かすみ草の詩

あかり紀子

第1話【ドア枠の花】

☆プロローグ☆


 君が僕の心の中に植えていった真っ白い花。

今でも僕の心の中で揺れているよ。


初めて君と逢ったあの日から、ずっと僕の心の中で優しいぬくもりを待っているよ。


 舞花―。


 君の代わりにこの花を育ててくれる誰かに、僕はこの先出逢うことが出来るだろうか?


もう一度逢いたい。


そして、今度は僕の気持ちを素直に伝えたい。

それが叶えられるチャンスがあったあの頃、どうしてもっと素直になれなかったんだろう?

君が僕の前から消えてしまってから自分の気持ちに気が付くなんて。


 舞花―。


逢いたいよ・・・

 なぜ君は僕を置いていってしまったんだい?

あの頃の幸せはずっとずっと続くと信じていたのに・・・

僕がどんなにわがままでもいつも君はそばにいてくれた。いてくれるのが当たり前だと思っていた。奇跡を本気で信じてた。


君が毎日僕にくれた【優しい気持ち】という花。今にも壊れてしまいそうに儚げに揺れているよ。


 舞花―。


逢いたいよ・・・


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


第1話【ドア枠の花】


 「タケルっ!またあの子、来てるぞ。」

僕は昔からの悪友でもあり、バンド仲間でもある誠也に言われてスタジオの入口に目をやった。ストレートの髪がまっすぐ腰まで流れている、年齢としはおそらく自分たちと変わらないくらいの少女。入口のドア枠に半分身体を隠し、半分だけ見えた状態でピクリともしないで練習を見続けている。3ヶ月くらい前から週に1度か2週に1度の頻度で見に来るようになっていた。


「あの子、誰を見に来てるんだろうなぁ?俺、タイプなんだよなぁ。声、掛けてみようかなぁ?」

誠也が下心丸出しの目で言った。

「やめとけよ。ああいうタイプは面倒だよ。見るからに一途っぽいだろ?あんなのにまとわりつかれたらファンが減るぞ。お前はBAD BABYSで人気ナンバーワンなんだから、人気が下がったら僕たちが困る!」

僕は、ギターをチューニングしながら言った。でもそう言いながら実は僕もその少女の事が気になっていたのだ。『声を掛けてみようか?』と誠也に先に言われてしまい、咄嗟に『やめとけ』と言ってしまっただけだった。


 少女は僕たちの練習が終わるまでずっと同じ体勢で見続け、練習が終わり楽器をしまい始める頃にはいつの間にかドアから見えていた半分の身体が消えていた。そんな日々が続いていた。ライブを見に来るわけでもない、声を掛けてくるわけでもなければファンレターのひとつを置いていくわけでもなかった少女はいつしか【ドア枠の美少女】とあだ名をつけられていった。


 僕たちは趣味が高じ、週末には駅前で路上ライブをやるバンド仲間だった。中学からの同級生5人で結成されたバンド【BAD BABYS】だ。今はそれぞれ別々の高校に進学しているが、学校が終わると借りているスタジオに集まり練習をしていた。僕と誠也は同じ高校に進んだ。このバンドを始めたきっかけも誠也が、あるヴォーカルオーディションに応募したいと言い出したことだった。応募はしたものの結局、経験値スキルが足りないなどという理由で落とされてしまった。それを知った僕を含めた他の4人が『それならばバンドを結成してスキルを上げよう!』と言い出し【BAD BABYS】を結成し、週末路上ライブをスタートさせた。

 僕はギター担当。中学時代からギター部に所属し腕前はそこそこだと自負している。誠也が描いたヴォーカルの夢にいつの間にか自分を重ね、チャンスがあれば自分もギタリストとして成功させたいと思っていたがその夢は誰にも言わなかった。


 路上ライブはやるごとに集まる人数も増え、今ではファンまで出来ていた。街を歩いていても僕たちに気付く若い女性が少しずつではあるが増えてきて、よく声を掛けられるようにもなっていた。プロではないが、自分たちの現状に大きな勘違いさえ描き始めていたのだ。それは、


”俺たちは才能がある!”


”俺たちは成功した!”


”すべて、思いのままだ!”


 高校生の分際で、特定の彼女など作らずファンだという年上の女性とデートを重ねたり、食事をごちそうしてもらったり、時には現金が手に入ることもあった。楽器の手入れに金が掛かるといえば必要なものが贈られてくることもあった。そんな生活を送っていた僕たちはドア枠の美少女は気になるが、特定の彼女が出来たことがファンに知れたら今までの生活が壊れてしまうかもしれないという気持ちもあった。贅沢な生活を手放す気はさらさらなかった。


 相変わらずドア枠の美少女は僕たちに声を掛けるわけでもなく練習を見に来ていた。そこにいることがスタジオの空気と一体化するようになっていて、もう入口を気にするものは誰もいなくなっていた。気にはしていないが、メンバー全員がいつしか彼女に聴かせるために演奏するようになっていた。この日も気付くとドア枠の美少女はいなくなっていた。

 そしてこの日は今週末の路上ライブはメンバーの都合が合わず出来ないという話になっていた。

「週末は何が何でもスケジュールを空けておけっていつも言ってるだろ!」

誠也は怒鳴ったが、メンバー全員があと数ヶ月で3年生になる。大学進学を考えているメンバーは週末に模擬試験が実施されることも多くなる時期になっていたのだから、怒鳴ったって仕方がないことだった。僕は、

「なぁ、誠也。そろそろバンドも毎週末のライブは難しくなってきたんじゃないか?ライブ開催はホームページで告知すればいい話だし、今の人気なら毎週末にやらなくても大丈夫だと思うよ。」

と提案してみた。誠也は、

「タケル?何言ってんだ?毎週楽しみにしてる人もいるだろ?今、やめてどうすんだよ!今やめたら何が残る?2年くらいの経験で、スキルが上がったとは言えないだろ?」

苛立ちを隠せない様子だった。確かにバンドを始めたきっかけは誠也のヴォーカルとしての経験値スキルを上げることだった。しかし、今となっては5人でライブをやることの方がメインになっているのではないかと僕は思っていた。みんなが黙っていたせいか誠也は苛立ったまま、

「やめたい奴がいるなら引き留めない!俺は1人になってもやり続ける!解散したい奴、いるのか?」

と言った。


 しばらく誰も何も言わなかったが、静かに手が挙がった。ドラムのヒロムだった。ヒロムの家は代々弁護士業を継いでいる。ヒロムもそろそろ本格的に勉強を始めなくては手遅れになるのでメンバーから外れたいと申し出た。ヒロムの言葉をきっかけにベースの雄二、キーボードの浩一も申し訳なさそうに手を挙げ脱退を申し出た。

「なんだよっ!お前ら全員どっか行っちまえ!そんな中途半端でバンドやってたのかよっ!見損なった!ああ!解散だ!解散!!今日限りBAD BABYSは解散だ!!」

誠也は怒鳴り散らし脱退を申し出た3人に背を向けた。スタジオには重たい空気が漂ったが、やがてヒロムが、

「誠也・・・すまない。」

と一言だけ言うとスタジオから出て行った。それに続くように雄二も浩一もスタジオを去って行ってしまった。

 残された僕はバンドをやめる気はまったくなかったし、自分の提案がきっかけでこんな空気になってしまったまま誠也を置いていくのは心配だとその場に黙って残っていた。


「タケルも行っていいんだぜ・・・もともとは俺がプロになりたくてスキルを上げなくちゃいけなかっただけで、お前らには関係なかったことだ。バンドでスキルを上げようって言われた時にすんげー嬉しくて乗っかっちゃったのが間違いだったのかもしれない。2年の経験でどこまで通用するのか分からないけど、これからもオーディションは受け続けるよ。BAD BABYSはたった今、解散だっ!お前ももう自由だ。」

誠也は肩をぐったりと落として言った。

「僕は自由にしてる。ヴォーカルとギターが残ってればライブは出来るんじゃないかな?シンプルで案外ウケるかも。僕たちだけで続ければいいんじゃないか?」

僕は本気でそう思っていた。僕はギターが好きで、誠也は歌が好き。それだけで続ける理由は十分だと思っていた。

「僕はいつかプロのギタリストになりたいと思ってる。ヒロムたちみたいに大学に進学するわけでもないし、就職先が決まってるわけでもない。誠也がヴォーカルのオーディションを受け続けるのと同じように、僕だってギターのオーディションがあったら受けたいと思ってる。プロになりたい気持ちは誠也と同じだ。」

僕は言った。誠也は僕に背中を向けたまま、

「タケルは俺から離れていかないんだな。2人になってもライブ続けたいって言ってくれるんだな。ありがとう。」

と言った。実は誠也が素直に人に礼を言うのを初めて聞いた僕は正直ビックリしていた。相当3人が去ったことにショックを受けているのだと悟った。

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