第34話タケル編【前を向いたら】

 新しい施設での生活が始まった。

リハビリ専門病院と言うだけあって、敷地には様々な環境が揃っていた。

誠也が転院の日に来てくれたおかげでモヤモヤしていた気持ちが晴れて、ここでの生活も前を向ける気がしていた。病室は病院と言うよりアパートの一室と言う感じの部屋だった。退院した時に立ちはだかる段差なども多少あった。

 最初の病室はいわゆる病院の部屋に近い感じで、トイレや風呂は廊下を出ないとない。しかし生活に慣れて来ると段々外での生活に近い状態の部屋になるらしい。僕の部屋にあるものは、ベッドとタンス。そして二人掛けのソファがありその前にはテーブルもあった。タンスはハンガーで掛けるタイプだったが高さは自分が思っていたものよりはるかに低かった。車椅子でも取ったり掛けたり出来る高さだと最初は気付かなかったが、タンスの前に行って納得した。こういうところから普通の家での生活を変えなくてはいけないのかと変に冷静に納得している自分がおかしくなった。

 食事は食堂で食べるようだ。テレビはあるがテレビカードを買わないと観られないタイプのものだった。


『お金を少し置いて行ってくれたけどこれでどれくらいもつのか見当もつかないなぁ。』


と僕は思ったが、そんな先のことまで考えていられない。まずはここでの生活に慣れていくことが先決だった。しかし・・・相変わらず僕には興味も心配もない様子の両親に言葉もなかった。我が子が障害を負った時の両親ってどこもこんな感じなのだろうか?とふと思ったが、考えても僕は他の家庭の子供ではなくあの両親の子供なのだから他の家庭と違ったところでどうすることも出来ないので考えるだけ無駄だと思い、やめた。


「パジャマに着替えるのは夕食の後になります。今はまだ洋服のままでいてくださいね。」


入所時から僕たちを案内してくれていた人がそう言った。


「はい。」


僕は素直に従った。


「あの・・・」


案内してくれた人が続けた。


「もしかしたらBAD BABYSのタケルさんじゃないですか?」


その言葉に僕は絶句した。まだその名前を憶えていてくれている人がいたことにも驚いたが、僕がそのメンバーだったことを覚えていてくれている人がいたなんて思いもしていなかったからだ。驚いている僕にその人は、


「あ、ごめんなさい!私ってば変なこと言ってしまって。あの、でも、私、何度も聴きに行っていたんです。タケルさんのファンだったのでつい・・・本当にすみません!」


と慌てて何度も深く頭を下げて言った。僕は我に返り、


「いやいや、ごめんなさい。突然だったからビックリしてしまって。もう誰も覚えていないと思っていたし、こんな身近にライブに来てくれていた人がいるなんて思わなくて。そうです。タケルです。応援してくれていたんですね、ありがとうございます。」


と慌てて伝えた。彼女はホッとした表情になって、


「突然こんなこと言われたら誰だって驚いちゃいますよね。すみませんでした。本名は知らなかったので入所名簿見た時には全然分からなかったんですが、本人登場でかなり舞い上がっちゃって。解散の理由がメンバーの不仲だの脱退だのって噂が飛び交っていて心配していました。サイトも急になくなってしまったし。タケルさんが事故に遭われて続行出来なくなったんですね。」


彼女の解釈にかなり心が痛かったが、別に”本当は噂通りですよ”なんて言う必要もないと思い、そのままにしてしまった。


『ちょっとやりにくくなりそうかな?これからもこの人のお世話になるのかな?』


と僕は思ってしまったが、どうすることも出来ない。受け入れるしかなさそうだと覚悟を決めた。彼女は黙ったままの僕に、


「あの、私、タケルさんのファンですがここではちゃんと仕事しますので安心してくださいね。私はタケルさんがこの施設に慣れるまでの世話係みたいな者です。私の他に世話係は全部で10名居ます。毎日違う世話係が来ますが、私の時ももちろんありますので宜しくお願いします。私、牧野かすみって言います。」


『かすみ?ビックリした!かすみ草思い出しちゃったよ。』


「あ、宜しくお願いします。」


僕は動揺を見透かされないように小さく会釈をしながら言った。でもなんだか舞花に「前を向け!かすみ草のこと忘れかけてただろ!ちゃんと私の事を思い出させるためにサプライズしてみました~♪」と言われているようで心が少し暖かくなるのを感じた。



 

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