第11話
翌日、忙しなく準備を始めた一也に、エプロン姿の志穂が不機嫌そうに声を掛ける。
「どうして一也は昨日のうちに準備しておかないかな~。そんなんでよく一人暮らし出来ると思ったよねぇ……」
「……うるせぇーな。それとこれとは関係ないだろ? それに昨日は戦闘で疲れてたんだ。仕方ないだろ?」
一也は大きなバッグに必要な物を詰め込みながら眉をひそめて言葉を返した。
「もう……なら早くしてよね。皆との待ち合わせに遅れちゃうから」
「へいへい……」
志穂は生返事をする一也に小さくため息をついてその場を後にした。
一也はバッグの中に下着を詰め込みながら、喫茶店で安易に返事をした事を今更ながらに後悔していた。
何故なら……。
「はぁ……。まさか泊まりがけとは思わなかった……」
一也はそう呟いて大きなため息をつく。
それを告げられたのは夕食の唐揚げを食べ終わった後だった……。
テーブルの上に置かれた皿の上の山盛りの唐揚げを食べ終え、一也と狐鈴が満足そうに言った。
「はぁ~。食った食った~」
「うむ。いなり寿司といい。この唐揚げといい。狐色の食べ物に不味い物はないの~」
「そう、それは良かった。狐鈴ちゃんは好き嫌いしないでなんでも食べて偉いね~。それとひきかえ一也は……」
そう呟くと志穂は目を細めながら一也の顔を見つめた。
その軽蔑の眼差しを受け、一也が口を開く。
「う、うるせぇーな。俺はトマト嫌いなんだよ。ガキの頃から知ってるだろ?」
「でも、それを狐鈴ちゃんに押し付けるのはどうかと思うけど……」
「トマトも美味しかったぞ! 主様は妾の好物を譲ってくれるから大好きなのじゃ~!」
呆れ顔でそう呟く志穂を余所に、狐鈴はそう言って一也の胸に飛び込んだ。
志穂は小さくため息を漏らすと、食器を片付け始めた。
その時、志穂が何気なく衝撃的な一言を一也に告げる。
「ああ、一也。明日の奉仕活動は一泊二日だから……」
「……なっ、なにぃぃいいいいいっ!?」
一也はその衝撃的な一言に大きな声で叫んだ。
その声を聞いて狐鈴と志穂が耳を抑えながら叫んだ。
「「うるさい!!」」
「……わ、悪い」
っという事があった――。
その後、わざわざ一度家に帰って荷物を持ってきた志穂が一也のマンションに泊まり。今に至るというわけだ……。
「あいつのお人好しにも困ったもんだ……。どうせ手伝うなら金を貰えよな。労働に見合った賃金を貰うのは、基本的人権と同じくらい重要なんだぞ? 無償で働かされたら、それはまるで奴隷じゃないか!!」
「――なに、屁理屈言ってるの……?」
一也が苛立ちを抑えられずに独り言を呟いていると、志穂が一也の部屋のドアから顔を覗かせた。
「うわっ!?」
一也は一瞬驚いたものの、直ぐ様言葉を返した。
「いや、俺は人権について考えていただけだ。断じて屁理屈じゃない!」
「……ふ~ん。で、終わったの?」
志穂はさらっと一也の言葉を聞き流すと、尋ねてきた。
「うっ……まだです」
「もう。仕方ないなぁ~。何が足りないの? 持ってきてあげるっ!」
「服と下着は入れたから、それ以外かな?」
志穂はそれを聞いて「服と下着以外って……」っと呆れ顔でため息を漏らした。
「タオルと歯ブラシは一也の分も新しいの買っておいたし……あ、一也ズボンも出しておいてね、アイロン掛けとくから! 後は……エッチな本は要らない?」
しばらく顎に指を当てて一也に尋ねた。
「ちょっ! 要らねぇーよ! そんなの持ってねぇーし……」
「そう? なら本棚の奥に隠してあるエッチな本も処分する?」
「なっ、なっ、なんでお前がそれを知ってるんだよッ!!」
一也が慌てて叫ぶと、志穂がくすっと微笑んだ。
「長い付き合いだし、それくらい知ってて当然だよ~。一也も男の子だもんね。そういうのの一冊くらい持ってたって良いよね~」
「……俺は別に……」
一也がバツが悪そうに俯きながら呟くと、志穂はにこにこしながらリビングの方へと戻っていった。
「あいつ……やっぱり超能力者じゃないのか……?」
子供の頃からそうだが、志穂は感が鋭く。隠れんぼをすると一也は真っ先に志穂に見つかってしまう。その早さといえば、一也が隠れるところを見ていたか、そうでなければ超能力でも使っているのではないかと思えるほどだ。
一也は身震いしながらそんな事を思い出していると、今度は狐鈴が眠そうに目を擦りながら部屋に入ってきた。
「ふわぁ~。ぬし……さま? どこかおでかえなのかの?」
「ああ、2日間。出掛けてくる。志穂が作ってくれた飯が冷蔵庫に入ってるから、それを温めて食べてくれ……それから」
一也は徐ろに立ち上がると狐鈴の前で屈んで、はだけている着物の帯を結び直してやる。
「まだ夜は冷えるからな。ちゃんと着て寝ろよ?」
「……うむ。わあったのじゃ……」
狐鈴はそう呟くと一也の肩にもたれ掛かって再び夢の中へと落ちていく。
一也はため息をつくと、狐鈴を抱き上げ、自分のベッドの上に寝かせた。
再び準備を始めていると、今度は志穂が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「一也、大変! 大変なの!」
「何だよ。今、準備してるだろ?」
「違う! 狐鈴ちゃんが一緒に寝てたはずなのに私のベッドにいないの!!」
「狐鈴なら今さっき俺のところに来てそこに寝てるぞ?」
一也はそう言うと顔だけ動かして、ベッドの方を一瞬見る。
志穂は一也のベッドの上で、すやすやと寝息を立てている狐鈴を見てほっと胸を撫で下ろした。
そんな志穂に一也がため息を漏らす。
「お前は少し過保護過ぎるんだよ。少し目を離したくらいでどこかに行ったりしないって」
「一也が人に関心がなさ過ぎるんだよ。もっと他の人にも興味持たないと、孤立しちゃうよ……」
そう告げた志穂は悲しそうな瞳で一也を見た。
その時、一也は感じていた。
『志穂は本人よりも一也の事を気に掛けているのだと……』
一也は今にも泣き出しそうな志穂に向かって語り始める。
「志穂……いつも心配掛けて悪かったな。でもさ、俺は1人の方が気が楽で良いんだよ。勉強も出来過ぎると、それを維持するのも大変だろ? でも、俺は記憶力が良いからそれが出来る――それってよ。凄い事だけど人間業じゃないんだよな……」
一也は少し遠くを見るような目をしてそう呟くと、話を続けた。
「だからさ。俺は普通だと思っても、他人から見たら常識外れになるんだよな。だから良いんだよ俺は……志穂。お前が居てくれればさ!」
「一也……うん! 私は何があっても一也と一緒に居るからね!」
志穂はその言葉に力強く頷くと、そう言葉を返す志穂に一也が微笑みかけた。
「さて、早く終わらせて飯にしようぜ! 腹減った……」
「うん! なら私アイロン掛けてくるから!」
志穂はそう言うと一也からズボンを取り返すと、上機嫌で部屋を出ていった。
一也は荷物の忘れ物が無いか、最終チェックを終わらせると、自分のベッドの上で狐鈴を起こしにかかる。
狐鈴は大きなベッドの上で背中を丸めた状態でぐっすりと眠っている。
その姿を見ていると、狐鈴が狐である事に実感が湧いてくる。
ちょっと起こすのも可哀想な気がするが、後で騒がれても面倒だしなぁー。しゃーないか……
一也は気持ち良さそうに眠っている狐鈴の体を揺すった。
「ほら、起きろ狐鈴」
「……うぅ~」
狐鈴は不機嫌そうに唸ると、その一也の手を握りしめる。
一也はそれを直ぐ様払おうとしたのだが、動かない……。
それもそのはずだ。妖狐である狐鈴は悪鬼との戦闘も生身で行える式神なのだ。その為、普段力を意図的に制御しているのだろう。
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