第42話タケル編【舞花のもとへ②】

 坂道は想像していた以上に難しかった。今までも坂道は通って来たが、ここまで勾配がある坂は初めてだった。でもここを登り切れば舞花のもとへ行ける。今はそれだけに集中して必死に前に進んだ。


『こりゃ明日は筋肉痛だろうな。』


と確信した。それでも何とか頂上まで登りきることが出来た。距離はそう長くはない。下から大体あっても10mくらいじゃないかと思う。道幅も広く乗用車が余裕ですれ違えるくらいはあった。下を見ると、帰る時の不安が頭をぎった。


『まぁ、帰る時のことは帰る時に考えよう。ここに舞花が眠っているんだ。やっと来られた!』


気付いたら僕は前日までのモヤモヤした気持ちはまったくなく、純粋に舞花に逢えることだけを楽しみにしていた。一瞬、牧野の存在すら忘れていたくらいだった。


「それでは中に入りましょう。」


と声がするまで、本当に一人で来た気になっていた。僕は短く「はい」とだけ返事をして先を急いだ。霊園はバリアフリーになっていた。墓石以外もすべてコンクリートが敷かれていて移動はとても楽だった。ただ、舞花のお墓の場所が分からない。僕は霊園の事務局に立ち寄り、聞いてみた。事務局の人は案内すると言ってくれた。僕はその事務局に置いてあった仏花と線香を購入し、霊園の人について行った。霊園内を事務局の人、僕、牧野の順に並んで舞花のもとに向かった。

 舞花のところまで案内され、僕は母以外に知り合いの名がある墓を初めて見ることに気付いた。その墓には〇〇家之墓、みたいな文字はなく表には【夢】の文字が刻まれていた。墓の横に舞花の名前があった。ここに舞花が眠っているのは間違いなさそうだ。

 僕はしばらく目の前の墓を見つめていた。自分たちの目の前で旅立っていったというのにやはりこうして墓を目の前にしても舞花がこの世から居なくなった現実をどこかで否定したかったのか、墓参りなどでよくやる『やっと来られたよ。』など心の中で囁く・・・みたいなことをする気にはなれなかった。


「あの・・・お花、挿せますか?」


僕の止まった時間をわざと動かすように牧野は聞いて来た。僕は一瞬、イラっとしたがそれが牧野の仕事だと理解を示し、


「挿してください。」


と頼んだ。牧野は軽く会釈をしながら僕から花束を受け取り、花立てに挿してくれた。線香も牧野がつけてくれ、僕は線香置きに置くだけだった。墓石に一度だけ水をかけ、手を合わせたが心の中には何も言葉が浮かばなかった。ここまで来る間に舞花に色々話そうと思っていたのに、墓石を目の前にした途端、僕は現実を受け入れられなくなったのかもしれない。


『ここに舞花は居ない。居てほしくない。』


そんな気持ちでいっぱいになった。これではただの駄々っ子のようだ。こんな姿を舞花が見ていたら、絶対に怒鳴られるだろう。あと数回、ここに通ったらきっと現実を受け入れられるだろうと思うことにした。そして今日は現実を受け入れなくてもいいと自分に納得させた。


「ありがとう。もういいよ。帰ろう。」


僕は牧野に向かってそう言った。彼女は、


「もういいんですか?もっとたくさん話すのかと思っていました。あ、私が邪魔なら管理事務所の中で待ってますよ。あそこは休憩も出来るので。」


と言ったが僕は再度帰ると伝えた。牧野は、帰ろうとしなかった。そして、


「私も舞花に手を合わせていいですか?ちょっとそこで待っていてください。」


と言った。そりゃそうだ。せっかく来ているのだから牧野だって手を合わせたいだろう。僕は黙ってその場で待つことにした。牧野はしゃがみ込み、手を合わせながら、


「舞花。やっと連れて来たよ。舞花は、ここで偶然会ったらって言ってたけど、ここより前に偶然会っちゃってたよ。この前来た時も報告したけど、施設ではなく、私はココで渡そうって決めてたからこれから渡すね。」


と声に出して舞花に何かを報告していた。僕は、何の話をしているのか?彼女は舞花がここに眠っていることを既に現実として受け入れているのか?そりゃそうか。もう何度も来ているんだろうから。などと思っていたが、黙ってその場にいるしかなかった。

 牧野は、ゆっくりと立ち上がり僕の方を向いた。そして、


「今から、タケルさんに手紙をお渡しします。」


そう言ってカバンから一通の手紙を取り出して僕の目の前に差し出した。宛て名は書かれていなかった。裏返すとそこには信じられない名前が書かれていた。


【白井舞花】


の文字だった。

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