第二章 レール上をひた走り 2-4
2-4
「人は変わる。どうしようもなく」
ジミーはそう言って立ち上がると、まだ半分しか吸っていない煙草を、近くにあった灰皿に放り捨てた。校内どこを探しても、他にこんなものが置いてある場所は存在しない。とんでもない職権乱用だが、咎める意味はないと全隊員が知っていた。
「かつて君に笑顔を向けていた少年と、今君に背を向け続ける男は、別人と言い張ることもできるだろうし、あくまで同じ人間とすることもできるかもしれない。細胞はほとんど入れ替わっているし、心は流動的だけれども、魂とやらは変化しないのかもね。ただね、エボちゃん。事実として、理屈抜きで、変わるものは変わるんだよ。たとえそれが、表面的でもね」
見る者の印象が変わった時点で、昔の人間は死んでしまうのさ。
彼はそう嘯いて、彼女に背を向けた。
「ずいぶんとおっさん臭いこと言うんですね、地味な隊長」
「だっておっさんだしね。年長者はね、若者に偉そうに説教したくなるものなのさ」
「そのしゃべり方。どっかの皮肉屋にそっくりですよ」
「そうそう、その皮肉屋の話だ。あんまり彼のことで思いつめないほうがいいよ。時間の無駄だ。結局は、なるようになるからね」
ジミーは新たに煙草を取り出すと、今度は火をつけることなくくわえたまま、再びパイプ椅子に腰をかけた。
「さーて。あと少ししたら、他の隊員も来るだろうからね。公務員としての任務をまっとうすべく、ジミー隊長は部下に嫌われない方法を考えることにするから、エボちゃんはその辺で適当にやっていてくれない?」
「考えなくても大丈夫ですよ。今、現在進行形で部下に嫌われるようなことしてますから」
エボニーの辛辣な言葉にも、彼はアハハと適当な笑いを返すだけで、それ以上何も言うことはなかった。
いけすかない。意味深なことを一方的に言われ、何か言い返そうとしたら適当にあしらわれてしまって、どうにもやり場のない感情が胸の中にわだかまっている。
卑怯者、と、完全に負けた側の捨て台詞を心中で思い浮かべつつ、彼女はため息を吐いてホログラムウィンドウを出し、暇つぶしにアカウントナンバーの事件についてのニュースを手あたり次第に読んでいった。
※ ※ ※ ※ ※
治安維持隊は全国に支部を持つが、トウキョウは本部となっているため当然のことながら他よりも規模が大きい。超能力者の隊員はほとんどがトウキョウに集中し、その人数は四千人弱。超能力者のみで構成された部隊の人数は三千。混合部隊は一万。事務方を含めてトウキョウの隊員は合計四万強存在する。
そのうち約一万が、一人の女の命令により、古典的かつ大規模すぎる作戦の駒となることが決定した。中央エリアに通ずる大通りに検問を敷くことによる、中央エリアの事実上の完全封鎖。主要道以外は全てバリケードでふさがれるため、半数以上の道が通行不可となる。当然のことながら、この乱暴が過ぎる作戦は、四月一日のトウキョウに大打撃を与えた。
中央エリアは政治、経済の中心だ。政府の主要施設も、産業の本拠地も、生産の拠点もなにもかも、そのすべてが半径二十キロ強の狭い空間に集中している。そこが、物理的にほぼ孤立状態になるという知らせは、電脳の世界を中心に瞬く間に広まっていった。
当然のことながら、表向きは治安維持隊を統率しているとされている公理評議会には抗議の声が殺到。そして当の治安維持隊の方はというと、検問のことだけを発表して沈黙していた。
政治担当の公理評議会内部にも、完全に寝耳に水かつ理不尽すぎる治安維持隊の所業に、怒りをあらわにする者も少なくはなかったが、具体的な行動に出ようとする者はほとんどいなかったという噂もある。今のパワーバランスを考えれば、期待する方が間違いだろう。
『わかるかね、御影君』
ニュースサイトに映し出された、たった一人の少女を『保護』することを目的とした治安維持隊の『暴走』に、呆然と立ち尽くす御影奏多に対して、ルークは噛んで含めるように言った。
『治安維持隊が乗っ取られるとは、こういうことだ。なんでもできるんだよ。隊には、もともとそれだけの権力があった』
御影奏多はルークの映像の横に表示された、ニュースサイトの画面をスクロールしていった。少し下に行ったところで、ブレインハッカーが検問により見つけ出そうとしている、とある少女の顔写真が画面内へと飛び込んできた。
「おいおい、笑えねえぞこれ。というか検問? どうしてそんな非効率的なことをするんだ」
『ほう。この状況下で、それに注目することができるのか。君を選んだ私は、どうやら間違っていなかったようだね』
「何が選んだだよ。偶然の癖に」
御影がじろりとルークを睨みつけると、彼は椅子の前で足を組んで言った。
『君の言う通り、敵がしてきたことの規模に騙されてはいけない。いいか、御影奏多。我々には、勝つための強力なカードが一枚存在する。それを、十全に活用するんだ』
「カード、ねえ」
『そうだ。結論を言おう、御影奏多。今連中は、君がどこにいるのかを特定することができない。なぜなら、彼らは君の正体を、アカウントナンバーをまだ知らないからだ』
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