第21話【雪の花1】

 クリスマスまであと5日と迫った日。舞花はやっと無菌室状態から脱出した。

医師も驚く回復を見せたのだ。面会も解禁になったと聞き、早速僕と誠也は舞花に逢いに行った。


 僕は、またあのお店でかすみ草を買って持って行った。実は初めてかすみ草を買ってからちょくちょくあの店を利用しているのだ。今ではすっかり常連扱いで、僕が店に行くと店員が、


「かすみ草の花束ですね?」


とにこやかに言ってくれる。僕もバッチリ【かすみ草】と言う花を覚えられた。僕の中では、かすみ草は舞花そのものと言う感覚になっていたから、買ったあとも大事に病院に運んだ。


 今日もかすみ草を持って病院を訪れた。僕たちが病棟に行くと、舞花が病棟の入口にいた。まだ無菌室から出たばかりだと言うのに大丈夫なのだろうか?と僕は心配になったが、そんな心配をよそに舞花の笑顔はいつもの透き通った天使のような笑顔だった。


 僕は、自然と涙が出ていた。その涙はあっと言う間に頬をつたいこぼれた。僕の涙に誠也と舞花は驚いた顔をしていたが、何を隠そうこの涙に一番驚いていたのは僕自身だった。

 どうも最近はよく泣くようになってしまった僕。それも泣こうとして・・・ではなく、気付いたらこぼれている・・・と言う状態だった。涙などもう何年も出していなかったと言うのに、あの日、舞花から衝撃の病状告白をされ、喝を入れられてからちょっとしたことでもすぐに涙が出るようになってしまっていた。


「ちょっとぉー!何泣いてるのよぉー!私の復活、そんなに嬉しい?」


舞花は、笑いながら言った。


『あぁ・・・舞花の声だ!ずっとずっと聴きたかった舞花の透き通る声だ!』


僕は嬉しくて嬉しくて涙がボロボロとこぼれまくった。


「おいおい・・・そんなに横で泣かれたら俺が霞むだろう。俺だって心配してたし、舞花の復活を感動してるんだぞ。」


誠也が言った。その言葉にナースたちは大笑いした。久々に病棟に明るい笑い声が響いた。


 僕たちは少ししてから舞花の部屋に行った。そこで、舞花の状態を詳しく聞こうと思っていたからだ。


“外出は出来るのか?”


“学校には来れるのか?”


そして・・・


“クリスマスに三人で過ごす計画は実行出来るのか?”


など、聞きたい事はたくさんあった。舞花は、一つ一つ丁寧に答えてくれた。そのうち、舞花の様子を見に来た主治医も加わった。

 医師は、


「今学期の復学は大事をとってやめておいた方がいいと思う。出席日数はとりあえずギリギリだが大丈夫らしいからね。」


と言った。その時の舞花の表情は、『また抜け出しちゃうもんねぇ~♪』とでも言わんばかりの悪戯っぽい表情だった。

 医師はさらに続けた。


「外出だけど・・・その日の朝の診察次第ってとこかな?ずっと無菌室にいたから抵抗力は確実になくなってるだろうしね。それに外出の時にはマスクは必ず着用だ。その約束が守れて、さらに、君たちが責任を持ってここまで送って来てくれると言う条件が守れれば問題ないよ。それが出来ないなら、誰か付き添いを付けるけど・・・」


僕たちは、


「責任もって送り届けますっ!」


とほぼ同時に宣言した。主治医はその宣言に安心した様子だった。舞花もなんだか嬉しそうだった。


 これで、何とかクリスマスの日に僕たちが計画した喫茶店でのイベントへの参加が出来そうだと確信した僕たちは心が躍っていた。


 僕たちはしばらく病室で話をした後、


「それじゃ、また明日な♪」


と言って、病棟を出た。

またエレベーターの中で、僕たちは対角線上に立った。どうもこの位置が落ち着くらしい。


「クリスマス、舞花、喜んでくれるかな?」


可愛らしく言ったのは誠也だった。今の誠也は昔のクールな誠也ではなく、純粋に舞花を愛し、舞花のために何かをして上げたいと心から思っている普通の少年だった。誠也から言わせればきっと僕もそんな普通の少年になっているのだろうけど。


「喜ぶってより、ビックリするんじゃないか?だって、マスターがはっきりリザーブは出来ないって言ってるのを聞いてるんだから。そのマスターが協力してくれてイベントを計画してるなんて想像もしてないだろうからな。」


僕は言った。実際何度も舞花の驚く顔を想像していた僕は、その顔以外想像出来なくなっていたくらいだ。


「最高のクリスマスにしような♪」


誠也が言った。


「そうだなっ!史上最高のクリスマスにしようなっ♪」


僕も同意した。


 エレベーターを降り、病院から出ると来る時には冷たい雨だったのが雪に変わっていた。


「寒いはずだよな。雪だよ。」


誠也はコートの襟を立て、首をすっぽりと隠した。僕は、気温感覚がなかったと後悔するような薄手のジャケットだけだったせいで、さっき病棟に入ってすぐに流した涙のあとが残っていた頬が、凍りそうなくらいだった。


 二人ともなんとなく傘はささずに歩き出した。静かに降る雪が僕たちに優しく舞って来る。それはまるでまっ白い花びらのようだった。それを見ていると、僕は喫茶店で突然倒れた舞花を思い出した。救急車が来るまで僕は舞花を支えていた。その身体は細くて今にも折れてしまいそうだった。今、僕たちに舞い降りて来ている儚いまっ白い花のように降りてはすぐに消えてしまう雪・・・舞花と重ねてしまい、『舞花も僕たちの前から消えてしまうのだろうか?』とふとそんな事が頭をよぎってしまった。


 たった今、元気な舞花に逢って来たばかりだと言うのに僕は何故そんな風に思ってしまったんだろう?と自分でも分からなかった。僕は知らず知らずのうちに覚悟を決めていたのだろうか?


 覚悟・・・


それってなんだろう?

人の寿命ってなんだろう?

医師が決める余命ってなんだろう?


僕は雪に包まれながらいつになく後ろ向きな考えが頭を支配していた。


 途中で誠也と別れ、一人で歩き始めると後ろ向きな考えはますます広がって行った。


 舞花は持ち直した!

それなのに、僕は舞花と初めて出逢った頃からの思い出がフラッシュバックしている。こういう感覚ってよく亡くなってしまった人との思い出として蘇って来るものだ。舞花は持ち直したと言うのに、なぜ僕はこんな事を思い出しているんだろう?


来年のクリスマスには本当に舞花は居ないのだろうか?舞花は僕たちのそばにいつまでいてくれるのだろうか?


 誰もいない寂しい住宅街を歩きながら僕は、誠也には内緒で僕の家に舞花を招待した時の事を思い出していた。


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