第19話
一也が広場に着くと、そこには既に教師達と施設の人が集まって打ち合わせを始めている。
その中から年配の男性教師が生徒会メンバーと一緒にいる一也の方へ向かって来た。
「君、悪いんだけど……昼の事もあるし。奥の祠で生徒達を待ってもらっていいかな?」
「別に良いっすよ。暇だし……」
「そうか、それは頼もしい!」
男性教師は嬉しそうに微笑むと、一也は無言のまま森の方へと向かって歩き出した。
森の中を歩いて行くと、石造りの階段が現れる。
「この先に祠があるのか?」
一也は長い階段を見つめ、上へと登り始めた。
階段を登り終えると、そこには赤い鳥居とその先に木造の古びた祠があった。
何かに導かれるように一也がその祠の扉を開け放つ。
「何だこりゃ……」
中の物を見て一也は首を傾げる。
祠の中には猫の石の像が入ってるだけでそれ以外は何もない。
その直後、後ろから志穂の声が聞こえてきて、振り返ると、そこには提灯を片手に満面の笑みで手を振る志穂の姿があった。
「一也~。私もこっちで一緒に待ってていいって~」
「おう! 分かったー!」
一也が祠の扉を閉めようとした直後、中から黒い何かが飛び出した。
それに驚いた一也の瞳に一瞬、黒い尻尾を猫耳の黒髪の小学生くらいの女の子が、裸のまま走り去る姿が見えた。
一也が「なんだ?」っと口を開けていると、志穂が頭をバシッと叩く。
「いってぇ~。何すんだよ!」
「ばか! 一也が先に行っちゃうからここに来るまで私1人で怖かったんだからね! このばか!」
そう言った志穂がもう一度一也の頭を叩いた。
「だからって叩くことはねぇーだろ……」
一也は叩かれた場所を擦りながら言った。
志穂はいつも通りの一也の反応にほっとしたのか表情を和らげると、倒れている一也の横にゆっくりと腰を下ろす。
腰を下ろした志穂はそっと一也の手の上に自分の手を重ねると、一也の顔をじっと見つめている。
一也は月明かりに照らされた志穂の顔を見て胸の高鳴りを覚えた。
それもそのはずだ。月明かりに照らされた志穂の長く薄い茶色の髪が風になびく度に輝き、その頬は微かに赤く染まり、潤んだ緑色の瞳はまるで宝石のように綺麗だった。
「やっと2人きりになれたね」
「ああ、そっ、そうだな」
一也は更に体を寄せてきた志穂に顔を赤く染めると顔を逸らした。
そんな一也の耳元で志穂がささやく。
「こうしていると、幼稚園の頃に家出した時みたいだよね」
「ああ、あの時は、お前が母親に怒られて夜まで近くの公園の遊具の中に隠れてたんだよな」
「そうそう。それで2人で凄く怒られたんだよねうちのお母さんに」
「お前のせいでな。だいたいおねしょぐらいで大袈裟なんだよお前は」
「ちょっ! そこはもう忘れてよっ!」
「――痛でッ!」
志穂は顔を真赤に染めると一也の背中を思い切り叩いた。
一也は身を仰け反らせると、痛みに顔を歪ませながら背中を撫でる。
そんな一也の肩に志穂の肩がそっと当たる。
志穂は一也に寄りかかるようにしながら言った。
「……でも、一也はいっつも優しいよね~。どんな時でも私と一緒に居てくれて……」
「まあ……幼馴染なんてそんなもんだろ……」
照れながら真っ赤に染まった頬を指で掻く一也の横顔を見て、志穂が微笑んだ。
2人はしばらく無言のまま、星空を見上げていると、ある事に気が付く――。
「そういえば、さっきから結構時間経ってるのに誰もこねぇーなー」
「ほんとだねぇ~。どうしたんだろ?」
そう言って志穂は首を傾げると、一也はため息混じりに呟いて立ち上がる。
「はぁ~。ちょっと様子を見に行ってみるか……お前はここで待ってろ!」
「えっ!? やだよ。怖いんだから1人にしないでよ!」
慌てて立ち上がった志穂は一也の服を掴んで、ゆっくりと歩き始める。
2人が施設の前に戻ると、何やら辺りが騒がしい。
「……どうしたんだろう」
「さあな。ちょっと聞いてくるわ!」
一也は近くでトランシーバーを持って通信をしている昼間の太った男性教師に声を掛ける。
「どうしたんすか? なんだか騒がしいっすけど……」
「どうしたもこうしたもないよ! そ、そうだ! 君達、森の中で誰かとすれ違わなかったか?」
慌てた様子でそう尋ねてきた彼に、一也は無言のまま首を横に振った。
すると、トランシーバーから再び通信が入り、その男性教師が応答する。
『今、施設の中を隈なく探したが、女性だけが影も形も見当たらない!』
「了解。もう少し探して見て下さい。こちらも森の中を捜索して見ます」
『はい、了解しました。そちらも気をつけて』
その内容を聞いて、一也は母親の事を思い出しながら、茨木童子の言葉を思い出した。
「……女だけ消えた?」
一也がそう小さく呟く。
「どうしたの?」
「うわっ! 志穂。おどかすなよぉ……」
いつの間にか隣に来て不思議そうに首を傾げている志穂の顔を見る。
そんな志穂に一也は深刻そうな声で告げた。
「実は、女性だけが皆消えたらしい……」
「えっ!? なら早く探しに行かないと!」
「いや、俺には大体の心当たりがある。おそらくこれは悪鬼の仕業だ。酒呑童子っていうな……」
急に険しい表情になる一也。
「酒呑童子ってあの、おばさんを殺し――」
「――ばか! 声がでけぇーよ」
一也は思わず大きな声を出そうとした志穂の口を塞ぐ。
志穂はその手を除け、荒く呼吸をすると一也の事を睨んだ。
「はぁ……はぁ……息が出来ないんだけど……」
「わ、わりぃー」
涙目で訴えてきた志穂に、一也は苦笑いを浮かべ謝る。
「でも、だとしたらどうやって探すの? 今は狐鈴ちゃんも居ないのに……」
「確かに俺じゃ、悪鬼の居場所を探すことは出来ない。さて、どうすっか……手当たり次第に探すってわけにいかねぇーしなぁ……」
困った様子の一也を不安そうに見つめていた志穂が、決意に満ちた表情で一也の顔を見つめる。
「……一也。私が囮になる!」
「なっ、だめに決まってるだろ! お前、どれだけ危険か分かってない! 1つ間違えれば、おふくろみたいになるかもしれないんだぞ!?」
「……でも、もうそれしかないでしょ? もう女子は私しか残ってないんだし」
「だめだ! 志穂が危険な目に合うのを黙ってるわけにいかねぇー! もっと別の方法があるはずだ!」
一也は声を荒げると、志穂の肩を両手で掴んだ。
志穂は一也の顔をじっと見つめ、徐ろに口を開く。
「時間を掛けてると、皆の身が危険だし。最悪手遅れになるよ……?」
「……でもな、お前、前にも悪鬼に襲われてるし……怖くないのか?」
「……うん、怖いけど……でも、皆が死んじゃう方がもっと怖いから……」
震えながら志穂は一也を見上げる。
「――分かった……でも無理はすんなよ! 怖くなったら大声で叫べ。すぐに俺が飛び出してく!」
「うん。頼りにしてるね!」
一也のその言葉に力強く答えた志穂。
2人は森の中に入ると、志穂は祠までの道中に提灯を持ち皆を探しているふりをする。
木の影から一也はそれを見守った。
しばらくすると、志穂の睨んだ通り。黄色い鬼が2体現れた。
悪鬼は本来人の目で確認することが出来ない。更に厄介なのは悪鬼が触れている人間も姿が見えなくなってしまうということだ――その為、目撃者が誰も居ないのは当然と言える。
志穂は目の前に悪鬼が現れると、腰が抜けたのかその場に力無く座り込んでしまう。
2体の悪鬼は志穂を見て首を傾げながら話を始める。
「まだ雌が居るぞ? 取り逃がしたのか?」
「いや、俺が確認した時には確かに全員捕まえた筈だ」
「…………」
悪鬼は少し間を開けて、志穂を拾い上げる。
「えっ? ……な、なに?」
「……逃げられても面倒だ……」
その直後、手の中の志穂を握るようにして志穂の体を締め上げる。
「うっ! ……きゃああああああああッ!!」
「――ッ!? 志穂ッ!!」
木の影から咄嗟に動こうとした一也の瞳に、苦痛に表情を歪ませながら志穂が必死に一也の方を向いて首を横に振っている。
その仕草から一也は志穂の意図を汲み取り、その場に立ち止まったまま拳を強く握りしめる事しか出来なかった。
待ってろよ……必ず皆助けてやるからな!
そう心で呟くと決意に満ちた表情で一也は悪鬼を睨んだ。
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