第9話
隠れて様子を窺っていた狐鈴と志穂も、狐鈴が志穂を抱きかかえるようにして慌てて一也と同じビルへと飛び移った。
そんな2人に一也が声を掛けた。
「2人とも、ケガはないか?」
「うむ。大丈夫じゃ!」
「こっちも大丈夫だよ。狐鈴ちゃんが助けてくれたから!」
そう返ってきた言葉に一也がほっとしたのも束の間。次の瞬間には2人の後ろに一瞬にして赤鬼が現れた。
「ケガはないか? だと……? ケガどころか骨も残さないくらいに吹き飛ばしてやるぜ!!」
赤鬼の拳が2人目掛けて振り下ろされる。
だがその直後、赤鬼の腕が宙を舞う。すると腕を斬り落とされた左肩から大量の黒い血が吹き出す。
「……なんだと!?」
赤鬼は突然の事に驚き声を上げると、前に突然現れた一也を睨んで残った右腕を一也に向けて振り下ろす。
「ふっ、ふざけるなよ! 下等生物風情がッ!!」
一也は刀をもう一度振り抜くと、赤鬼の体が真っ二つに分かれ地面に倒れる。
まるで汚い物でも見るかのように、一也は赤鬼の亡骸を見つめた。
「不意を突くなら、もっと速く動けよ……止まって見えてんだよ。バカ……」
そう言葉を吐き捨てるように呟くと、崩れたビルの方を向く。
すると、もう一度爆発音が鳴り響いた。
ドカンッ! っという爆発音とともに飛び出してきた茨木童子の手には成人男性の身の丈程ある刀が握られている。
「赤鬼を倒すとはやる! だが、儂が刀を抜いたからには塵すら残さぬ!!」
茨木童子が雄叫びを上げながら大刀を振り抜いた。
一也はその大刀の刃を刀で防ぐと、その勢いに負け、ビルの宣伝広告の看板をぶち破って隣のビルの外壁に激突した。
一也の吹き飛ばされたビルは下半分の部分だけを残して土煙を上げている。
「――ぬしさま!!」
「一也!!」
それを見て狐鈴と志穂が同時に叫んだ。
茨木童子はそれを見て微笑を浮かべると、今度は狐鈴と志穂の方を見て不気味な笑みを浮かべている。
狐鈴は目尻に溜まった涙を拭うと、志穂の前に立ちはだかった。
「ほう。主をやられてもなお。この儂と戦おうとは……見上げた忠誠心だ。そうだ! 女は酒呑童子への手みあげに、お前は儂の愛玩動物にしてやろう!」
「……誰が鬼の愛玩動物になどなるものか! くうぅぅ……主様の仇じゃ!」
狐鈴は涙ぐみながらも、懐から護符を取り出して叫んだ。
その後ろで震えながら茨木童子を見つめている。
「ふん。お前が嫌がっても……儂がそうしたければお前はそうなるしかないのだ!!」
茨木童子は大刀の峰を狐鈴に向けたその時。一也が飛ばされたビルから盛大に土煙が上がり。
一也が刀を構えながら勢い良く飛び出してきた。
その刃先が茨木童子の頬を斬ったかと思うと、次の瞬間にその後ろに立っていた青鬼の腰から上がズルリと地面に崩れ落ち、噴水のように漆黒の血が噴き上がった。
その血を浴びながら刀を肩に担ぎ上げた一也があっけらかんとして言った。
「悪いな。お前の部下の方を間違って斬っちまった……。この頃、刀使ってなくてさ、どうも加減が出来なくてよ……」
その言葉を聞いた茨木童子は自分の頬を伝う血を手で拭うと、大口を開けて笑い始める。
「ふふふっ、はっはっはっはっ!! 儂の一撃を受けて立っているどころか、一太刀浴びせる者に会ったのは何千年ぶりだ……ここからは手加減できそうにないぞ?」
「ああ、俺も刀を使う相手に合うのは久しぶりだから、手加減出来ないぜ?」
2人の殺気が辺りにピリピリとした空気を漂わせる。
その空気を振動させるほどの殺気は、素人の志穂でさえ恐怖を感じるほどだ。
すると、志穂の横に居た狐鈴が震える声で呟く。
「――これが主様の本気……妾も初めて感じるこの腸を抉られるようなこの闘気……さすがは妾が見惚れた殿方じゃ……」
「……狐鈴ちゃん。男の子って凄いね……」
志穂は狐鈴の小刻みに震える体を抱きしめると、耳元でささやいた。
狐鈴は志穂の顔を横目で見ると、静かに頷いた再び一也の方を見つめる。
茨木童子はニタッと余裕の笑みを見せ、徐ろに口を開く。
「これほどの者がこの世にも居たとはな……人間。お前の名はなんという!」
「……東郷一也だ! 俺もお前に聞きたい事がある! 俺のおふくろを殺したのはお前か……?」
茨木童子は口元に微かな笑みを浮かべ告げる。
「……どうだろうな。お前が儂に勝てれば教えてやっても良い」
「そうか……それだけ分かれば十分だ!」
それを聞いた一也の体から青いオーラが溢れ出し、更に空気が振動する。
その感覚に茨木童子も満面の笑みで叫ぶ。
「そうだ! その殺気だ! 儂はこの時を待っていた! うおおおおおおおッ!!」
「はああああああッ!!」
2人は咆哮を上げながら斬り掛かり。瞬きするほどの時間でその勝敗は決した――。
一也は前に倒れるように地面に崩れ落ちた。その太股の辺りから血がズボンの内側から滲み出ている。
だがその直後、茨木童子の膝が地面に着く。
「み、見事だ……東郷一也。――ぐはっ!」
良く見ると、茨木童子の左腕が肘の辺りから無くなっている。
茨木童子は満足そうに笑みを浮かべると立ち上がり、一也に向かって言った。
「約束通り。お前の母を殺めたであろう者の名を教えてやる……お前の母を殺めたのは酒呑童子だ」
「酒呑童子……」
茨木童子は倒れている一也に背を向けると徐ろに歩き出した。
一也は持っていた刀を支えに立ち上がると、その場を立ち去ろうとする茨木童子に向かって叫ぶ。
「待て! どこに行く! 俺はまだ戦える!」
「儂も腕をやられた。今お前を殺しても儂はそこのチビ助にやられるだろう……それではつまらん。それに儂はもう一度お前と戦いたい……今度再び会う時まで勝負は預けておく! また会おう、東郷一也! はっはっはっはっ!!」
茨木童子はそう言い残して空間の歪みの中へと消えていった……。
空間の歪みが完全に消えたのを確認して、狐鈴と志穂が一也の元へと駆けてくる。
「主様、大丈夫か!?」
「足ケガしてる! 早く失血しないと!!」
2人を見てほっとしたのか、一也はその場に尻餅をつくと満足そうに微笑んだ。
慌てて駆け寄ってきた志穂が、包帯代わりに自分の制服のスカートを引き裂こうとすると狐鈴がそれ止める。
「何をしておるのじゃ! そんな物よりももっと良い物がある!」
「……えっ?」
狐鈴は志穂にそう告げると、懐から護符を取り出し、それを一也の傷口に貼り付けた。
その後、志穂に少し離れるように指示を出すと、両手を前に突き出して何やら文言を口にし始める。
『我は神の加護を受ける者なり。我、天に代わり。この者に祝福を与えん』
その言葉を言い終えた直後、一也の傷口の辺りを緑色の光が包みこむ。
自分の胸の辺で手を重ねて、その光を心配そうに見つめる志穂。
それからしばらくして狐鈴が手を下ろすと、一也の傷口に貼っていた御札を剥がす。
志穂が一也の傷口を見て驚きの声を上げた。
「こ、これってどういうことなの!?」
だが、志穂が驚くのも無理はない。確かに少し前までは痛々しいほどにぱっくりと開いていた一也の傷口が、今はその跡形も無い。
しかも、斬られていたはずの布まで再生されている。
「ふふふっ、驚いたであろう? 有能な式神は補助から治癒まで、全てを網羅しておらねばならんのじゃぞ?」
「へぇ~。狐鈴ちゃんそんなに小さいのに偉いね~」
志穂は自慢気に胸を張っている狐鈴の頭を撫でた。
「ふふっ、えらい、えらい!」
「や、やめぬか! お前に褒められたって嬉しくもなんともないわっ!」
狐鈴は不機嫌そうにそう言うと、志穂の腕を振り払う。
その後、ビシッと志穂に指差しながら言い放つ。
「良いか! 主様は他の殿方とはまるで違うと今日の戦いで、妾は確信を得た! こうなったら主様はお前のような者には渡さぬぞ! もしもがあったとしても妾が正室、お主は側室じゃ!!」
「……えっ!?」
志穂は驚きを隠せない表情で狐鈴を見つめている。
そんな2人のやり取りを見て一也が呟いた。
「お前ら……人が勝利の余韻に浸ってる時に何を変なこと言ってるんだ?」
のそっと起き上がった一也は狐鈴の頭を優しく撫でる。
「志穂を守ってくれてありがとな、狐鈴」
「えへへ~。お安い御用なのじゃ~、主様」
一也に頭を撫でられたことが相当嬉しかったのか、狐鈴はだらしないほどに顔を綻ばせている。
しかし、そんな一也達の様子を遠くから窺う者達が居た……。
その人物は夏が近いというのにも関わらず。厚いパーカーを着てフードを目深にかぶっている。
そしてその傍らには肩が出るほどの大きな白いTシャツにデニムのシートパンツを穿いた小学生くらいの犬耳に白髪の女の子が、まるで犬のような格好で座っている。
「へぇ~、さすがあのプライドの高い妖狐が付くくらいの奴だね。なかなか強いじゃん!」
「……そうね。でも、彼はまだ本気を出し切ってない……月夜、私はあの男の側に付くつもりよ」
「ふふっ、珍しいね。男に興味を持つなんてさ!」
月夜はそう言ってその赤い瞳で少女の顔を見上げて微笑む。
「そうじゃないわ……同じ鬼神として興味があるだけ……京東清城学園1年2組 東郷一也君にね」
だが、少女は目線を逸らすことなく。一也の方をじっと見つめている。
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