
「……月詠? それって確か……」
一也は今日転校してきた少女の名前を思い出していた。
突如として頬にキスしてきた【藍本 月詠】と名乗る少女――彼女の自分は鬼神だというあの言葉、それが月夜によって今一本の線で繋がった。
一也は険しい表情で月夜に尋ねる。
「――お前の主人は藍本 月詠か?」
「そうだよ。ぼくは真神の式神なんだ。狼は誇り高いんだ! 狐なんかよりずっと!!」
「それって……お前、狐鈴の事が見えていたのか!?」
驚きの表情を見せる一也に、月夜が泣きながら更に言葉を続けた。
「お兄ちゃん。もし、ぼくがここで死んだら……月詠はきっと、お兄ちゃんのところに来る……その時はあの子を頼むね……」
「おい! 頼むって……お前ッ!?」
震えていた手が止まり、月夜が意を決したように目を瞑ったのを見て、一也がハッと慌てて床を蹴って止めに入っろうとしたが、もはや間に合いそうにない。
くそ! 俺はまた助けられないのかッ!?
そう心の中で思った瞬間、ニ枚の護符が飛んできて月夜の体が青色に輝き、もう一枚が手の甲に当たり手の中の刀を弾いた。
「――わっ!」
「この! バカ犬!」
その直後、狐鈴が月夜に飛び掛かり、月夜の手首を掴んでベッドに押し付ける。
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