第65話 ロキ それはプライド。ロキ・リンミーの名において

 カンバリア共和国は古都コーカルの中心、コーカル市庁舎に奇妙な結界が張り巡らされたことを察知した者たちがいる。

 カンバリア軍コーカル支部と、魔法師団コーカル支部だった。

 魔法師団コーカル支部、別名コーカル本部。

 本来の本部は首都ヘリロトにあるが、コーカルこそが魔法師団の礎であると自負するコーカルの魔法師たちは、自分たちこそが本部であると公言してはばからない。

 ヘリロト本部はそれを苦々しく思うも、批難はしなかった。魔法師のほとんどはヘリロト本部よりもコーカル支部への配属を希望するからだった。魔法師こそが、コーカルに配属されてこそ至高と考える。

 その魔法師団の実質トップが、魔法師サヴァランである。ヘリロトの魔法師長ではなく、コーカルの魔法師団所長こそが、至高。


 サヴァランは市庁舎からの伝令を受け取っていた。


 『原初の魔王について、国王がわざわざ足を運んできた。ハルリアについてはなんの情報も得られず。原初の魔王のタリスマン、奪われる。魔導室長の手引きあり。あの下品な女が、あなたの代わりですか?』


 ふん、とサヴァランは顔を一瞬だけひきつらせたのだった。


「あの女? ……出てきたのか」


 そしてコーカル市庁舎に張り巡らされている結界に、その下品な女の癖を見つけた。舌打ちをした。


「ヘリロトめ。本部の名を冠しておきながら、まんまと王宮に絡めとられたわけだな」


 王室魔導と魔法師団は別の機関だ。本来、魔法師団のやり方に王室魔導士が手出しも口出しもできはしない。


「サヴァラン様。どうやらコーカル市庁舎をヘリロトの魔法師が包囲しているようです」


 秘書官が顔色を変えずに報告をする。


「市長からは何と?」


「先ほどの伝令以外になにも連絡はございません。どうやら市庁舎にいた市民たちはヘリロトの魔法師に『救出』されているようです」


「ヘリロトの魔法師団から、我らコーカルにはなにか挨拶はあったのか?」


「いえ、なにも。軽んじられているのでしょうか。それとも、ヘリロトの魔法師たちというのは嘘で、あれらは偽物なのしょうか」


「軽んじられているのだろう。いや、軽んじているふりなのかもしれない。あまり我々が騒ぎ立てるな。様子を見よう」


「ではロキ・リンミー市長を見捨てるわけですか。アレの『兄』ですが」


「あれの兄であるからただでは転ばんだろう。そもそも転んでさえいない可能性がある。助けを求めてきたならば手を貸すがね。市長様だからな。それよりも、原初の魔王のタリスマンが頭の足りない国王に奪われたようだぞ。あの下品な魔女の手引きによってな」


「ああ……あの女……」


 秘書官の表情があからさまに曇った。


「お前はよっぽどあの女が嫌いなのか」


「もとより私は女が嫌いでして。しかしあの女は飛びぬけて嫌いですね」


「はは。……王室魔導の女か。そういえば、エリザベスとステファニーはどうしているかな」


「……連絡を取りますか?」


「そうだな。たまには、家族の会話というものも必要だ。たまには」


「お食事のお誘いをしてみますか」


「食事するほど暇ではない。顔が見たいから午後のお茶会にでも来いと伝えろ。私には無駄な時間がない。今すぐだ。なに、手にしているロッドや杖も、そのまま持って来て構わない」


「かしこまりました」


 秘書官が小さく会釈をしてから部屋を出て行った。





 

 市庁舎をぐるりと取り囲む魔法師たち。

 ロキは数名の側近のみを残し、職員を外に出した。すぐに魔法師に救出されたようだったが、どうやら市民とは違い解放されてはいない。

 厳しい身体チェックをされているようだ。

 その様子を監視カメラの映像で確認しながら、側近の一人が言った。


「我々の伝令を持っていないか見ているのでしょうな」


「リンミー家の仲間だと思われたら捕まる可能性があるぞ、これは」


 そうロキが答える。


「であればコーカル市民すべてを逮捕しなければならないですな。はっはっは」


「しかし市長。よくこのマシンを起動させられましたね。やつらのせいで使えなくなっているとばかり」


「スピーカーが使えていたからな。電気もついている。完全に科学力のみのマシンであれば、やつらの魔法の影響を受けにくいということだろう。まあ、科学の場合、その動力源を断たれてしまえばどうすることもできないけれどな」


 監視カメラからの映像は五十以上。それらが映し出されている室内で、ロキはマントを羽織りなおした。

 正装。腰にさす飾り剣と銃は貴族的。そして胸元には、偽物の魔公サヴァランのタリスマン。


「じゃあ、頼む」


 ロキは側近の一人の肩を叩いた。


「いいんですか? 本当に?」


「当然だ。私はロキ・リンミーの名において、反乱軍を鎮圧しなければならない。そのためには、まずは我々のもとにやってきてもらわなければならない」


「でも、市長一人でですか? 私たちも……」


 女性幹部が不安げに言った。


「安心しろ。私を誰だと思っている。あのネロ・リンミーの弟であり、兄だぞ」


「……その、ネロ様に対する信頼は一体どこから……」


「あー、はは。じゃあこう言おう。元王室暗部にして、かの空間の魔女の居場所を暴き、国王暗殺を止めた影の英雄、ネロ・リンミーの『弟』だ。あいつにでできることは俺にもできる。まあ見てろ。リンミー家に影の役ばかりをさせていた結果が、これだぜ、ってのをな」


 首都の大学へと通っていた学生時代。表向きはとても花々しい青春だった。

 けれどその本質は、王家への人質。リンミー家の嫡子である双子を監視し、かつ王家の懐に入れるため、ロキとネロは王宮に出仕させられていた。代々のリンミー家の一員がそうであり、今でもそうでああるように。

 王家の汚れ仕事を一手に引き受け、口にするにははばかられるような経歴を押し付けられる。公表されればおそらくリンミー家は失墜するだろう。

 そのほとんどを担っていたのは、ネロだった。

 ロキに押し付けられるであろう汚れた仕事をネロは可能な限り引き受けた。


「俺はリンミー家を継ぐなんてごめんだからな。『弟』が汚れ役をやってやるから、『兄』はクリーンでいるべきだ」


 と。

 だからロキはほとんど、その実力を発揮することはなかった。みな、思っているはずだ。

 戦うのはネロ。

 ロキは頭脳。

 優雅で知的であり、けっして人には刃を向けたりはしない。

 貴族の剣はふるえども、野蛮な魔法は使わない。

 そして、だからこそ、側近たちは不安そうにしているのだ。ネロのように戦えるのか、と。 


「ま、ネロみたいにうまくはやれないけれど、これでもネロの『弟』だからな。そこそこできる。言われた通り、扉を開けろ。やつらをおびき寄せろ。このネロ・リンミーが貴族的に優雅に知的にスマートに倒してしんぜよう」


 そうしてロキは部屋を出た。

 側近幹部たちの不安そうな顔を見るのはとても楽しい。


「さーて、久々に……暴れさせてやろうか」


 ロキは腰に下げた優雅な魔法剣を抜き取る。


《ロキ・リンミーの名において。来い、妖精たちよ。久々に踊れ》

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魔王の星の次の魔王 十龍 @juutatu

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