第二章 レール上をひた走り 2-2



2-2



 とある建物の、壁がほぼ全面ガラス張りの部屋に、一人の女の声が響き渡った。


「特殊部隊バレットからの連絡が途絶えただと? 確かなのか、それ?」


「嘘を言って何になる。連絡が途絶えたのは約三十分前。作戦の成功も失敗も報告されていない。通常の指揮系統から独立した部隊だったからな。確認が遅れたのもいたしかたあるまい」


「ああもう、いろいろとめちゃくちゃだな。まあ完全に私の責任なんだが」


 かなり広い部屋だった。床には中心部から白の線が放射状に引かれ、輪上の巨大な円卓がその空間の大半を占領している。そのうちの一つの席に、女が至極リラックスした状態で座り、その傍らには褐色の肌の男が直立不動で控えていた。


 彼女は円卓の上に頬杖をつくと、男のことを見上げて言った。


「なあ、アッディーン。どう思う?」


「どう思うも何も、全滅したんだろう。現場指揮官も含めてな」


「……だよなあ。その連絡すら届くのが遅れたのは、やっぱりあの事件のせいか?」


「そうだろうな、きっと」


「うっわ。ホントないわ。本来だったら昨夜のうちに片付いていたのになあ」


 彼女はそう言って、机の上に両足を乗せ、ため息を吐いた。


 アッディーンと呼ばれた男を一言で表すならば、筋骨隆々、といったところだろうか。その分厚い胸板により、着用している赤茶をした治安維持隊軍服の上着がはち切れんばかりに膨らんでいる。顔の造形は、かたい岩盤から乱暴に掘り出したかのように、角ばった無骨なものだった。

 彼は顎鬚を撫でつつ、静かな物腰で言った。


「あのバレットがやられたとなると、それに匹敵する勢力が彼女を奪ったか、あるいは……」


「プロの超能力者が登場したか、だろ? クソ、これでけりつけられると思ったんだけどなあ。ガキ一人なら余裕だろうと思って油断してたなあ。んでもって、今回の件には、まず間違いなくルークが関わっているだろうよ」


「私もそう推測するが、一応具体的な根拠を提示してくれないか、ヴィクトリア」


「言わなくともわかるだろう。アカウントナンバーデータベースへのクラッキングなんて大嘘だ。間違いなくあいつが自分でやったんだよ。かけてもいいぜ。……だーが」


 ヴィクトリアは灰色のハイヒールを床の上へと戻すと、腕組みをして唸るように言った。


「超能力者にせよなんにせよ、私らと対抗できるだけの駒をあいつは用意したってことだよな。一体誰だ? 治安維持隊の奴だとは思えないしな。偶然見つけたとか言われたら笑えるが」


 彼女は苛立たしげに、靴のかかとを床に叩き付けた。

 治安維持隊という組織においては、かなり若い女だった。軍服をしっかりと着こなしたアッディーンとは対照的に、水色のジーパンに、正面に馬のモノクロ写真がプリントされた黒のTシャツの上から治安維持隊の人間に支給されるコートを羽織るという、かなりラフな格好をしている。


 彼女は肩にかかったこげ茶の髪を後ろに払い、ザンを見上げた。


「にしても、データベースをぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたのには弱ったな。一度限りの禁じ手といったところか。ターゲットがいることを確認された家の住人のデータがどうなっていたか覚えているか? 笑えるぜ?」


「データ上は、先月生まれたばかりの赤ん坊が家主になっていたな」


「ユーモアのセンスだけは認めてやらないとなあ。でもって、ターゲットの方のデータはもちろん皆無、か。これからどうするかねえ」


 ヴィクトリアはそう言って黙り込むと、かなり高い位置にある天井へと顔を向けた。

 アッディーンはその場から微動だにしない。彼は背中に定規か何かをあてたような完璧な姿勢を維持したまま、椅子の上でだらしなく上半身をのけぞらせているヴィクトリアを見下ろした。


「主語をはっきりさせてくれ、ヴィクトリア。それは、あの男が次にどういった手を打ってくるのかと、そういう意味合いでとっていいのか?」


「流石だな。お前の言う通りだ。操れる人間はこっちの方が多い。奴の思惑さえわかれば、どうとでも対策をとることができる。お前なら予想がつくんじゃないか?」


 楽しげに笑うヴィクトリアの問いかけに、ザンは即答した。


「推測するに、中央エリアの『聖域』にターゲットを連れて行こうとするだろうな」


「ビンゴ。私も同意見だ」


 彼女は上半身を起こすと、パチンと指を鳴らした。直後に彼女の前にホログラムが出現する。


「使える駒を総動員するぞ。中央エリアへと続く大通り全てに検問を設置。それ以外は封鎖だ。幸いターゲットの顔写真はあるから、不都合はない。中央エリアに入られる前に、ルークの野郎の協力者とターゲットを諸共押さえてやる」


「……それはまた、随分と無茶をする。人海戦術にも程があるというものだ」


「無茶をできるだけの力があるんだから、使わなきゃ損だろうが」


「私も出るか? ヴィクトリア」


「流石にそれには及ばないだろ。操れる駒はもう十二分にあるからな」


 ヴィクトリアの指がウィンドウ上を高速で移動し、常人には考えられないようなスピードで様々な操作がなされていく。

 彼女は見る者を圧する壮絶な笑みを浮かべて、窓の外を睨みつけた。


「勝つのは私たちだ。アウタージェイルリーダー、金堂真の忘れ形見は、必ず確保する」



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