第20話
まるで人を物のように扱う悪鬼の行いに、内心では腸が煮えくり返る思いだったが、ここで出て行けば志穂の覚悟を踏み躙る行為になってしまう。
その後、志穂は気を失ったのか、力無く鬼の手の中でぐったりとしている。
「死んでないだろうな? 死んだらよく味が染み込まないから酒呑童子様に怒られるぞ?」
「ああ、分かってる。気を失わせただけだ!」
鬼はそう言うと志穂を肩に担ぎ森の中へと消えていった。
一也は気配を殺し、2体の黄色い鬼の後を追う。
森を少し抜けると、一也が昼間訪れた破壊された防護柵を通り抜けていった。
そうか! あの場所はあいつらが開けたのか。通りで熊が入れたわけだ……
一也は納得したように頷いた。
その後、しばらく森の中を進んでいくと先程の祠とは別に、苔の生えた灯籠が両側に置かれた古びたお堂の前で黄鬼達が立ち止まりお堂の扉を開ける。
目を凝らしてお堂の中を見た一也は自分の目を疑った。
そこには子供から大人まで大勢の女性が縄で縛られ、皆底知れぬ恐怖に震えていた。
それもそのはずだ。見えない何者かに縛り上げられこんな場所に連れて来られれば当然だろう。
黄鬼が肩に担いでいた志穂をお堂の中へと放り投げた。
それを見て一也の心の中は怒りが溢れ出す。それはもはや爆発寸前と言わんばかりだ……。
あいつら……殴り殺してやる……
一也は拳が血で滲むほどに握り締めると、次の瞬間には考えなく飛び出していた。
「くたばれ! このゴミ野郎共がッ!!」
一也の咆哮とともに懇親の右ストレートが黄鬼の右頬に炸裂した。
黄鬼の巨体がお堂脇の灯籠に激突し灯籠が音を立てて崩れる。
突如として林の影から飛び出してきた一也に、仲間を殴り飛ばされた黄鬼が驚きのあまり固まっていた。
「うおおおおおおおおッ!!」
一也が天に向かって雄叫びを上げる。
その後、怒りに満ちた瞳を志穂を放り投げた黄鬼へと向ける。
「はぁ、はぁ……てめぇー」
荒く息をしながら一也が低い声で威圧する。
だが、それに動じる様子もなく黄鬼が拳を振り上げ向かってきた。
「よくも仲間をやりやがって! 弔い合戦だあああああッ!」
「上等だぁああああッ!!」
互いに叫び声を上げると、互いの拳が激突した。
その直後、一也の拳から血が滴り落ちる。
「くっ……」
「ふはっはっはっはっ! 所詮人間などこの程――」
そう口を開こうとした直後、黄鬼の腕の至るところから黒い血が、まるで噴水のように噴き出す。
――ぎあああああああああッ!!
悲鳴を上げながらその場に膝を着いた黄鬼を見下ろしながら一也が告げた。
「お前のバカにしてる人間だがよ……関節と骨、筋肉なんかの動きをしっかりと把握してれば、これぐれぇーは造作もねぇーんだよ……」
低い声でそう呟くように言うと、今度は右足を振り抜く。
その足が黄鬼の腹部に直撃した瞬間、凄まじい衝撃波が発生し。黄鬼の体はまるでサッカーボールのように辺りの木々を薙ぎ倒しながら、その先の大木に激突して止まる。
大木はバキバキと音を立てながらもなんとか衝撃を吸収する。
それを冷たい目で見据えていた一也の耳に女の子の悲鳴が飛び込んできた。
慌ててその方向を振り向くと、そこには黄鬼が更に3体立っていて、その2体の手には気を失った玲奈と志穂が握られている。
……くそッ、5体居やがったのかッ!!
驚きを隠せない表情で心の中で呟く一也。
「――ッ!? 志穂! 玲奈!」
そう叫んで駆け寄ろうとした直後、中央の黄鬼が叫んだ。
「待てい! この雌共がどうなっても良いのか?」
2体の黄鬼が2人を掴んでいる腕を前に出した。
一也は悔しそうに歯を食い縛ると、拳を握り締めた。
「ふん! お前など酒呑童子様のお手を煩わせるほどもない! この俺が処理してやる。欲しいのは人間の雌だけだからな……」
そう言って中央の黄鬼が1歩前に出ると、手の平から炎が巻き起こり、その拳に鉄製の棍棒が現れる。
黄鬼は一也の目の前まで来ると、不敵な笑みを浮かべ、棍棒を振りかぶった。
一也はその棍棒を見据える。
「避ければあの雌共が握り潰される事を……忘れるなよ?」
「くっ! このゲスが……グフッ!」
そう小さく呟いた直後、一也の体にまるで大砲の筒のような棍棒が直撃し、一也の体を軽々と吹き飛ばす。
宙を舞った一也の体は近くの木に当たり止まった。
倒れた一也は徐ろに起き上がると呟く。
「……ふっ、なかなか良い一発、かましやがるじゃねぇーか……」
「減らず口をッ!」
黄鬼は一瞬で一也の目の前に移動すると、再び棍棒を振り抜いた。
だが、その一撃を両手で受け止めた一也はその場に踏ん張っている。
「……てめぇー。あんまり調子に乗んなよ……」
そう言って鋭く黄鬼を睨みつけると一也の体から青い炎のようなオーラが湧き上がる。
その一也の剣幕に気圧され、黄鬼が数歩後退る。
――ウオオオオオオオオオオオッ!!
黄鬼は雄叫びを上げると、その体が徐々に紫色に変化していく。
それと同時に体が肥大化し体の至るところで肌が盛り上がり、体の至る場所から疣のような突起物が現れた。
一也は変貌を遂げていく黄鬼を無言のまま見据えている。
結局、2倍ほどの大きさまで肥大して止まった。その体はもはや黄色ではなく、紫色の肌に突き出した突起物、口からは角のように反り出した歯がまるで象牙のように伸び、月明かりで不気味に輝いている。
その姿はまさに化物そのものだ。
「ふはっはっはっはっ! 『鬼零化』だ! これが出来るのは上級の悪鬼のみ。そしてこうなった悪鬼は既に悪鬼ではない。神と同じ力を手にした――」
「――言わなくても良い。もう知っている……」
今まで無言でいた一也がその言葉を遮り告げる。
「人を脅かすと言われる邪神――邪鬼……だろ?」
そう言ってほくそ笑む一也に邪鬼は怒りを露わにして、襲い掛かった。
一也はその棍棒を出来うる限り腕でガードするが、先程とは比べ物にならないほどのパワーにその防御もすぐに破られ、ほぼ一方的に棍棒で撲りつけられている。
馬乗りになって殴り付けてくる邪鬼の姿が霞んでいく。
「……くそ、なんて馬鹿力してやがんだ……気が遠くなってきやがった……俺もここまでか……」
薄れゆく意識の中で、殺意剥き出しで棍棒を振り下ろし続ける邪鬼を見ながら一也は心の中で呟く。
「……何を弱気なことを言っておるのじゃ? 主様よ……」
意識が朦朧とする一也の耳元で鈴が鳴り、狐鈴の声が聞こえる。
「……狐鈴か……? 俺も焼けが回ったか……あいつがここに居るわけねぇーってのに……まあ、良いや。志穂達を助けてやってくれ……」
「……了解じゃ、任せておけ主様!」
その声の直後、鈴の音が遠くなっていく。
次の瞬間、鬼達の驚く声が聞こえ、今度はしっかりと狐鈴の声が辺りに響いた。
「主様! 小娘共は助けたぞー! 存分に戦うのじゃー!」
「なにっ!? あの化け狐どこに居たんだ!?」
驚き声を上げる邪鬼の腕を掴むと、全身血だらけの一也が呟くように告げる。
「……おい。良くもやってくれたな……」
「なっ!?」
邪鬼が声を上げると、次の瞬間には邪鬼の体は宙を舞っていた――。
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