鬼を喰らう鬼神~最強の力を手にした少年の復讐の物語~

北条 氏也

第一章【人と鬼とは紙一重】

第1話

 日本古来より鬼という存在は人々に災いを及ぼす者とされてきた。そのほとんどが人の心――恐怖、憎悪、羨望などの負の感情が形になったものと一節には語られている。


 人間とは弱い生き物だ……だからこそ、古来より人間は鬼の存在と密接な関係がある。そしてそれは単なる空想の話ではなく、現代の社会にもおいても鬼は悪影響を及ぼす存在なのだ――。


 夜間の都会のビル群の中、とあるビルの裏で複数の不良に絡まれている状況で顔色一つ変えない男子高校生がいた。


「おい、お前。1人で俺達全員に勝てると思ってんのか? ああんッ!!」


 不良のリーダー格の学ランを着た少年が、ボタンも締めずにだらしなく紺色のブレザーを着ている少年のネクタイを引っ張った。

 その手を軽く振り解くとブレザーの少年が徐ろに口を開く。


「やめろよ、苦しいだろうが……。それに勝つとかじゃなくてさ。さっきから金を置いて消えろって言ってるだろ? お前、記憶力ねえのな」 

「この野郎ー。なめやがって! ぶっ殺してやる! やっちまえてめーら!」


 その少年の発言に激怒したリーダー格の少年がそう叫ぶと、周りにいた少年達が一斉に襲い掛かる。


 ブレザーの少年は「仕方ねーな」っと呟き面倒そうに頭を掻くと、まるで瞬間移動でもしているかのように素早い身のこなしで不良達を一人一人確実に仕留めていく。


 最初は15人くらいいた取り巻きの不良は皆地面に倒れ、残るはリーダー格の少年1人となる。


「な、なんなんだ……おめー。めちゃくちゃ強――」


 そう口にするよりも早くブレザーの少年の拳がリーダー格の少年の右頬を捉え、彼は力なくその場に横たわった。ブレザーの少年は倒れた少年達のポケットから財布を抜き取ると、その中身を抜き取り放り投げる。


「これだけ倒して2万いかねーのか……しけてやがるな……。まっ、良いわ。ありがとさん」


 そう言い残すと、ブレザーの少年はふらふらと夜の街に消えていった。


 彼は私立都東清城学園高等学校に通う1年2組 東郷 一也。黒髪の短髪に紫の瞳。スポーツ万能、容姿端麗、成績は普通、生活態度は超最悪。そしてこの学園一の不良である……。


 机に向かいテスト用紙にすらすらとペンを走らせていた一也が、突然ペンを置いて呟く。


「さて……こんなもんかな?」


 一也は席を立つとその答案用紙を教卓の上に置くと、大きなあくびをして扉の前まで進んだところで、監督の教師に呼び止められる。 


「ちょっと待て東郷。いったいどこに行く?」

「どこって。もう分からないんで、退室するんですが……それが何か?」


 スーツにメガネを掛けた吊り目の教師が指でメガネの位置を直し、不機嫌な顔で立っていた。


 教師は一也の目の前まで行くと、教卓に置いた答案用紙を広げる。

 それを見て一也は不機嫌そうな顔で首を傾げた。


「他の奴に答え見えるんでやめてもらっていいっすか?」

「嫌ならどうして白紙の解答欄がこんなにあるのか答えてもらって良いかな? 東郷君」


 その言葉通り、一也の出した答案用紙には始めのうちはびっしりと書いてある解答が後半の方は解答欄が真っ白になっていた。

 その事を指摘された一也は大きなため息をつく。


「はぁ~もう提出してるし。後は先生に任せるんで……そんじゃもう眠いんで失礼しま~す」


 一也はそう言い残して教室を後にした。

 教師はその後も文句を垂れていたが、一也はそれに耳を傾けることは無かった。

 昼休み。一也はいつものように屋上から空を見上げていた。


 学園の屋上は誰でも出入りできるのだが、一也が居ると学校中の生徒が知っている為、誰もここに来ることはない。

 それは一也にとっては好都合だった。真っ青な空を流れる雲と季節で変わる風の感触や匂い。それが、一也にはとても心地良く感じた。一也はこの憩いの一時を邪魔されるのが嫌だった。


 不良である一也には、学園に友達と呼べるような生徒は1人もおらず。交流があるのは他校の不良達ぐらいなものだ。


 それも、仲が良いわけではなく。どこからともなく一也の噂を聞きつけて喧嘩を売りに来るバカ共なのだが……。


「ふぁ~、授業も退屈だし。今日も不良から金を巻き上げてゲーセンに行くかぁ~」


 あくびをしながらそんな事を口走っていると、入り口の扉が開いたと同時に声が響く。


「またそんな危ないことして! 何かあったらどうするつもりなの!?」

「……ん? その声は志穂か?」


 一也が下を見下ろすと、そこには茶髪で髪の長い女の子が腰に手を当て目を鋭くさせながら一也を見上げていた。


 彼女の名前は八重咲 志穂。一也の幼馴染で成績優秀、容姿端麗、おまけにこの都東清城学園の生徒会長をしている。学園内にはファンも多く。ファンクラブもある程だ――。


 一也は面倒そうに高台から下に飛び降りる。


「なんだよ。別にお前に迷惑かけてるわけじゃねーだろ? 生徒会長」

「その呼び方止めてって言ってるのに……」

「なら客寄せパンダの方が良いか?」

「どうしてそうなるのよ! もう!」


 志穂は顔を真っ赤にさせながら叫ぶ。


 一也の通う都東清城学園は今年新設されたばかりで、一也の父、東郷 好造が幼馴染の志穂はモデルをお願いした事で、学園のポスターにも載っている。一也の《客寄せパンダ》という発言はそこからきたものだ。

  

「もう。一也はその言い方を直さないと女の子モテないよ? やってる事は良いのに……この前だって他の男子に絡まれてた3組の星影さんを助けたんでしょ?」

「ああ、あの子な。助けたというか……怒鳴ったらあいつらが逃げて行っただけだな。別に俺はなんもしてねーし」


 一也がそう言葉を返すと、悪戯な笑みを浮かべながら志穂が呟く。

「もう風紀委員にでもなる? そしたら生徒会でも一緒になれるし……」

「はあー!? 冗談はよせよ! お前とは放課後に一緒に帰るだけで十分だって!」


 志穂とずっと一緒に居たら、真面目にするしかなくなるから面倒だ……


 一也はそんな事を思いながら全力で拒否する。

 志穂とは幼馴染の事もあり、もう相当長い付き合いになる。


 その長い付き合いの中でも『めんどくせー』が口癖の一也を何度も更生させようと志穂が行動する度に、一也は酷い目にあってきた。


 プール清掃、校舎の周りの草むしり、地域のゴミ拾い、施設でのボランティア、駅前での募金活動やビラ配りなどなど……事ある毎に付き合わされてきたのだ――。


「そんなに嫌がること無いじゃん。私はしっかりネクタイ締めた一也の姿、見てみたいな~」


 志穂の期待に満ちた瞳を軽く受け流すと、一也はそっぽを向いた。


「ネクタイなんてあんな息苦しい物。首からぶら下げてるくらいが丁度良いんだよ! それより、俺に何か用があったんじゃないのか?」

「あっ! そうそう!」


 志穂は思い出したように手を打ち鳴らすと、持っていたバッグの中をから青い袋を取り出した。 


「お弁当作ってきたんだ! きっと一也のことだからお昼もろくなの食べてないんでしょ?」

「失礼な奴だな。ちゃんと食ってるよ」


 一也の言葉に志穂は疑惑の瞳を向ける。


 一也はその視線を避けるように目を逸らす。

 それは親の都合で一人暮らしをしている一也の食生活は普通の高校生よりは偏りがあるかもしれない。


 しかも、志穂はちょくちょく一也の家に来ては料理を作ってくれている。

 おそらく、一也よりは冷蔵庫の中身を把握している事は間違いなかった。

  

「とりあえず食べよ! 私もさっきまで生徒会の資料整理してたから、もうお腹ペコペコなんだ~」

「へぇー。生徒会長も大変なんだな――おっ! 唐揚げに卵焼きも入ってんじゃん!」


 お弁当箱を開けた一也が、中身を見て声を上げると、志穂は自信満々に答えた。


「卵焼きは一也の好きな甘いやつだからね! これでも幼馴染として、一也の味の好みは知り尽くしてるんだから。料理上手な幼馴染で良かったでしょ?」

「ああ、料理の腕は折り紙つきだからな! これで口うるさくなければ言うこと無いんだけど……」

「口うるさいのは一也がしっかりしないからでしょ! 今日だってテスト中に――」

「――いただきまーす!」


 志穂の言葉を遮りお弁当を食べ始めた一也に、少し呆れながらも志穂もお弁当を食べ始めた。

 お弁当を食べ終わると、志穂が徐ろに口を開いた。


「ねぇー。一也は勉強できるのに、どうしてああいうことするの?」

「ん? ああいうことって?」

「だから、テストのこと……」

「…………」


 一也はその志穂の言葉を聞いて表情を曇らせる。

 2人の間に深い沈黙が流れた。

 それからしばらくして、一也がゆっくりと呟く。


「俺はさ。何でもできちまうだろ? だから、周りに妬まれるんだよ」

「……そうだよね。一也は私なんかよりも優秀だもんね。小学生の時だって、私をかばって……」


 昔の事を思い出しながら表情を曇らせる志穂。 

 そんな志穂の様子を見て、一也は突然志穂の背中を叩いた。突然の事にむせ返りながら驚いた顔で一也を見た。


「お前は色々気にし過ぎんだよ! もっと適当に生きろよ。適当にさ!」

「急に叩くからなんだと思えば……。皆が一也みたいだったら、世界が滅亡しちゃうでしょ!」

「ははは、そうそう。それでこそ志穂だよ!」


 一也は志穂の頭を撫でながら微笑むと、志穂は頬を赤らめながら俯いている。

 その直後、志穂が呟くように尋ねる。


「一也。昔した約束……覚えてる?」

「……約束?」

「ほら、幼稚園の最後のクリスマスに私の家での約束……」

「あぁ……何だったっけか? お前とした約束なんて多すぎてなぁ……。わりー分かんねーわ!」


 一也がそう言って笑うと、志穂は「そうだよね」っと少し寂しそうに呟く。

 それを察した一也が慌てて話題を変える。


「そういえば、今日はもう終わりなんだろ? 生徒会の仕事終わったら声掛けろよ。俺はここに居るから」

「うん! また後でね!」


 志穂はそう言って微笑むと、走って校舎の中へと戻っていった。一也は小さく息を吐く。


「相変わらず分かりやすい奴だな。あいつは……」


 一也はそう呟いて空を見上げた。

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