第41話 ネロ それはお仕事の当然の報酬


 リテリアの森に、再び結界が張り直された。

 ネロの頭上にある大きな画面には、結界を表す光の線が正常に浮かび上がっている。

 数値も正常。

 問題なく動いている。

「ひとまず、装置を使ってできる範囲のことは終了した」

 ネロは椅子の背もたれに体を預けて言った。小さく息を吐きだす。疲れた。そして少しスッキリした。

「ひとまずってことは、完成じゃないのか?」

 カルジュが身を乗り出し、画面を見上げた。

 確かに画面、を見る限り問題はない。

「柵が物理的に壊されているところは、ここじゃどうしようもない」

「けど柵自体に結界が張ってあるわけじゃないんだろ?」

「結界には何種類かある。柵の下にある大地に結界印を書き込んでいる結界、柵自体に印や呪文が書き込まれている結界、術者の魔力によって空間自体に印を刻み込んでいる結界」

「よく分からねえが、今あんたがやったのはどれになるんだ?」

「空間だな。この装置に読み込ませている部分の空間」

「ん? けど、機械だろ? なにか、こう、線みたいなのが必要になるんじゃないのか? 空間って、空中だろう?」

「衛星から送られてくる位置情報を元にして、結界柵の位置を算出しているんだ。柵と同じ位置になるように計算して、機械に充填されている魔法力を飛ばし、結界を張り直した。とはいっても、通常は柵に使われてる魔鉱石や水晶、そして魔法を受信する呪文なんかで細かな調整をしているんだけどな。だから柵自体が壊れると途切れてしまうんだ。結界の一部が消える。電球が切れるみたいにな」

「だったら今も結界は張られていないんじゃないのか? 大丈夫なのか」

「位置を表す数値を手動で入力したんだよ。だから柵自体が無くなっている場所にも、空間に結界を張ることはできている。当然誤差が出て、ピッタリ柵の上にはならないが」

「ふうん」

 きっと完全には理解していないだろう。

 それでいい。

 あえてネロは言わなかったが、カルジュが疑問に思った通り、電気を通している装置にも複線として魔法力伝導線が組み込まれている。

 先ほどネロはその線を利用して、結界を召喚魔法に書き換えを行っていた『誰か』と戦っていた。

 だが、柵は壊れているのだ。

 けれど、ネロの魔力は問題なくその線を伝わっていた。

 それがおかしい。

 現在の柵には、壊れているはずの魔法力伝導線を使い、ネロが新しく作った結界が幾重にも重ねて張られている。

 そして衛星からの位置情報を元にして、新しく呪文を上書きしておいた。

 なので、柵が物理的に壊れている点では不安がまだ残るものの、魔力や法力などの干渉からは守られている。一応安全といえる。

 弱い魔物や神獣ならば結界を越えられないだろうし、ある程度の魔法ならば防げるはずだ。

 念のため電気も再び通しておく。

 一度電流や結界の痛みを覚えた魔物は、柵に近寄らなくなるだろう。

 ただ、柵自体の無い場所ならば、力を持った魔物や神獣が通り抜けてしまうかもしれない。

 ネロは自分の足首を見る。

 黒い蛇がくりっとした目でネロを見上げていた。

 例えば、この蛇のような。

「そういや、お前もちゃんと調べてやんないとなぁ」

 小さな頭を指で撫でてやった。かわいい。

「さてと。ひとまずこれを職場に報告させてもらうよ」

「ああ、ここは好きに使ってくれ。俺はさっきの爆発の件のほうに戻る」

 そう言ってカルジュは別の部屋に行った。

 ネロは再び画面を見た。

 確かカルジュは、結界に詳しい警備員はこの装置を見て壊れていると言った、と言っていた。

 しかし最初にこの画面を立ち上げたとき、結界に異常はなかった。

 自然に考えれば、壊れていたが誰かが直したのだろう。

 誰かが。

 直した。

 違う。

 直したのではなく、作り変えた。

 この装置のプログラムでエラーを起こさせないような巧妙な呪文を。

 でもどうやって。

 この巨大な結界印をまるまる、しかも幾重にもわたって書き換えるなど途方もない話になる。衝撃波でおかしくなり、ネロがここに到達するまでの約四日の間でやりきったのか。

 どこの誰だか知らないが、大した魔導師だ。

 もしくは、ネロは嫌な考えが浮かんだ、もしくはすでに書き換えられていた。

 沿岸部や衝撃波の前に、なにかの細工が仕込まれていた。

 ネロは装置のプログラムを操作した。

 画面上には、リテリアの森にある警備施設や監視施設、保護センターや研究所などの位置情報が表示された。

 さらに操作し、結界装置を操作できる建物を探す。

 操作可能な施設は限られていた。

 正門を含めた六つの主要門と、それらの中心にあるリテリア自然研究所。

 合計七つ。

 そして今稼働しているのは、七つ。

 全部。

 ハルリア村にある、裏門が稼動している。

「そんなバカな……」

「ネロさん、どうしたんですか?」

「マーガレット、お前、爆発に吹き飛ばされたと言ったよな?」

「は、はい……」

 疑ったって意味はない。ネロはマーガレットの杖から、その証拠とも言える異様な魔力を探りだした。

 警備員であるカルジュも爆発と森林火災を語っていたし、森の模型にはハルリアの場所にバツ印が集中している。

 ではなぜ稼動しているという表示が出ているのだ。

 分からない。

「……」

 ゾエの街で、ハルリアとの交信をはかった際、通信装置が動いていることが確認されている。

 魔法公式は書き換えられているが、動いていた。

「……魔法公式……、結界呪文、書き換え……」

 ネロは大きく息を吐いた。

「……マーガレット、勇者から連絡はきたか?」

「……いえ」

「そうか……」


 極秘任務だからとマーガレットに伝え、部屋を出て行ってもらうと、ネロは連絡用のシステムに切り替えた。

 いくつかあるシステムの中に、魔法師団の連絡ナンバーを見つけ、通信記録を探る。

 そのうち一つを押すと、目の前に青い画面が浮かび上がった。

『はい、こちらは魔法師団コーカル支部緊急直通窓口ですが、なにがありましたか?』

「私は魔法師団コーカル支部守護部結界課魔法陣修繕係のネロ・リンミーです。先ほどリテリア国立自然公園の結界を初期化、そして書き直しを行いました。結界装置がきちんと動くかの確認を含めての連絡です。この通信は、消えていたデータを復元をし、その履歴から連絡をしておりますが、そちらのシステムからみて問題はありますでしょうか」

『お疲れ様でございます、ネロ・リンミー魔法師。こちらから確認したところ、プログラムには問題はありません。魔法陣修繕係にお繋ぎいたします』

『ありがとうございます。お願いいたします』

 お役所である。

 こんな遅くに連絡など繋がらないだろう。

 恐らく大半の魔法師が残業で残ってはいるが、電話も水晶も不在設定になる。

 案の条、留守番記録の案内が流れた。

「お疲れ様です。ネロ・リンミーですが、リテリアの正門にて結界の初期化と張り直しをしました。応急処置に近いですが、中の下くらいの強度はあると思います。データを送りますので確認をお願いします。ただ、システム上は問題無さそうですが、現地の話を聞くと、結界印を刻んだ柵が物理的に破損しているとのことなので、明日から点検に向かいます。一番破損状態の酷いのがハルリアらしいので、そちらを目指すつもりです。えー、書き直した結界の強度など問題なければ、魔道具課から何名か柵の修理のための人員を派遣してください。あとは、えー、一応同じデータをサヴァラン所長にも送りますので、えー、よろしくお願いします。失礼致します」

 録音を終え、同時にデータを二ヶ所に送った。

 一つは自分の職場。

 もう一つはサヴァランの元へ。

 そしてネロは、一つの魔法道具を取り出す。

 人差し指より少し短いくらいの長さで円柱型。

 これがなにかと言われれば、なんだろう? と首をかしげてしまう、目的不明の物体。

 記録石である。

 普通はアクセサリーなどに加工して、そうとはばれないようにするのだが、ネロは加工前のものを持ち歩いていた。

 ネロは記録石を目の前の装置に置いた。そして秘密の呪文を唱える。

 呪文というか、パスワードだ。

 魔法石に設定していたパスワード。魔法力を込めて唱える。


《ネロは雷 ロキは風 風はネロ 雷はロキ》


 すると記録石から、キュィン、という音がした。

 よし、よし。

 起動したのを確認して、記録石を指でさわる。そしてゆっくりと放すと、指に誘われるように光の線が石から伸びた。

 魔力を纏わせた指で掴み、その線を装置に繋ぐ。

 装置との繋ぎ目が光り、キュィン、と微かな音が再び耳に届くと、ネロはこれまでに起こった全てを複製して記録石に移した。

 結構な情報量である。記録石が熱を持ち始めた。

 砕けたりしないよな、と不安になったところで、記録会終了。無事全てを移すことができた。

 よしよし、発火しそうなくらい熱をもっているが、壊れずにすんだ。

 それを直ぐにしまい、ネロは荷物を持つ。

 ここでやるべきことはやった。

 ここからやるべきこともやった。

 職務は果たした。

 あとは柵の修理だ。

 それが終わったら自分の部屋で、根こそぎ写し取ったデータというデータを調べ尽くしてやるのだ。

 ふん。

 カルジュはワクワクしていると言った。

 自然や動物が好きなやつらは、この状況下でも、新しい魔物や植物の出現にワクワクしていると。

 そうだろう。

 そりゃあそうだろう。

 だから、魔法師はもっとワクワクしている。

 言い知れぬ恐怖を感じる中、ワクワクしてたまらない。

 誰が職場にデータを全部渡すかよ。誰が自分の手柄を渡すかよ。

 これは全部自分のものだ。自分が見つけて、自分が手にいれた宝だ。

 ハルリアにはもっともっと興奮する宝があるはずだ。

 魔法師なら垂涎ものの、なにかが。




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